The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
マクゴナガル先生宛の手紙をぎゅっと握り締め、もう片方の手でサクヤの手を引きながら廊下をものすごい速さで歩き、角を曲がったところでハリーは歩く速度を緩めた。
「大丈夫?」
少しだけ冷静さを取り戻したハリーがサクヤに訊ねた。
こんなシチュエーションは昨日に引き続きこれで二度目だが、昨日とは打って変わって、今はサクヤを気遣うべきだとハリーは思った。
昨日だって、けろりとしていたサクヤだが、ハリーと同じように心の内側では噂話のひそひそ声や探る視線と戦っていて、ハリーが見落としていただけだったかもしれないのだ。
現に今のサクヤは、苦痛に顔を歪めている。
「ん、大丈夫……」
気を緩めたら泣き出しそうなのか、それとも溢れだしそうな激しい怒りを抑えているのか、ハリーにはわからなかったが、サクヤは気持ちを押さえつけるような表情をしていた。
その顔から少しでも何か読み取れないかと、ハリーが横目で見ながら歩いていたせいで、ポルターガイストのピーブズにいきなりぶつかってしまった。
大口で小男のピーブズは、宙に寝転んで、インク壺を手玉に取って遊んでいた。
「おや、ポッツン・ポッツリ・ポッター!
授業抜け駆けおデートかい?」
ピーブズがケッケッと笑いながら、インク壺を2つ取り落とし、それがガチャンと割れて壁にインクを撥ね散らした。
ハリーはインクがかからないように飛び退きながら脅すように唸った。
「どけ、ピーブズ」
「オォォゥ、いかれポンチがイライラしてる」
ピーブズは意地悪くニヤニヤ笑いながらハリーとサクヤの頭上をヒューヒュー飛んでついてきた。
「サクヤのお嬢さん、ポッティくんのどこがそんなにいいんだい?
何か声が聞こえるとこ?何かが見えるとこ?それとも
舌が――」
ピーブズは舌を突き出してべ〜っとやった。
「――独りでにしゃべるとこ?」
「残念、どれもハズレだよ」
サクヤが困ったような苦笑いをした。
「どれも、全部ね。
これはデートなんかじゃない」
「ほっといてくれ!」
一番近くの階段を駆け下りながら、ハリーが語気を強めた。
今のサクヤに、少しでも気丈に振舞ってほしくなかった。
しかしピーブズはハリーの怒りこそ大好物なようで、脇について、階段の手摺を背中で滑り降りた。
おお、たいていみんなは思うんだ ポッティちゃんは変わってる
やさしい人は思うかも ほんとはポッティ泣いている
だけどピーブズはお見通し ポッティちゃんは狂ってる――「
黙れ!」
ハリーが叫んだとき、左手のドアが開いて、厳しい表情のマクゴナガル先生が副校長室から現れた。
騒ぎをうるさがっている顔だ。
「いったい何を騒いでいるのですか、ポッター?フェリックスまで?」
先生がバシッと言った。
ピーブズは愉快そうに高笑いしてスイーッと消えていった。
「授業はどうしたのです?」
「先生のところに行くように言われました」
サクヤが硬い表情で言った。
「
行ってこい?どういう意味です?行ってこい?」
ハリーはアンブリッジ先生からの手紙を差し出した。
マクゴナガル先生はしかめっ面で受け取り杖で叩いて開封し、広げて読み出した。
アンブリッジの字を追いながら、四角い眼鏡の奥で、先生の目が羊皮紙の端から端へと移動し、1行読むごとに目が細くなっていった。
「お入りなさい、ポッター。フェリックス」
ハリーとサクヤは先生に従いて書斎に入った。
ドアは独りでに閉まった。
「それで?」
マクゴナガル先生が突然挑みかかった。
「本当なのですか?」
「本当って、何が?」
そんなつもりはなかったのに乱暴な言い方をしてしまい、ハリーは丁寧な言葉をつけ加えた。
「ですか?マクゴナガル先生?」
「アンブリッジ先生に対して怒鳴ったというのは本当ですか?」
「はい」
ハリーが言った。
「嘘つき呼ばわりしたのですか?」
「はい」
サクヤが言った。
「『例のあの人』が戻ってきたと言ったのですか?」
「はい」
2人が答えた。
マクゴナガル先生は机の向こう側に、ハリーとサクヤにしかめっ面を向けながら座った。
それから、おもむろに言った。
「ビスケットをおあがりなさい、2人とも」
「おあがり――えっ?」
「ビスケットをおあがりなさい」
先生は気短に繰り返し、机の書類の山の上に載っているタータンチェック模様の缶を指差した。
「そして、お掛けなさい」
前にもサクヤと一緒のときに、こんなことがあった。
