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館を出、燧は美鈴の案内で医者がいるという永遠亭へ向かう。

「うちの館…紅魔館で悪魔なのはただ二人、
レミリア・スカーレットお嬢様と、
妹のフランドール様です」

道すがら、燧は美鈴の言葉に耳を傾けていた。

「紅魔館はレミリア様のお城で、ほんの数百年前にこの幻想郷に来たばかりなんです」

「お、おう…」

幻想郷に来てからというもの、燧は自身の耳と目がにわかに信じられなくなりかけていた。
この郷の人々(?)は当たり前のように妖精や幽霊、悪魔に妖怪を認知し、
約1世紀分の時の流れをついこの間の事のように話す。
人ならざる者は皆長寿なのだろうか。
唯一発見できた十六夜咲夜という人間にも、どうやら嫌われてしまったようだ。

「私や咲夜さん、紅魔館にたくさんいる妖精メイドは皆お嬢様に仕えています。
他にもお嬢様の友人の魔法使いやその使役小悪魔も一緒に住んで、毎日楽しく過ごしてるんですよ」

「今から行く、永遠亭?という所には…」

「迷いの竹林の中にある永遠亭には、月の都の民と噂される不死の人や、
妖怪兎がいます。
謎が多いけど、怪我人や病人は飛び込みでも親切に診てくれるいいところですよ」

「(色々また怪しい単語が…!)」

話しているうちに、周りの景色は変わり、美鈴が言っていた「迷いの竹林」へ入った。

「ここへは、永遠亭への正確な道を知らない人は入らないほうがいいですよ。
文字通り、迷いますから」

成長速度の速い竹であっという間に変わる景色と緩やかな傾斜で狂わされる方向感覚がそうさせるらしい。
確かに四方を見ても景色の差が全く分からない。
美鈴がいなければ間違いなく迷うだろう。

「もう少し歩けますか?
すぐ着きますからね!」

燧の手を引き、美鈴は迷うことなく進んだ。
ほどなくして、竹林がまばらになり、開けたところに建つ建物の前に出た。

「これが永遠亭?」

「そうです!」

美鈴が挨拶をしつつ戸を開けると、中には兎が数匹放し飼いになっていた。
おそらくこの兎もただの兎ではないのだろう…。

「すみませーん、怪我人の手当てをしてもらえませんかー?」

美鈴がそう言うと、奥から人?が二人出てきた。

「うさ耳…」

一人は折れた長い兎の耳をつけた女子高生のような容姿の女の子、
そしてもう一人はまたも銀髪の、大人の女性だった。

「門番さん、あの銀髪の人って十六夜さんの親族?」

「いいえ、違いますよ」

美鈴は笑って答えた。

「こちらは八意永琳さん。
この人に診てもらうんですよ。
隣は弟子の鈴仙・優曇華院・イナバさん」

「あら、あなたは紅魔館の…怪我人はそちらの方ね」

永琳と呼ばれたその人が、燧の腕を見て言った。

「木で引っかけました…」

「…説明だいぶ端折りましたね」

美鈴は頬を掻いた。
うさ耳の女の子に案内をされ、二人は診察室の椅子に掛けた。

「妖精にいたずらをされたみたいです」

「気を緩め過ぎよ」

永琳が燧の簡易的な包帯をとり、消毒液をかける。

「いってぇ…!
気を緩めるも何も、森に妖精がいるなんて知ってるわけない…」

「いるに決まってるじゃないですか!」

永琳の隣で麻酔とピンセット、ナートの準備をしている鈴仙が驚いたように言った。
さも当たり前のようなその口振りに、やっぱり妖精の存在は常識なんだな、と燧は感心した。

「つい昨日、この幻想郷ってところに来たみたいで、何も知らなくて…」

むしろここに来る前の記憶もまったくない、と燧は言った。

「あら、あなた外の世界からきたの?
通りで見ない顔なのね」

「こんな見ず知らずな人間に親切にしてくれる方がこんなにいて嬉しいです」

「「…人間?」」

永琳と美鈴の声がかぶった。

「…人間?」

鈴仙が遅れて言うと、慌てて麻酔の用意を下げて奥へ入っていった。

「危なかったわね、妖怪用の麻酔を打つところだったわ」

「よ、妖怪用を人間が打つとどうなるんですか…!?
っていうか麻酔するの…」

「当たり前よ、何針か縫うんですもの。
妖怪用のものを人間に摂取させると、
麻酔だけじゃなく、薬諸々の効果が効きすぎてしまうのよ。
逆に人間用を妖怪に与えると毒なの」

奥から、おそらく人間用のものと思われる麻酔の用意を持ってきた鈴仙は冷や汗をかいていた。

「それにしても、気配がまるで妖怪なんですけど…」

「私もそう思っていたわ」

美鈴がいぶかしげに燧を見、永琳も相槌を打った。

「に、人間だよ!たぶん…」

ただ、幻想郷に来る前の記憶がなくて…、と付け加えた。

「はいじゃあこれくわえて」

永琳がなにか、リトマス紙のようなものを差し出した。
燧がくわえ、その紙の先を見ると赤に変色していた。

「はい、妖怪ね」

「!?」

「うどんげ、悪いけどまた換えてきてくれる?」

永琳が麻酔を指さし言った。

「僕が妖怪?いやいやいや…」

「この仕事上、口のきけない相手をすることもあるのよ。
そのときにこれを使って調べるの。
この紙で間違ったことはないわ。
…はい、チクッとするわよ」

縫合するために腕に局所麻酔をかけた。

「妖怪…」

「私の勘は間違ってなかったですね!」

美鈴の脳天気な言葉に、燧は笑い返すしかなかった。





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