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「あなた、行くところはあるのかしら?」

パチュリーの部屋を出、広い居間のようなところへと、燧は通された。
美鈴は門番の仕事に戻ったようだ。
上座の椅子に座るレミリアはそう尋ねる。

「えっと…ないです」

「行くとこがないのなら、ここに置いてあげてもいいわ」

「! お嬢様!」

咎めるように、咲夜が声をあげた。

「…主人の言うことに何か問題でもあったかしら、咲夜?」

そう言うレミリアの雰囲気は、恐怖さえ覚えるほど威圧的だった。

「っ…いえ」

「あ、あの!」

燧は思い切って言った。

「一人でも僕を嫌がる方がいるなら、僕はここにいるべきでないと思います…。
住むとこも、働く先もなんとかしますので…その…、
喧嘩は、よしてください…」

だんだんと語尾が小さくなっていった。

「あら、喧嘩なんてしていないわ。
咲夜はあまりの嬉しさに声を上げてしまった、のよね?」

レミリアがチラッと見ると、咲夜は「はい」とだけ小さく答えた。
明らかに嬉しがっている顔ではないことは、誰が見ても分かる。

「じゃあさっそくだけど、着替えてきてもらえるかしら。
血の付いた服でうろつかれると…、
…欲しくなるから」

「あ、汚い格好ですみません…。
(欲しい…?)」

心なしか、恍惚とした表情が浮かんだような気がした。

「では、こちらへ」

咲夜が事務的に燧を居間から連れ出した。
廊下を歩く間の無言が、すごく居心地が悪かった。

「あの…」

「気まぐれよ。
たまたま退屈していたところに、あなたが来た。
お嬢様の気まぐれで、あなたはここに置いてもらえる。
それ以上でも以下でもないわ」

燧を遮って、前を歩く咲夜は振り返らずに言い切った。

「それは分かってるつもりですし、ありがたいと思ってます…。
聞きたいのは、それじゃなくって…、
…僕、十六夜さんに何か気を悪くするようなことをしてしまったのでしょうか」

「…ここを、あなたの部屋にするといいわ」

燧の問いには答えずに、部屋の扉を開けて彼女を中へ通した。

「服は、クローゼットの中に揃えてあるわ。
とにかく今日のところは休みなさい」

「あの!」

早々に立ち去ろうとする咲夜を、燧は引きとめた。

「…まだ何か用かしら」

「麻酔が効いてて…、
腕、うまく動かないんです…」

燧は俯いた。

「…それで?」

「一人じゃ、着替えもできません…」

言っていて、燧は自分が至極情けなくなってきた。

「手伝え、と」

皆の反応を見る限り、この怪我は自分が油断していた所為。

「すみません…」

それによって咲夜に、皆に迷惑をかけている。

「泣かないでよ」

重ねて、昨日より前の記憶がない。

「すみ、ません…」

不安を持たないはずがなかった。

「謝らないでよ、私がいじわるしてるみたいじゃない」

あまりの情けなさに、感情が込み上げてしまった。

「ごめんなさい…」

必死に目を拭うが、止まる気配はなかった。
こんなことで泣く自分が余計に情けなく、気持ちがどんどん溢れてきてしまった。

「目をこすらないの。
明日ひどいことになるわ」

咲夜はため息をつきながら明日の服と寝間着を適当に見繕って用意した。

「あなた、ジャケット好きそうね」

「うん…」

なるべく怪我をした腕を刺激しないように、そっと脱がしてくれた。

「なんで、分かるの…?」

「…見れば分かるわ」

目も合わせてもくれないと思っていたが、案外そうでもなかったようだ。

「ありがとう…」

「何についてのお礼かしら」

「色々…。
十六夜さんが僕を振り切って行ってしまわなくって良かった…」

寝間着のボタンを留める咲夜の手が一瞬止まった。

「僕、できるだけ十六夜さんの足を引っ張らないように頑張ります。
だから、…」

「―はい、できたわ。
おやすみなさい」

それでも、一度も目は合わなかった。

「おやすみなさい…」

夜もすっかり更けてしまった。

改めて部屋を見回すと、
ベッドに机、椅子、紅茶を淹れるセット、
基本的なインテリアが揃っている部屋だった。
広くもないし、狭くもない。

「(明日、きちんとみんなにお礼を言おう…)」

疲れ切った身体をベッドに投げ出し、
すぐにやってきた睡魔に身を委ねた。




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