マクゴナガル先生から鞭打ちの罰則を受けると思ったのに、グリフィンドールのクィディッチ・チーム・メンバーに指名された。
ハリーとサクヤは先生と向き合う椅子に並んで腰掛け、生姜ビスケットを摘んだ。
今度もあのときと同じで、何がなんだかわからず、不意打ちを食らったような気がした。
マクゴナガル先生は手紙を置き、深刻な眼差しでハリーを見た。
「ポッター、フェリックス。気をつけないといけません」
ハリーは口に詰まった生姜ビスケットをゴクリと飲み込み、先生の顔を見つめた。
ハリーの知っているいつもの先生の声ではなかった。きびきびした厳しい声ではなく、低い、心配そうな、そしていつもより人間味のこもった声だった。
サクヤはこの声をよく知っている。
最近では、懲戒尋問のあと、疲れきっていたサクヤに「漏れ鍋」で見せた態度だ。
サクヤが目を上げると、またあの時のような優しさを湛えた瞳とかち合った。サクヤは張り詰めた糸がふわりと緩むのを感じた。
「ドローレス・アンブリッジのクラスで態度が悪いと、あなたたちにとっては、寮の減点や罰則だけでは済みませんよ」
「どういうこと――?」
「ポッター、常識を働かせなさい」
ハリーが訊ねると、マクゴナガル先生は、急にいつもの口調に戻ってバシッと言った。
「あの人がどこから来ているか、わかっているでしょう。
誰に報告しているのかもわかるはずです」
終業ベルが鳴った。
上の階からも、周りからも何百人という生徒が移動する象の大群のような音が聞こえてきた。
「手紙には、今週、毎晩あなたたちに罰則を科すと書いてあります。明日からです」
マクゴナガル先生がアンブリッジの手紙をもう一度見下ろしながら言った。
「今週毎晩!」
ハリーは驚愕して繰り返した。
サクヤはソファに深くもたれかかり、天を仰いだ。
「でも、先生――先生なら――?」
「いいえ、できません」
マクゴナガル先生はにべもなく言った。
「でも――」
「あの人はあなたたちの先生ですから、あなたたちに罰則を科す権利があります。
最初の罰則は明日の夕方5時です。あの先生の部屋に行きなさい。
いいですか。ドローレス・アンブリッジのそばでは、言動に気をつけることです」
「でも、僕たちはほんとのことを言った!」
ハリーは激怒した。
「ヴォルデモートは戻ってきた。
先生だってご存知ですし、ダンブルドア校長先生も知ってる――」
「ポッター!何ということを!」
マクゴナガル先生は怒ったように眼鏡を掛け直した(ハリーがヴォルデモートと言ったときに、先生はぎくりとたじろいだのだ)。
「これが嘘か真かの問題だとお思いですか?
これは、あなたが低姿勢を保って、その癇癪を抑えておけるかどうかの問題です!」
マクゴナガル先生は鼻息も荒く、唇をきっと結んで立ち上がった。ハリーも立ち上がった。
「フェリックスも、一緒になって癇癪を起したのですか?」
サクヤが立ち上がったとき、マクゴナガル先生が厳しく訊ねた。
「いいえ。
セドリックは事故で亡くなったとあの先生が言ったので、侮辱するなと、撤回を求めました」
「そうですか」
先生の厳しい態度が途端に和らいだ。
「……ビスケットをもう1つお取りなさい」
先生は缶をサクヤとハリーのほうに差し出し、また静かに言った。
「いただきます」
サクヤがまた1つ摘まんだので、ハリーも(気は進まなかったが)それに続いた。
「学期始めにドローレス・アンブリッジが何と言ったか、2人とも、聞かなかったのですか?」
「聞きました」
2人とも答えた。
「えーと……たしか……進歩は禁じられるとか……」
「でも、その意味は……魔法省がホグワーツに干渉しようとしている……」
マクゴナガル先生は一瞬探るようにハリーとサクヤを見てフフンと鼻を鳴らし、机の向こうから出て部屋のドアを開けた。
「まあ、とにかくあなたたちが、ハーマイオニー・グレンジャーの言うことを聞いてくれてよかったです」
先生は、ハリーとサクヤに部屋を出るようにと外を指差しながら言った。
「お見通しだ」
部屋を出ながら、表情を緩めたサクヤが、ハリーににっこり笑った。その顔を見たハリーもまた、イライラがふっと治まり、含み笑いをした。
その場をあとにするとき、サクヤは副校長室に戻ろうとするマクゴナガル先生に向かってニッと笑い、いたずらっぽく言った。
「マクゴナガル先生、オレ、生姜ビスケットより豆乳ビスケットのほうが好きです」
>>To be continued
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