The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
「闇の魔術に対する防衛術」の教室に入っていくと、アンブリッジ先生はもう教壇に座っていた。
昨夜のふわふわのピンクのカーディガンを着て、頭のてっぺんに黒いビロードのリボンを結んでいる。
またしてもハリーは、大きな蝿が、愚かにも、さらに大きなガマガエルの上に止まっている姿を、いやでも想像した。
生徒は静かに教室に入った。アンブリッジ先生はまだ未知数だった。
この先生がどのくらい厳しいのか誰もわからなかった。
「さあ、こんにちは!」
クラス全員が座ると、先生が挨拶した。
何人かが「こんにちは」とぼそぼそ挨拶を返した。
「チッチッ」
アンブリッジ先生が舌を鳴らした。
「
それではいけませんねえ。みなさん、どうぞ、こんなふうに。
『こんにちは、アンブリッジ先生』。
もう一度いきますよ、はい、こんにちは、みなさん!」
「こんにちは、アンブリッジ先生」
みんな一斉に挨拶を唱えた。
「そう、そう」
アンブリッジ先生がやさしく言った。
「難しくないでしょう?
杖をしまって、羽根ペンを出してくださいね」
大勢の生徒が暗い目を見交わした。
杖をしまったあとの授業が、これまでおもしろかった例はない。
ハリーは杖を鞄に押し込み、羽根ペン、インク、羊皮紙を出した。
アンブリッジ先生はハンドバッグを開け、自分の杖を取り出した。異常に短い杖だ。
先生が杖で黒板を強く叩くと、たちまち文字が現れた。
闇の魔術に対する防衛術
基本に返れ「さて、みなさん、この学科のこれまでの授業は、かなり乱れてバラバラでしたね。そうでしょう?」
アンブリッジ先生は両手を身体の前できちんと組み、正面を向いた。
「先生がしょっちゅう変わって、しかも、その先生方の多くが魔法省指導要領に従っていなかったようです。
その不幸な結果として、みなさんは、魔法省がOWL学年に期待するレベルを遥かに下回っています」
「しかし、ご安心なさい。
こうした問題がこれからは是正されます。
今年は、慎重に構築された理論中心の魔法省指導要領とおりの防衛術を学んでまいります。
これを書き写してください」
先生はまた黒板を叩いた。
最初の文字が消え、「授業の目的」という文章が現れた。
1. 防衛術の基礎となる原理を理解すること
2. 防衛術が合法的に行使される状況認識を学習すること
3. 防衛術の行使を、実践的な枠組みに当てはめること数分間、教室は羊皮紙に羽根ペンを走らせる音でいっぱいになった。
全員がアンブリッジ先生の3つの目的を写し終えると、先生が聞いた。
「みなさん、ウィルバート・スリンクハードの『防衛術の理論』を持っていますか?」
持っていますと言うぼそぼそ声が教室中から聞こえた。
「もう一度やりましょうね」
アンブリッジ先生が言った。
「わたくしが質問したら、お答えはこうですよ。
『はい、アンブリッジ先生』または、『いいえ、アンブリッジ先生』。
では、みなさん、ウィルバート・スリンクハードの『防衛術の理論』を持っていますか?」
「はい、アンブリッジ先生」
教室中が抑揚なく鳴った。
「よろしい」
アンブリッジ先生が言った。
「では、5ページを開いてください。『第1章、初心者の基礎』。おしゃべりはしないこと」
アンブリッジ先生は黒板を離れ、教壇の先生用の机の椅子に陣取り、眼の下が弛んだガマガエルの目でクラスを観察した。
ハリーは自分の教科書の5ページを開き、読みはじめた。
絶望的につまらなかった。
ビンズ先生の授業を聞いているのと同じくらいひどかった。
集中力が抜け落ちていくのがわかった。
同じ行を5,6回読んでも、最初のひと言、ふた言しか頭に入らない。
何分かの沈黙の時間が流れた。
ハリーの隣で、ロンがぼーっとして、羽根ペンを指でくるくる回し、5ページの同じところをずっと見つめている。
右のほうを見たハリーは、驚いて麻痺状態から醒めた。
ハーマイオニーは「防衛術の理論」の教科書を開いてもいない。
手を挙げ、アンブリッジ先生をじっと見つめていた。
