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「んー…」
燧は鳥居をくぐってみたが、
見える景色は変わらず木々が並んでいた。
そう簡単に帰らせてはくれないらしい。
「(ずいぶんと山奥に神社があるんだなぁ…。
そりゃあ人も来ないわ)」
燧は神社に戻って賽銭箱に1000円を入れた。
「…のどかだ…」
森の中の小道を歩いても、人一人会わない。
遠くの方で小鳥のさえずる声しか聞こえなかった。
「どうしよう…」
歩きながら、燧は考えていた。
これからどうするか。
もしこのまま記憶が戻らなかったら、この幻想郷が自分の世界になる。
そもそも「外の世界」ってなんだろう?
カラコンなんて言葉が出たのに、例えばカラコンの作り方は思い出せない。
自分のことは覚えてるのに、自分の周りがどんな環境だったのかが分からない。
「気持ち悪いな」
それに、そこまで「外の世界」に帰りたいわけではない。
ただ、記憶がないことが気持ち悪く、それをどうにかしたかった。
森林浴も気持ちいいし、今のところ幻想郷は居心地がいい。
とにかく今は誰か人と会って記憶を取り戻すきっかけを掴まなくては。
そう考えている間も黙々と歩き続けていたが、いっこうに景色が変わることはなかった。
日は早くも傾きつつあった。
「(何か宿みたいなところがあればって思ってたけど、これじゃあ見つからないくさいな。
かと言ってあの貧乏神社にお世話になるのも迷惑だろうし…。
…野宿か)」
道を逸れて、藪の中を進んだ。
適当に開けた場所を見つけ、大きめの葉を集めて敷き詰めた。
「…おなか空いたなぁ」
空腹感は睡眠で紛らわせることにした。
*****
「…ん」
近くに気配を感じ、目が覚めた。
空は白み始めている。
半刻もしないうちに夜は明けるだろう。
起き上がって気配があった辺りを見回すが誰も何もなかった。
「?」
確かに、気配はあったはずだった。
空気が流れるのを感じた。
「!」
木々の間の暗がりに何かいる。
そちらに意識を集中させると、また背後に気配を感じる。
「…、気味が悪いな…」
そっと音を立てずに立ち上がり、何が起きてもいいよう身構えた。
しかし急に地面がぐらぐらして燧は膝をついた。
「…頭痛い…」
こめかみを押さえ目をきつく閉じた。
「そいや…、僕って多血症だっけか」
記憶喪失に乗っかって、うっかり忘れていた。
めまいに頭痛…週に2,3度の瀉血を忘れると起きる症状だ。
「(近くに病院…個人医院でもいい…)」
キョロキョロと周囲に目を凝らす。
遠くに動くものを見とめた。
「…!?」
それは半透明で、こちらを一瞥もせず藪の中をすり抜けながら去っていく。
「(幽霊だ…!)」
どうやら今の幽霊が、燧の感じた気配ではないらしい。
ただの通行人…通行幽霊だ。
そちらにばかり気を取られていると、バキバキと木の軋む音が聞こえた。
見上げると、大雑把に折られた、両手で抱えきれないような太さの木が落ちてくる瞬間だった。
「えっ!!!」
目を疑う燧だったが、状況を飲み込むより先に避けなければ命がやばい。
慌てて身を翻したが、あと半歩遅かったようだ…
「いった…」
腕を木のささくれに引っかけてしまった。
肘から手首にかけて、大きく裂けていた。
しばらく痛みに身悶えしていると、周囲からくすくすと笑い声がしているのに気が付いた。
「誰だよこんな趣味悪い…ッ!」
よろけながらも、立ち上がりその場を去ろうと走り出した。
燧が走り去った後、茂みの中から顔を出したのは、
このあたりをテリトリーとする名もなき妖精だった。
数匹でともに暮らし、道行く人々にいたずらをするのが日課だ。
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