The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
「えっ?」
ハリーはポカンとした。
「あいつめ、行っちまった!」
フィッグばあさんは手を揉みしだいた。
「ちょろまかした大鍋がまとまった数あるとかで、誰かに会いにいっちまった!
そんなことしたら、生皮を剥いでやるって、あたしゃ言ったのに。言わんこっちゃない!吸魂鬼!
あたしがミスター・チブルスを見張りにつけといたのが幸いだった!
だけど、ここでぐずぐずしてる間はないよ!急ぐんだ。
さあ、あんたを家に帰してやんなきゃ!ああ、大変なことになった!
あいつめ、
殺してやる!」
「でも――」
路地で吸魂鬼に出会ったのもショックだったが、変人で猫狂いの近所のばあさんが吸魂鬼のことを知っていたというのも、ハリーにとっては同じくらい大ショックだった。
「おばあさんが――あなたが
魔女?」
「あたしゃ、でき損ないのスクイブさ。マンダンガス・フレッチャーはそれをよく知ってる。
だから、あんたが吸魂鬼を撃退するのを、あたしが助けてやれるわけがないだろ?
あんなにあいつに
忠告したのに、あんたになんの護衛もつけずに置き去りにして――」
「そのマンダンガスが僕を追けてたの?
ちょっと待って――あれは
彼だったのか!
マンダンガスが僕の家の前から『姿くらまし』したんだ!」
「そう、そう、
そうさ。
でも幸いあたしが、万が一を考えて、ミスター・チブルスを車の下に配置しといたのさ。
ミスター・チブルスがあたしんとこに、危ないって知らせにきたんだ。
でも、あたしがあんたの家に着いたときには、あんたはもういなくなってた――それで、いまみたいなことが――ああ、ダンブルドアが
いったいなんておっしゃるか?おまえさん!」
ばあさんが甲高い声で、まだ路地に仰向けに引っくり返ったままのダドリーを呼んだ。
「さっさとでかい尻を上げるんだ。早く!」
「ダンブルドアを知ってるの?」
ハリーはフィッグばあさんを見つめた。
「もちろん知ってるともさ。ダンブルドアを知らん者がおるかい?
さあ、
さっさとするんだ――またやつらが戻ってきたら、あたしゃなんにもできゃしない。
ティーバッグひとつ変身させたことがないんだから」
フィッグばあさんは屈んで、ダドリーの巨大な腕の片方を、萎びた両手で引っ張った。
「
立つんだ。役立たずのどてかぼちゃ。
立つんだよ!」
しかし動けないのか動こうとしないのか、ダドリーは動かない。
地面に座ったまま、口をぎゅっと結び、血の気の失せた顔で震えていた。
「僕がやるよ」
ハリーはダドリーの腕を取り、よいしょと引っ張った。
さんざん苦労して、ハリーはなんとかダドリーを立ち上がらせたが、ダドリーは気絶しかけているようだった。
小さな目がぐるぐる回り、額には汗が噴き出している。
ハリーが手を離したとたん、ダドリーの身体がぐらっと危なっかしげに傾いた。
「急ぐんだ!」
フィッグばあさんがヒステリックに言った。
ハリーはダドリーの巨大な腕の片方を自分の肩に回し、その重みで腰を曲げながら、ダドリーを引きずるようにして表通りに向かった。
フィッグばあさんは、2人の前をちょこまか走り、路地の角で不安げに表通りを窺った。
「杖を出しときな」
ウィステリア・ウォークに入るとき、ばあさんがハリーに言った。
「『機密保持法』なんて、もう気にしなくていいんだ。
どうせめちゃめちゃに高いつけを払うことになるんだから、卵泥棒で捕まるより、いっそドラゴンを盗んで捕まるほうがいいってもんさ。
『未成年の制限事項』といえば……ダンブルドアが心配なすってたのは、
まさにこれだったんだ――通りの向こう端にいるのはなんだ?
ああ、ミスター・プレンティスかい……ほら、杖を下ろすんじゃないよ。あたしゃ役立たずだって、何度も言っただろう?」
杖を掲げながら、同時にダドリーを引っ張っていくのは楽ではなかった。
ハリーはイライラして、いとこの肋骨に一発お見舞いしたが、ダドリーは自分で動こうとする気持をいっさい失ったかのようだった。
ハリーの肩にもたれ掛かったまま、でかい足が地面をずるずる引きずっていた。
「フィッグさん、スクイブだってことをどうして教えてくれなかったの?」
ハリーは歩き続けるだけで精一杯で、息を切らしながら聞いた。
「ずっとあなたの家に行ってたのに――どうして何にも言ってくれなかったの?」
「ダンブルドアのお言いつけさ。
あたしゃ、あんたを見張ってたけど、なんにも言わないことになってた。あんたは若すぎたし。
ハリー、辛い思いをさせてすまなかったね。
でも、あんたがあたしんとこに来るのが楽しいなんて思うようじゃ、ダーズリーはあんたを預けなかったろうよ。わかるだろ。
あたしも楽じゃなかった……しかし、ああ、どうしよう」
ばあさんは、また手を揉みしだきながら悲痛な声を出した。
「ダンブルドアがこのことを聞いたら――マンダンガスのやつ、夜中までの任務のはずだったのになんで行っちまったんだい――あいつはどこにいるんだ?
ダンブルドアに事件を知らせるのに、どうしたらいいんだろ?あたしゃ、『姿現わし』できないんだ」
「僕、ふくろうを持ってるよ。使っていいです」
ハリーはダドリーの重みで背骨が折れるのではないかと思いながら呻いた。
「ハリー、わかってないね!
