The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
北へ北へと旅が進んでも、天気は相変わらず気まぐれだった。
中途半端な雨が窓にかかったかと思うと、太陽が微かに現れ、それもまた流れる雲に覆われた。
暗闇が迫り、車内のランプが点くと、ルーナは「ザ・クィブラー」を丸め、大事そうに鞄にしまい、今度はコンパートメントの1人ひとりをじっと見つめはじめた。
ハリーは、ホグワーツが遠くにちらりとでも見えないかと、額を車窓にくっつけていた。
しかし、月のない夜で、しかも雨に打たれた窓は汚れていた。
「着替えをしたほうがいいわ」
ハーマイオニーが促した。
ロンとハーマイオニーはローブの胸に、しっかり監督生バッジをつけた。
ロンが暗い窓に自分の姿を映しているのを、ハリーは見た。
汽車がいよいよ速度を落としはじめた。
みんなが急いで荷物やペットを集め、降りる仕度を始めたので、車内のあちこちがいつものように騒がしくなった。
ロンとハーマイオニーは、それを監督することになっているので、クルックシャンクスとピッグウィジョンの世話をみんなに任せて、またコンパートメントを出ていった。
「そのふくろう、あたしが持ってあげてもいいよ」
ルーナはハリーにそう言うと、ピッグウィジョンの龍に手を伸ばした。
ネビルはトレバーをしっかり内ポケットに入れた。
「あ――え――ありがとう」
ハリーは籠を渡し、ヘドウィグの籠のほうをしっかり両腕に抱えた。
全員がなんとかコンパートメントを出て、通路の生徒の群れに加わると、冷たい夜風の最初のひと吹きがぴりっと顔を刺した。
出口のドアに近づくと、ハリーは湖への道の両側に立ち並ぶ松の木の匂いを感じた。
ハリーはホームに降り、周りを見回して、懐かしい「イッチ年生はこっち……イッチ年生……」の声を聞こうとした。
しかし、その声が聞こえない。
代わりに、まったく別の声が呼びかけていた。
きびきびした魔女の声だ。
「1年生はこっちに並んで!
1年生は全員こっちにおいで!」
カンテラが揺れながらこっちにやって来た。
その灯りで、突き出した顎とガリガリに刈り上げた髪が見えた。
グラブリー-プランク先生、去年ハグリッドの「魔法生物飼育学」をしばらく代行した魔女だった。
「ハグリッドはどこ?」
ハリーは思わず声に出した。
「知らないわ」
ジニーが答えた。
「とにかく、ここから出たほうがいいわよ。
私たち、ドアを塞いじゃってる」
「あ、うん……」
ホームを歩き、駅を出るまでに、ハリーはジニーとはぐれてしまった。
人波に揉まれながら、ハリーは暗がりに目を凝らしてハグリッドの姿を探した。
ここにいるはずだ。
ハリーはずっとそれを心の拠り所にしてきた――またハグリッドに会える。
それが、ハリーの一番楽しみにしていたことの1つだった。
しかし、どこにもハグリッドの気配はない。
「
いなくなるはずはない」
出口への狭い道を生徒の群れに混じって小刻みにのろのろ歩き、外の通りに向かいながら、ハリーは自分に言い聞かせていた。
「
風邪を引いたかなんかだろう……」
ハリーはサクヤの姿も探した。しかしハグリッドとは違い、この人混みのなかから女の子1人を探すのは無理だとすぐに分かった。
それに、「ホグワーツから出られない」のなら、ホグズミード駅にも来られないだろう。
今度はロンとハーマイオニーを探した。
グラブリー-プランク先生が再登場したことを、2人がどう思うか知りたかった。
しかし、2人ともハリーの近くには見当たらない。
しかたなく、ハリーはホグズミード駅の外に押し出され、雨に洗われた暗い道路に立った。
2年生以上の生徒を城まで連れていく馬なしの馬車が、100台余りここに待っているのだ。
ハリーは馬車をちらりと見て、すぐ目を逸らし、ロンとハーマイオニーを探しにかかったが、そのとたん、ぎょっとした。
馬車はもう馬なしではなかった。
馬車の轅の間に、生き物がいた。
名前をつけるなら、馬と呼ぶべきなのだろう。しかし、なんだか爬虫類のようでもある。
まったく肉がなく、黒い皮が骨にぴったり張りついて、骨の1本1本が見える。
頭はドラゴンのようだ。瞳のない目は白濁し、じっと見つめている。
背中の隆起した部分から翼が生えている――巨大な黒いなめし革のような翼は、むしろ巨大コウモリの翼にふさわしい。
暗闇にじっと静かに立ち尽くす姿は、この世の物とも思えず、不吉に見えた。
馬なしで走れる馬車なのに、なぜこんな恐ろしげな馬に牽かせなければならないのか、ハリーには理解できなかった。
