The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
ハリーはちょっとショックを受けた。四方八方からシリウスの顔がハリーを見下ろし、目をパチパチさせていたのだ。
新聞の切り抜きや古い写真など――ポッター夫妻の結婚式で新郎の付添い役を務めたときの写真まで――壁にびっしり貼ってある。
ただ1か所、シリウス抜きの空間には、世界地図があり、赤い虫ピンがたくさん刺されて宝石のように光っていた。
「これだがね」
キングズリーは、羊皮紙の束をおじさんの手に押しつけながら、きびきびと話しかけた。
「過去12ヵ月間に目撃された、空飛ぶマグルの乗り物について、できるだけたくさん情報がほしい。
ブラックがいまだに自分の古いオートバイに乗っているかもしれないという情報が入ったのでね」
キングズリーがハリーに特大のウィンクをしながら、小声でつけ加えた。
「雑誌のほうは彼に渡してくれ。おもしろがるだろう」
それから普通の声に戻って言った。
「それから、ウィーズリー、あまり時間をかけすぎないでくれ。
あの『
足榴弾』の報告書が遅れたせいで、我々の調査が1ヵ月も滞ったのでね」
「私の報告書をよく読めば、正しい言い方は『
手榴弾』だとわかるはずだが」
ウィーズリー氏が冷ややかに言った。
「それに、申し訳ないが、オートバイ情報は少し待ってもらいませんとね。いま我々は非常に忙しいので」
それからウィーズリー氏は声を落として言った。
「7時前にここを出られるかね。モリーがミートボールを作るよ」
おじさんはハリーに合図して、キングズリーの部屋から外に出ると、また別の樫の扉を通って別の廊下へと導いた。
その途中、部屋主の個性が表れている小部屋を再びきょろきょろと見回していたハリーの目が、とある小部屋の見知ったキーワードに留まった。
「ザンカン夫妻殺害事件」とラベルの貼られた羊皮紙の束だ。
そのラベルがべろりと垂れ下がっているおかげで見つけられたのだが、ハリーはまた少しショックを受けた。
今は誰もいないデスクに雑然と集められた書類の山の中に埋もれているのだ。
この事件はまだ未解決だというのに、まるで手が付けられていないようだった。
立ち止まりかけたハリーの背を、ウィーズリーおじさんが歯噛みしながら押した。
「……事件の担当者が、ファッジ寄りの人間でね――調べは全くと言っていいほど進められていない。
マグル製品不正使用取締局局長の権限も、部署が違うとほとんど役に立たない……私が代わりに調べてやれている、とはとてもサクヤには言えない状況だ」
ハリーは首だけで振り返り、書類の束を見送った。
こうして埋もれていった事故や事件はいくつあるのだろう……そう考えると、縮こまっていたハリーの胃が、もっと小さくなった。
やがて廊下を左に曲がり、また別の廊下を歩き、右に曲がると、薄暗くてとびきりみすぼらしい廊下に出た。
そして、最後のどん詰まりに辿り着いた。
左に半開きになった扉があり、中に置き場が見えた。
右側の扉に黒ずんだ真鍮の表札が掛かっている。
ウィーズリー氏のしょぼくれた部屋は、箒置き場より少し狭いように見えた。
机が2つ押し込まれ、壁際には書類で溢れ返った棚が立ち並んでいる。
棚の上も崩れ落ちそうなほどの書類の山だ。おかげで、机の周りは身動きする余地もない。
わずかに空いた壁面は、ウィーズリー氏が取りつかれている趣味の証で、自動車のポスターが数枚、そのうちの1枚はエンジンの分解図、マグルの子どもの本から切り取ったらしい郵便受けのイラスト2枚、プラグの配線の仕方を示した図、そんなものが貼りつけてあった。
ウィーズリー氏の「未処理」の箱は書類で溢れ、その一番上に座り込んだ古いトースターは、気の滅入るようなしゃっくりをしているし、革の手袋は勝手に両方の親指をくるくる回して遊んでいた。
ウィーズリー家の家族の写真がその箱の隣に置かれている。
ハリーは、パーシーがそこからなくなったらしいことに気づいた。
「窓がなくてね」
おじさんはすまなそうにそう言いながら、ボマージャケットを脱いで椅子の背に掛けた。
「要請したんだが、我々には必要ないと思われているらしい。
さあ、ハリー、掛けてくれ。パーキンズはまだ来てないようだな」
ハリーは身体を押し込むように、パーキンズの机の後ろの椅子に座った。
おじさんはキングズリー・シャックルボルトから渡された羊皮紙の束をパラパラ捲っていた。
「ああ」
おじさんは束の中から、「ザ・クィブラー」という雑誌を引っ張り出し、ニヤッと笑った。
「なるほど……」
おじさんはざっと目を通した。
「なるほど、シリウスがこれを読んだらおもしろがるだろうと言っていたが、そのとおりだ――おや、今度は何だ?」
メモ飛行機が開けっ放しの扉からブーンと入ってきて、しゃっくりトースターの上にパタパタと降りた。
おじさんは紙飛行機を開き、声を出して読んだ。
「『ベスナル・グリーンで3つ目の逆流公衆トイレが報告されたので、ただちに調査されたし』こうなると度がすぎるな……」
「逆流トイレ?」
「マグル嫌いの悪ふざけだ」
ウィーズリーおじさんが眉根を寄せた。
「先週は2件あった。
ウィンブルドンで1件、エレファント・アンド・キャッスルで1件。