ダンブルドアはいますぐ行動を起こさなきゃならないんだ。
なにせ、魔法省は独自のやり方で未成年者の魔法使用を見つける。もう見つかっちまってるだろう。きっとそうさ」
「だけど、僕、吸魂鬼を追い払ったんだ。魔法を使わなきゃならなかった――魔法省は、吸魂鬼がウィステリア・ウォークを浮遊して、何をやってたのか、そっちのほうを心配すべきだ。そうでしょう?」
「ああ、あんた、そうだったらいいんだけど、でも残念ながら――
マンダンガス・フレッチャーめ、殺してやる!」
バシッと大きな音がして、酒臭さとむっとするタバコの臭いがあたりに広がり、ボロボロの外套を着た、無精ひげのずんぐりした男が、目の前に姿を現した。
ガニ股の短足、長い赤茶色のざんばら髪、それに血走った腫れぼったい目が、バセット・ハウンド犬の悲しげな目つきを思わせた。
手には何か銀色のものを丸めて握り締めている。
ハリーはそれが「透明マント」だとすぐにわかった。
「どーした、フィギー?」
男はフィッグばあさん、ハリー、ダドリーと順に見つめながら言った。
「正体がばれねえようにしてるはずじゃねえのかい?」
「おまえを
ばらしてやる!」
フィッグばあさんが叫んだ。
「
吸魂鬼だ。この碌でなしの腐れ泥棒!」
「吸魂鬼?」
マンダンガスが仰天してオウム返しに言った。
「吸魂鬼?ここにかい?」
「ああ、ここにさ。役立たずのコウモリの糞め。ここにだよ!」
フィッグばあさんがキンキン声で言った。
「吸魂鬼が、おまえの見張ってるこの子を襲ったんだ!」
「とんでもねえこった」
マンダンガスは弱々しくそう言うと、フィッグばあさんを見て、ハリーを見て、またフィッグばあさんを見た。
「とんでもねえこった。おれは――」
「それなのに、おまえときたら、盗品の大鍋を買いにいっちまった。
あたしゃ、行くなって言ったろう?
言ったろうが?」
「おれは――その、あの――」
マンダンガスはどうにも身の置き場がないような様子だ。
「その――いい商売のチャンスだったもんで、なんせ――」
フィッグばあさんは手提げ袋を抱えたほうの腕を振り上げ、マンダンガスの顔と首のあたりを張り飛ばした。
ガンッという音からして、袋はキャット・フーズの缶詰が詰まっているらしい。
「痛え――やーめろ――やーめろ、このくそ婆あ!
だれかダンブルドアに知らせねえと!」
「その――とおり――だわい!」
フィッグばあさんは缶詰入り手提げ袋をぶん回し、どこもかしこもおかまいなしにマンダンガスを打った。
「それに――おまえが――知らせに――行け――そして――自分で――ダンブルドアに――言うんだ――
どうして――おまえが――その場に――いなかったのかって!」
「とさかを立てるなって!」
マンダンガスは身をすくめて腕で顔を覆いながら言った。
「行くから。おれが行くからよう!」
そしてまた
バシッという音とともに、マンダンガスの姿が消えた。
「ダンブルドアがあいつを
死刑にすりゃあいいんだ!」
フィッグばあさんは怒り狂っていた。
「さあ、ハリー、
早く。
なにをぐずぐずしてるんだい?」
ハリーは、大荷物のダドリーの下で、歩くのがやっとだと言いたかったが、すでに息絶え絶えで、これ以上息のむだ使いはしないことにした。
半死半生のダドリーを揺すり上げ、よろよろと前進した。
「戸口まで送るよ」
プリベット通りに入るとフィッグばあさんが言った。
「連中がまだそのへんにいるかもしれん……ああ、まったく。
なんてひどいこった……そいで、おまえさんは自分でやつらを撃退しなきゃならなかった……そいで、ダンブルドアは、どんなことがあってもおまえさんに魔法を使わせるなって、あたしらにお言いつけなすった……。
まあ、こぼれた魔法薬、盆に帰らずってとこか……しかし、猫の尾を踏んじまったね」
「それじゃ」
ハリーは喘ぎながら言った。
「ダンブルドアは……ずっと僕を追けさせてたの?」
「もちろんさ」
フィッグばあさんが急き込んで言った。
「ダンブルドアがおまえさんを独りでほっつき歩かせると思うかい?6月にも7月にもあんなことが起こったあとで?まさか、あんた。
もう少し賢いかと思ってたよ……さあ家の中に入って、じっとしてるんだよ」
3人は4番地に到着していた。
ハリーは息を切らせながらふと気づいた。
7月にも?今月、僕の知らないどこかで、また何かが起こったのか?マグルのニュースには挙がらない何かが?
もしかして、それでサクヤやロン、ハーマイオニーは忙しくしているんじゃないか?
どうして僕には何も知らせてくれないんだ?「だれかがまもなくあんたに連絡してくるはずだ」
フィッグばあさんの声で、再び湧き上がってきたイライラは一瞬しおれた。
「おばあさんはどうするの?」
ハリーが急いで聞いた。
「あたしゃ、まっすぐ家に帰るさ」
フィッグばあさんは暗闇をじっと見回して、身震いしながら言った。
「指令が来るのを待たなきゃならないんでね。
とにかく家の中にいるんだよ。おやすみ」
「待って。まだ行かないで!僕、知りたいことが――」
しかし、スリッパをパタパタ、手提げ袋をカタカタ鳴らして、フィッグばあさんはもう小走りに駆けだしていた。
「待って!」
ハリーは追い縋るように叫んだ。
ダンブルドアと接触のある人なら誰でもいいから、聞きたいことがごまんとあった。
しかし、あっという間に、フィッグばあさんは闇に呑まれていった。
顔をしかめ、ハリーはダドリーを背負い直し、4番地の庭の小道を痛々しくゆっくりと歩いていった。
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