The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
「あたしは、ウィステリア・ウォークの奥にある、角の店までキャット・フーズを買いに出かけてました。8月2日の夜9時ごろです」
フィッグばあさんは、これだけの言葉を、まるで暗記してきたかのように早口で一気にまくし立てた。
「そんときに、マグノリア・クレセント通りとウィステリア・ウォークの間の路地で騒ぎを聞きました。
路地の入口に行ってみると、見たんですよ。吸魂鬼が走ってまして――」
「走って?」
マダム・ボーンズが鋭く言った。
「吸魂鬼は走らない。滑る」
「そう言いたかったんで」
フィッグばあさんが急いで言った。
皺々の頬のところどころがピンクになっていた。
「路地を滑るように動いて、どうやら男の子2人のほうに向かってまして」
「どんな姿をしていましたか?」
マダム・ボーンズが聞いた。
眉をひそめたので、片眼鏡の端が瞼に食い込んで見えなくなっていた。
「えー、1人はとても大きくて、もう1人はかなり痩せて――」
「違う、違う」
マダム・ボーンズは性急に言った。
「吸魂鬼のほうです……どんな姿か言いなさい」
「あっ」
フィッグばあさんのピンク色は今度は首のところに上ってきた。
「でっかかった。でかくて、マントを着てまして」
ハリーは胃の腑がガクンと落ち込むような気がした。
フィッグばあさんは見たと言うが、せいぜい吸魂鬼の絵しか見たことがないように思えたのだ。
絵ではあの生き物の本性を伝えることはできない。
地上から数cmのところに浮かんで進む、あの気味の悪い動き方、あの腐ったような臭い、周りの空気を吸い込むときの、あのガラガラという恐ろしい音……。
2列目の、大きな黒い口ひげを蓄えたずんぐりした魔法使いが、隣の縮れっ毛の魔女のほうに身を寄せ、何か耳元で囁いた。魔女はニヤッと笑って頷いた。
「でかくて、マントを着て」
マダム・ボーンズが冷たく繰り返し、ファッジは嘲るようにフンと言った。
「なるほど、ほかに何かありますか?」
「あります」
フィッグばあさんが言った。
「あたしゃ、感じたんですよ。なにもかも冷たくなって、しかも、あなた、とっても暑い夏の夜で。
それで、あたしゃ、感じましたね……まるでこの世から幸せってもんがすべて消えたような……それで、あたしゃ、思い出しましたよ……恐ろしいことを……」
ばあさんの声が震えて消えた。
マダム・ボーンズの目が少し開いた。
片眼鏡が食い込んでいた眉の下に、赤い跡が残っているのをハリーは見た。
「吸魂鬼は何をしましたか?」
マダム・ボーンズが聞いた。
ハリーは希望が押し寄せてくるのを感じた。
「やつらは男の子に襲いかかった」
フィッグばあさんの声が、今度はしっかりして、自信があるようだった。顔のピンク色も退いていた。
「1人が倒れた。
もう1人は吸魂鬼を追い払おうとして後退りしていた。それがハリーだった。
2回やってみたが銀色の霞しか出なかった。
3回目に創り出した守護霊が、1人目の吸魂鬼に襲いかかった。
それからハリーに励まされて、2人目の吸魂鬼をいとこから追っ払った。そしてそれが……それが起こったことで」
フィッグばあさんは尻切れトンボに言い終えた。
マダム・ボーンズは黙ってフィッグばあさんを見下ろした。
ファッジはまったくばあさんを見もせず、羊皮紙をいじくり回していた。
最後にファッジは目を上げ、突っかかるように言った。
「それがおまえの見たことだな?」
「それが起こったことで」
フィッグばあさんが繰り返して言った。
「よろしい」
ファッジが言った。
「退出してよい」
フィッグばあさんは怯えたような顔でファッジを見て、ダンブルドアを見た。
それから立ち上がって、せかせかと扉に向かった。扉が重い音を立てて閉まるのをハリーは聞いた。
「あまり信用できない証人だった」
ファッジが高飛車に言った。
「いや、どうでしょうね」
マダム・ボーンズが低く響く声で言った。
「吸魂鬼が襲うときの特徴を実に正確に述べていたのも確かです。
それに、吸魂鬼がそこにいなかったのなら、なぜいたなどと言う必要があるのか、その理由がない」
「しかし、吸魂鬼がマグルの住む郊外をうろつくかね?そして
偶然に魔法使いに出くわすかね?」
ファッジがフンと言った。
「確率はごくごく低い。バグマンでさえそんなのには賭けない――」
「おお、吸魂鬼が偶然そこにいたと信じる者は、ここには誰もおらんじゃろう」
ダンブルドアが軽い調子で言った。
ファッジの右側にいる、顔が陰になった魔女が少し身動きしたが、他の全員は黙ったまま動かなかった。
「それは、どういう意味かね?」
ファッジが冷ややかに聞いた。
「それは、連中が命令を受けてそこにいたということじゃ」
ダンブルドアが言った。
「吸魂鬼が2人でリトル・ウィンジングをうろつくように命令したのなら、我々のほうに記録があるはずだ!」
ファッジが吠えた。
「吸魂鬼が、このごろ魔法省以外から命令を受けているとなれば、そうとはかぎらんのう」
ダンブルドアが静かに言った。
「コーネリウス、この件についてのわしの見解は、すでに述べてある」
「たしかに伺った」
ファッジが力を込めて言った。
「しかし、ダンブルドア、どこをどう引っくり返しても、あなたの意見は戯言以外の何物でもない。
吸魂鬼はアズカバンに留まっており、すべて我々の命令に従って行動している」
「それなれば」
ダンブルドアは静かに、しかし、きっぱりと言った。
「我々は自らに問うてみんといかんじゃろう。
魔法省内の誰かが、なぜ2人の吸魂鬼に、8月2日にあの路地に行けと命じたのか」
この言葉で、全員が完全に黙り込んだ。
その中で、ファッジの右手の魔女が身を乗り出し、ハリーはその顔を初めて目にした。
まるで、大きな蒼白いガマガエルのようだ、とハリーは思った。
ずんぐりして、大きな顔は締まりがない。首はバーノン叔父さん並みに短く、口はぱっくりと大きく、だらりとだらしがない。丸い大きな目は、やや飛び出していた。
短いくるくるした巻き毛にちょこんと載った、黒いビロードの小さな蝶結びまでが、ハリーの目には、大きな蠅に見えた。
いまにも長いねばねばした舌が伸びてきて、ぺろりと捕まりそうだ。
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