マグルが水を流そうとレバーを引くと、流れてゆくはずが逆に――まあ、わかるだろう。
かわいそうな被害者は、助けを求めて呼ぶわけだ、そのなんだ――
管配工を。たしかマグルはそう呼ぶな――ほら、パイプなんかを修理する人だ」
「配管工?」
「そのとおり、そう。
しかし、当然、呼ばれてもまごまごするだけだ。
誰がやっているにせよ、取っ捕まえたいものだ」
「捕まえるのは闇祓いなの?」
「いや、いや、闇祓いはこんな小者はやらない。
普通の魔法警察パトロールの仕事だ――ああ、ハリー、こちらがパーキンズさんだ」
猫背でふわふわした白髪頭の、気の小さそうな年寄り魔法使いが、息を切らして部屋に入ってきたところだった。
「ああ、アーサー!」
パーキンズはハリーには目もくれず、絶望的な声を出した。
「よかった。どうするのが一番いいかわからなくて。ここであなたを待つべきかどうかと。
たったいま、お宅にふくろうを送ったところです。でも、もちろん行き違いで――10分前に緊急通達が来て――」
「逆流トイレのことなら知っているが」
ウィーズリーおじさんが言った。
「いや、いや、トイレの話じゃない。
ポッター少年の尋問ですよ――時間と場所が変わって――8時開廷で、場所は下にある古い十号法廷――」
「下の古い――でも私が言われたのは――なんたるこった!」
ウィーズリーおじさんは時計を見て、短い叫び声をあげ、椅子から立ち上がった。
「急げ、ハリー。
もう5分前にそこに着いていなきゃならなかった!」
ウィーズリーおじさんがわっと部屋を飛び出し、ハリーがそのすぐあとに続いた。
パーキンズは、その間、書類棚にペタンとへばりついていた。
「どうして時間を変えたの?」
闇祓いの小部屋の前を矢のように走り過ぎながら、ハリーが息せき切って聞いた。
駆け抜ける2人を、闇祓いたちが首を突き出して見ていた。
ハリーは内臓をそっくりパーキンズの机に置き去りにしてきたような気がした。
「私にはさっぱり。
しかし、よかった、ずいぶん早く来ていたから。
もし出廷しなかったら、とんでもない大惨事になっていた!」
ウィーズリーおじさんは、エレベーターの前で急停止し、待ちきれないように▼のボタンを何度も突っついた。
「
早く!」
エレベーターがガタガタと現れた。2人は急いで乗った。
途中で止まるたびに、おじさんはさんざん悪態をついて、「9」のボタンを拳で叩き続けた。
「あそこの法廷はもう何年も使っていないのに――いや、こないだも使われたんだったか――くそ、予測しておくべきだった――」
おじさんは憤慨した。
「なぜ毎回あそこでやるのか、わけがわからん――もしや――いや、まさか――」
そのとき、小太りの魔女が、煙を上げているゴブレットを手にして乗り込んできたので、ウィーズリーおじさんはそれ以上説明しなかった。
「アトリウム」
落ち着きはらった女性の声が言った。金の格子がスルスルと開いた。
ハリーは遠くに噴水と黄金の立像群をちらりと見た。
小太りの魔女が降り、土気色の顔をした陰気な魔法使いが乗り込んできた。
「おはよう、アーサー」
エレベーターが下りはじめたとき、その魔法使いが葬式のような声で挨拶した。
「ここらあたりでは滅多に会わないが」
「急用でね、ボード」
焦れったそうに身体を上下にぴょこぴょこさせ、ハリーを心配そうな目で見ながら、おじさんが答えた。
「ああ、そうかね」
ボードは瞬きもせずハリーを観察していた。
「なるほど」
ハリーはボードのことなど、とても気にするどころではなかったが、それにしても無遠慮に見つめられて気分がよくなるわけはなかった。
「神秘部でございます」
落ち着きはらった女性の声が言った。それだけしか言わなかった。
「早く、ハリー」
エレベーターの扉がガラガラと開いたとたんに、おじさんが急き立てた。
2人は廊下を疾走した。
そこは、上のどの階とも違っていた。
壁は剥き出しで、廊下の突き当たりにある真っ黒な扉以外は、窓も扉もない。
ハリーはその扉を入るのかと思った。
ところがおじさんは、ハリーの腕をつかみ、左のほうに引っ張っていった。
そこにぽっかり入口が開き、下への階段に続いていた。
「下だ、下」
ウィーズリーおじさんは、階段を2段ずつ駆け下りながら、喘ぎ喘ぎ言った。
「こんな下まではエレベーターも来ない……いったいどうしてこんなところでやるのか、私には……」
階段の下まで来ると、また別の廊下を走った。
そこは、ごつごつした石壁に松明が掛かり、ホグワーツのスネイプの地下牢教室に行く廊下とそっくりだった。
どの扉も重そうな木製で、鉄の閂と鍵穴がついていた。
「法廷……十号……たぶん……ここいらだ……あったぞ」
おじさんがつんのめるように止まった。
巨大な鉄の錠前がついた、黒々と厳しい扉の前だった。
おじさんは鳩尾を押さえて壁にもたれ掛かった。
「さあ」
おじさんはゼイゼイ言いながら親指で扉を指した。
「ここから入りなさい」
「おじさんは――一緒じゃないの――?」
「いや、いや。私は入れない。がんばるんだよ!」
ハリーの心臓がドッドッと激しく喉仏を打ち鳴らした。
ぐっと息を呑み、重い鉄の取っ手を回し、ハリーは法廷に足を踏み入れた。
>>To be continued
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