The founder of orphan U
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
「……!」
はっとして、サクヤは目を覚ました。
そこは医務室で、ハーマイオニーの手を握ったまま、眠ってしまっていたのだった。
あたりは暗く、しんと静まり返っていた。
サクヤの背中を、冷や汗が伝っていた。
「………」
先ほどの嫌な夢を思い出し、喉に手を当てる。
「ハー、マイオニー」
寝起きのかすれた声で、恐る恐る発した声は、
ちゃんと自分の耳に届き、彼女は安堵した。
が、その名を持つ彼女からは返事はなく、傍らで横たわるだけだった。
返事が返ってこないことが、これほどツラい。
それを実感した。
「(ハルに名前を呼ばれたい…、
笑顔が、見たい…)」
ギュッと、もう一度、ハーマイオニーの手を握りなおした。
「ハルに名前を呼ばれないなら、
こんな名前なんていらないよ…」
もう少ししたら、マンドレイクから石化を解く薬ができる。
そうしたら、ハーマイオニーはまた元に戻る。
それは分かっていた。
が、結果論ではサクヤの心は納得しなかった。
「(きっとハルは、今回の事件について
何か重要なことに気がついたんだ…。
じゃなけりゃ、クィディッチの試合前に走って行ったりはしない…。
そして図書館へ確認しに行って、戻ってくるところで怪物に石にされた…)」
開かれたままのガラスのようなハーマイオニーの目を見つめた。
「(オレが…自分の考えをハルに言わなけりゃあ…、
こんなことにならなかったのかもしれない…。
オレの、所為だ…、
オレが何も話さなきゃ…)」
そうすることでハーマイオニーが怒ることは分かっていた。
が、それ以上に、
ハーマイオニーの身に危険が及ぶことの方がもっと耐えられない。
「…ん?」
ハーマイオニーの胸元で何かが光るのをサクヤは見た。
常に身につけていて、もはや身体の一部になっていて忘れていたが、
ハーマイオニーはサクヤとお揃いのネックレスをしている。
1年生のクリスマスに、ハリーとロンと、ハーマイオニーとサクヤと…、4人でお揃いで買ったものだった。
今になって、その首飾りが愛おしく思えた。
「………!」
サクヤは自分の首につけているのを外し、空色のネックレスをハーマイオニーにつけた。
そしてハーマイオニーの金色を、自分が身に付けた。
*****
その日からずっと、サクヤは医務室に居座った。
というより、ハーマイオニーのそばから離れなかった。
マダム・ポンフリーとマクゴナガル先生が交代でサクヤについたが、
いつになってもサクヤは席を立とうとしなかった。
「今日もサクヤ、出てこなかったね」
数日が過ぎた朝、大広間で朝食を摂っていたロンがハリーに言った。
「今日の朝食分も、持ってかなきゃ」
テーブルに盛られた料理の中から、
サクヤの好きなものを適度に皿に盛り合わせた。
「ちょっといいかい?」
ハリーとロンが医務室に朝食をもって行こうと席を立ったとき、
後ろから声をかけられた。
声をかけたのは、ハッフルパフ寮のセドリックだった。
「セドリック、なに?」
同じクィディッチのシーカーとしても、サクヤの友人としても、
ハリー達はセドリックのことを知っていた。
「それ、サクヤのところへ持っていくんだろ?」
「うん」
「僕に持っていかせてくれないか?」
セドリックは丁寧にお願いをした。
ハリー達と同じくらい、医務室に引きこもるサクヤのことが心配なのだろう。
その気持ちが見て取れた。
ハリーとロンは顔を見合わせ、そして朝食が乗ったトレーをセドリックに差し出した。
「ありがとう」
セドリックはトレーを受け取ると、パンを一つ多く皿に置いた。
医務室に入ると、いつものようにハーマイオニーのベッドの傍らにサクヤは座っていた。
「サクヤ」
セドリックが呼びかけると、サクヤはゆっくりと彼を見た。
「セドリック…どうかしたのか?」
「ハリー達に頼んで今日は僕が朝食を持ってきたんだ」
「そっか、ありがと…」
彼が差しだしたトレーを受け取ると、
サクヤはトレーを膝の上に置いてハーマイオニーを見つめた。
「食べないの?」
言葉に少し複雑な気持ちが含まれていた。
「た、食べるよ…」
サクヤはパンを一つ手に取り、
ほんの少しだけ、一口かじった。
「………」
一瞬の沈黙が訪れ、またサクヤの手は止まった。
「っ、」
セドリックは耐えきれなくなって、
パンを持つサクヤの手を取り、無理やり口に入れさせた。
「もっとちゃんと食べるんだ」
「っ?」
思わぬセドリックの行動に、サクヤは目を白黒させた。
「しっかりしろ。へこたれるんじゃない」
セドリックはしゃがみ、サクヤに目線を合わせた。
「僕は、君にはいつものサクヤでいて欲しいんだ。
強気で自信家で、笑えるほど人に優しい、
周りを笑顔にするサクヤ」
「………、」
サクヤは掴まれている手首から、セドリックの力の強さを感じとった。
彼がどんなに自身の気持ちを伝えたいか、痛いほどに伝わってきた。
「いつものサクヤなら、
このくらいすぐにたいらげちゃうだろ?」
皿に盛られた料理を見て言う。
「たくさん食べて、元気出して、
またみんなにその笑顔振りまいてくれよ」
うにうにとサクヤの頬を優しく引っ張った。
「難しいことを考えるのは、それからだ」
「………、」
サクヤは口に入れられたパンをかじり、よく噛んでごくんと飲みこんだ。
「………」
それからすぅっと深呼吸をして、もう一度ハーマイオニーを見る。
「…ありがと、セドリック」
セドリックに振り返り、ニッと笑った。
「そう、その笑顔が、僕は大好きなんだ」
セドリックもつられて笑い、そう言った。
「へへへ」
サクヤが照れくさそうに笑うと、セドリックはハッとして立ち上がった。
「べっ、べべ別にそういう意味で『好き』って言ったんじゃないからな!
いやそういう意味でも好きだけど…でっでも今はそんなつもりで言ったんじゃなくて
それを言うのはまだ先だし…ってこんなことを言いたいんじゃなくて
僕はえっとサクヤが笑ってて幸せならそれでよくて
嬉しそうに笑うその笑顔が好きで…あっそういう意味じゃなくてね!でも…」
「?」
必死に弁解するも、
あまりの早口と纏まりのなさにサクヤが「?」を飛ばしているのに気付くと
セドリックはバツが悪そうに頬をぽりぽりと掻いた。
「…す、少しは元気出たかな…?」
小さくそう尋ねると、サクヤは大きく頷いた。
「ばっちり!」
「そ、それじゃ、僕はこれで…」
セドリックはそそくさと医務室を出て行ってしまった。
「(セドリックの言うとおり…
オレがへこたれてる場合じゃないんだよな…)」
ハーマイオニーをじっと見つめる。
「とにかく、情報収集だ…」
トレーに盛られた朝食を一気にたいらげ、サクヤは数日ぶりかに医務室を出た。
( 72/99 )
[prev] [next]
[back]
[しおりを挟む]