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「いそげいそげ…」

別に急ぐ必要はなかったかもしれない。
データが無事なら今でもちゃんと無事だし、
仮にデータ飛んでても、
いまさら急いだって仕方ない。

でもさ、こういうときって
急ぎたくなるじゃない?


「………?」

そう、急ぎたい、んだけ、ど…。

「……でっか」

路地裏に放置された真新しい大きな段ボール。
それが異様に気になった。
一日中日の当らないそこに放置された段ボールは、
触ってみると昨日の雨でしっとりしてた。

口は完全には塞がれていなかった。

なんでこんなに興味をそそられるのかは
分からなかったけど、
家はもうすぐそこなんだけど。

でも、今はそんなことより
この箱の中身が気になった。


めーちゃん、ごめんよ。
まっすぐ家に帰る御主人じゃなくてごめんよ。

でも、気になるんだ。

「………」

恐る恐る、段ボールに手をかける。

もしゾンビが中から出てきて襲われても
ダッシュで逃げられるよう、
なるべく引け腰で。


「そーっと、そーっと…」

だんだん口が開けてきた。
私の口も開いてきた。

薄暗い路地にかろうじて射し込む
幾分かの光が中を照らしていく。

「緑色…、違う、青色…?」

どっちも違った。

完全に開いた段ボールの中に、
ゾンビなんて入ってなかった。

中に入ってたのは、
青緑色の髪をツインテールにしてる…



「は、初音、ミク…!?」



ま じ で す か 。

ちょ、まじですか。
2回聞いちゃったよまじですか!?
…3回目だ。

「え、うそ。

…あ、ああ!
コスしてるんだこの人!
コスプレイヤーさんね!はいはい」

納得。
クオリティ高ぇなこの人。
ってか明らかに私より年下だ。
やるな、最近の若者は。

しかしなんでこの場所チョイス?

とりあえず起こさなきゃ。
スルーって手もあるけど、
なんか起こさなきゃって雰囲気だ。

「も、もしもーし?
こんなところで寝てると
風邪ひきますよー?」

………。
起きない。

「大丈夫ですかー?
救急車呼びますか?」

肩を揺すってみる。
起きない。ってか冷たい。
…いや、死体的な意味じゃなく。
だって柔らかいもん。
死後硬直とかってやつ、なってないもん。

…死にたて?
いやまさか。
こんな格好にして
死体遺棄ってどんだけ鬼畜な犯人。

それに遺棄するなら
普通樹海だよね。うん。



声かけても揺すっても突いても
なかなか起きないミクコスの子。
せっかくなのでまじまじと観察してみた。
(人気なくってよかった。)

見れば見るほど…ミクだ。
ネギはないみたい。
でも髪の毛とか、ヅラじゃないし、
コスのためにここまで髪伸ばしたのかな。
ってか人間の髪、ここまで青緑にできるもんなの?
人間の髪の本気?

左肩に01って刺青までしてる。
タトゥーシールじゃなくって、刺青。
ミク大好きなのね、この子。
無邪気じゃないか。

「ほんっと、そろそろ起きてくださーい」

いい加減困ってきたぞ。
見てしまったからには捨て置けないってーか。


…なんとなく、
本当になんとなくだけど、
この子が寂しそうな、
今にも消えてしまいそうな…、

…そんな雰囲気を出してたから。

ほっとけないよね。



「お持ち帰りおkっすか」

いや、拉致じゃない誘拐じゃない。
あくまで、看病。
見たところこの子、
保険証持ってなさそうだから病院も連れてけないし、
第一こんな格好の人を連れていく勇気なんて
あいにく私にはない。

「っふん…」

段ボールごと抱えてみた。
…いかん底抜けしてしまう。

背負うか。

「んっしょ…」

カバンを抱っこして
ミクコスの子をおんぶ。
かなり滑稽な格好なワケだが。
…もう一度言おう。
人気なくってよかった!!

しかし髪が長すぎる。
ヘタしたら箒になりかねない。

「人が来ないうちにっと…」

この路地裏からは
家なんて3歩進めば着いてしまう。
…大げさだけど。

でもそれくらい目と鼻の先で。
それでも路地から出るときは
右左前後を確認する私はチキンだろうか。


そういえば、心なしか、
さっき触れた時より
若干暖かい気がする…。
よかった、生きてるみたいだ。

…ん?
私の体温が移っただけ?


とにもかくにも、
早くなんとかしなきゃ
リアルに死んじゃいそうな感じだった。






(揺レテル…背中、アったカイ…
マ、すたー…?)


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