その向こうではサクヤもまた、手を挙げてこそいないが、アンブリッジ先生を観察するように見つめている。
ハーマイオニーが読めと言われて読まなかったことは、ハリーの記憶では一度もない。
それどころか、目の前に本を出されて、開きたいという誘惑に抵抗したことなどない。
ハリーはどうしたの、という目を向けたが、ハーマイオニーは首をちょっと振って、質問に答えるどころではないのよ、と合図しただけだった。
そしてサクヤと一緒にアンブリッジ先生をじっと見つめ続けた。
先生は同じくらい頑固に、別な方向を見続けている。
それからまた数分が経つと、ハーマイオニーを見つめているのはハリーだけでなくなった。
読みなさいと言われた第1章が、あまりにも退屈だったし、「初心者の基礎」と格闘するよりは、アンブリッジ先生の目を捕らえようとしているハーマイオニーの無言の行動を見ているほうがいいという生徒がだんだん増えてきた。
クラスの半数以上が、教科書よりハーマイオニーを見つめるようになると、アンブリッジ先生は、もはや状況を無視するわけにはいかないと判断したようだった。
「この章について、何か聞きたかったの?」
先生は、たったいまハーマイオニーに気づいたかのように話しかけた。
「この章についてではありません。違います」
ハーマイオニーが言った。
「おやまあ、いまは読む時間よ」
アンブリッジ先生は尖った小さな歯を見せた。
「ほかの質問なら、クラスが終わってからにしましょうね」
「授業の目的に質問があります」
ハーマイオニーが言った。
アンブリッジ先生の眉が吊り上がった。
「あなたのお名前は?」
「ハーマイオニー・グレンジャーです」
「さあ、ミス・グレンジャー。
ちゃんと全部読めば、授業の目的ははっきりしていると思いますよ」
アンブリッジ先生はわざとらしいやさしい声で言った。
「でも、わかりません」
ハーマイオニーはぶっきらぼうに言った。
「防衛呪文を
使うことに関しては何も書いてありません」
一瞬沈黙が流れ、生徒の多くが黒板のほうを向き、まだ書かれたままになっている3つの目的をしかめっ面で読んだ。
「防衛呪文を使う?」
アンブリッジ先生はちょっと笑って言葉を繰り返した。
「まあ、まあ、ミス・グレンジャー。
このクラスで、あなたが防衛呪文を使う必要があるような状況が起ころうとは、考えられませんけど?
まさか、授業中に襲われるなんて思ってはいないでしょう?」
「魔法を使わないの?」
ロンが声を張りあげた。
「わたくしのクラスで発言したい生徒は、手を挙げること。ミスター――?」
「ウィーズリー」
ロンが手を高く挙げた。
アンブリッジ先生は、ますますにっこり微笑みながら、ロンに背を向けた。
ハリーとハーマイオニーがすぐに手を挙げた。サクヤはアンブリッジ先生を見つめ続けているが、眉間に皺が寄っていた。
アンブリッジ先生のぼってりした目が一瞬ハリーに止まったが、そのあとハーマイオニーの名を呼んだ。
「はい、ミス・グレンジャー?何かほかに聞きたいの?」
「はい」
ハーマイオニーが答えた。
「『闇の魔術に対する防衛術』の真の狙いは、間違いなく、防衛呪文の練習をすることではありませんか?」
「ミス・グレンジャー、あなたは、魔法省の訓練を受けた教育専門家ですか?」
アンブリッジ先生はやさしい作り声で聞いた。
「いいえ、でも――」
「さあ、それなら、残念ながら、あなたには、授業の『真の狙い』を決める資格はありませんね。
あなたよりもっと年上の、もっと賢い魔法使いたちが、新しい指導要領を決めたのです。
あなた方が防衛呪文について学ぶのは、安全で危険のない方法で――」
「そんなの、何の役に立つ?」
ハリーが大声をあげた。
「もし僕たちが襲われるとしたら、そんな方法――」
「
挙手、ミスター・ポッター!」
アンブリッジ先生が歌うように言った。
ハリーは拳を宙に突き上げた。
アンブリッジ先生は、またそっぽを向いた。
しかし、今度は他の何人かの手も挙がった。
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