「ピッグはどこ?」
すぐ後ろでロンの声がした。
「あのルーナって子が持ってるよ」
ハリーは急いで振り返った。
ロンにハグリッドのことを早く相談したかった。
「いったいどこに――」
「ハグリッドがいるかって?さあ」
ロンも心配そうな声だ。
「無事だといいけど……」
少し離れたところに、取り巻きのクラッブ、ゴイル、パンジー・パーキンソンを従えたドラコ・マルフォイがいて、おとなしそうな2年生を押し退け、自分たちが馬車を1台独占しようとしていた。
やがてハーマイオニーが、群れの中から息を切らして現れた。
「マルフォイのやつ、あっちで1年生に、ほんとにむかつくことをしてたのよ。絶対に報告してやる。
ほんの3分もバッジを持たせたら、立場を利用して前よりひどいいじめをするんだから……クルックシャンクスはどこ?」
「ジニーが持ってる」
ハリーが答えた。
「あ、ジニーだ……」
ジニーがちょうど群れから現れた。
じたばたするクルックシャンクスをがっちり押さえている。
「ありがとう」
ハーマイオニーはジニーを猫から解放してやった。
「さあ、一緒に馬車に乗りましょう。満席にならないうちに……」
「ピッグがまだだ!」
ロンが言った。
しかしハーマイオニーはもう、一番近い空の馬車に向かっていた。
ハリーはロンと一緒にあとに残った。
「こいつら、いったい何だと思う?」
他の生徒たちを次々やり過ごしながら、ハリーは気味の悪い馬を顎で指してロンに聞いた。
「こいつらって?」
「この馬だよ――」
ルーナがピッグウィジョンの籠を両腕に抱えて現れた。
チビふくろうは、いつものように興奮して囀っていた。
「はい、これ」
ルーナが言った。
「かわいいチビふくろうだね?」
「あ……うん……まあね」
ロンが無愛想に言った。
「えーと、さあ、じゃ、乗ろうか……ハリーなんか言ってたっけ?」
「うん。この馬みたいなものは何だろう?」
ロンとルーナと3人で、ハーマイオニーとジニーが乗り込んでいる馬車のほうに歩きながら、ハリーが言った。
「どの馬みたいなもの?」
「馬車を牽いてる馬みたいなもの!」
ハリーはイライラしてきた。
一番近いのは、ほんの1m先にいるのに。虚ろな白濁した目でこっちを見ているのに。
しかし、ロンはわけがわからない目つきでハリーを見た。
「何のことを話してるんだ?」
「これのことだよ――見ろよ!」
ハリーはロンの腕をつかんで後ろを向かせた。
翼のついた馬を真正面から見せるためだ。
ロンは一瞬それを直視したが、すぐハリーを振り向いて言った。
「何が見えてるはずなんだ?」
「何がって――ほら、棒と棒の間!馬車に繋がれて!君の真ん前に――」
しかし、ロンは相変わらず呆然としている。
ハリーはふと奇妙なことを思いついた。
「見えない……君、あれが見えないの?」
「何が見えないって?」
「馬車を牽っ張ってるものが見えないのか?」
ロンは今度こそ本当に驚いたような目を向けた。
「ハリー、気分悪くないか?」
「僕……ああ……」
ハリーはまったくわけがわからなかった。馬は自分の目の前にいる。
背後の駅の窓から流れ出るぼんやりした明かりにてらてらと光り、冷たい夜気の中で鼻息が白く立ち昇っている。
それなのに――ロンが見えないふりをしているなら別だが――そんなふりをしているなら、下手な冗談だ――ロンにはまったく見えていないのだ。
「それじゃ、乗ろうか?」
ロンは心配そうにハリーを見て、戸惑いながら聞いた。
「うん」
ハリーが言った。
「うん、中に入れよ……」
「大丈夫だよ」
ロンが馬車の内側の暗いところに入って姿が見えなくなると、ハリーの脇で、夢見るような声がした。
「あんたがおかしくなったわけでもなんでもないよ。あたしにも見えるもン」
「君に、見える?」
ハリーはルーナを振り返り、藁にも縋る思いで聞いた。
ルーナの見開いた銀色の目に、コウモリ翼の馬が映っているのが見えた。
「うん、見える」
ルーナが言った。
「あたしなんか、ここに来た最初の日から見えてたよ。
こいつたち、いつも馬車を牽いてたんだ。
心配ないよ。あんたはあたしと同じぐらい正気だもン」
ちょっと微笑みながら、ルーナは、ロンのあとから黴臭い馬車に乗り込んだ。
かえって自信が持てなくなったような気持ちで、ハリーもルーナのあとに続いた。
>>To be continued
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