The ounder of rphan X 
 -総受男装ハーマイオニー百合夢-




厄介なことになったと、ハリーにはわかっていた。
あとで2人と顔つき合わせたとき、無礼のつけを払うことになる。
しかし、いまはあまり気にならなかった。もっと差し迫った問題のほうが頭に引っかかっていたのだ。

あのバシッという音は、誰かが「姿現わし」か「姿くらまし」をした音に違いない。
屋敷しもべ妖精のドビーが姿を消すときに出す、あの音そのものだ。
もしや、ドビーがプリベット通りにいるのだろうか?
いまこの瞬間、ドビーが僕を追けているなんてことがあるだろうか?
そう思いついたとたん、ハリーは急に後ろを振り返り、プリベット通りをじっと見つめた。
しかし、通りにはまったくひと気がないようだった。
それに、ドビーが透明になる方法を知らないのは確かだ。

ハリーはどこを歩いているのかほとんど意識せずに歩き続けた。
このごろ頻繁にこのあたりを往き来していたので、足が独りでに気に入った道へと運んでくれる。
数歩歩くごとに、ハリーは背後を振り返った。
ペチュニア叔母さんの、枯れかけたベゴニアの花の中に横たわっていたとき、ハリーの近くに魔法界の誰かがいた。間違いない。
どうして僕に話しかけなかったんだ?なぜ接触してこない?どうしていまも隠れてるんだ?

イライラが最高潮になると、確かだと思っていたことが崩れてきた。
結局あれは、魔法の音ではなかったのかもしれない。
ほんのちょっとでいいから、自分の属するあの世界からの接触がほしいと願うあまり、ごくあたりまえの音に過剰反応してしまっただけなのかもしれない。
近所の家で何かが壊れた音だったかもしれない。そうではないと自信を持って言いきれるだろうか?
ハリーは胃に鈍い重苦しい感覚を覚えた。
知らず知らずのうちに、この夏中ずっとハリーを苦しめていた絶望感が、またしても押し寄せてきた。

明日もまた、目覚まし時計で5時に起こされるだろう。
「日刊予言者新聞」を配達してくるふくろうにお金を払うためだ。
――しかし、購読を続ける意味があるのだろうか?
このごろは、一面記事に目を通すとすぐ、ハリーは新聞を捨ててしまった。
新聞を発行している間抜けな連中は、いつになったらヴォルデモートが戻ってきたことに気づいて、大見出し記事にするのだろう。
ハリーはその記事だけを気にしていた。

運がよければ、他のふくろうが親友のサクヤやロン、ハーマイオニーからの手紙も運んでくるだろう。
もっとも、3人の手紙がハリーに何かニュースをもたらすかもしれないという期待は、とっくの昔に打ち砕かれていた。


例のあのことについてはあまり書けないの。
当然だけど……手紙が行方不明になることも考えて、重要なことは書かないようにと言われているのよ……私たち、とても忙しくしているけど、詳しいことはここには書けない……ずいぶんいろんなことがそれぞれに起こっているの。
会ったときに全部話すわ……。



でも、いつに会うつもりなのだろう?
はっきりした日付は、誰も気にしていないじゃないか。
ハーマイオニーが誕生祝いのカードに「私たち、もうすぐ会えると思うわ」と走り書きしてきたけど、もうすぐっていつなんだ?
3人の手紙の漠然としたヒントから察すると、サクヤは1人で一族の城にいて、ハーマイオニーとロンは同じ所にいるらしい。たぶんロンの両親の家だろう。
自分がプリベット通りに釘づけになっているのに、彼らがそれぞれの場所で自由に楽しくやっていると思うとやりきれなかった。
実は、あんまり腹が立ったので、誕生日に3人が贈ってくれたハニーデュークスのチョコレートを3箱、開けもせずに捨ててしまったくらいだ。
その夜の夕食に、ペチュニア叔母さんが萎びたサラダを出してきたときに、ハリーはそれを後悔した。

それに、サクヤもロンもハーマイオニーも、何が忙しいのだろう?どうして自分は忙しくないのだろう?
ロンやハーマイオニーよりも自分のほうがずっと対処能力があることは証明ずみじゃないのか?
サクヤがやってのけたことは、僕も一緒に成し遂げたものだってことを、みんなは忘れてしまったのだろうか?
あの墓地に入って、セドリックが殺されるのを目撃し、そしてあの墓石に縛りつけられ殺されかかったのは、サクヤだけじゃない――この僕もだったはずだ。

考えるな

ハリーはこの夏の間もう何百回も、自分に厳しくそう言い聞かせた。
墓場でのことは、悪夢の中で繰り返すだけで十分だ。覚めているときまで考え込まなくたっていい。

ハリーは角を曲がってマグノリア・クレセント通りの小道に入った。
小道の中ほどで、ガレージに沿って延びる狭い路地の入口の前を通った。
ハリーが初めて名付け親に目を止めたのは、そのガレージのところだった。
少なくともシリウスだけはハリーの気持ちを理解してくれているようだ。
もちろん、シリウスの手紙にも、ロンやハーマイオニー、サクヤのと同じく、ちゃんとしたニュースは何も書いてない。
しかし、思わせぶりなヒントではなく、少なくとも、警戒や慰めの言葉が書かれている。


君はきっとイライラしていることだろう……おとなしくしていなさい。
そうすればすべて大丈夫だ……気をつけるんだ。むちゃするなよ……。



そうだなぁ――マグノリア・クレセント通りを横切って、マグノリア通りへと曲がり、暗闇の迫る遊園地のほうに向かいながらハリーは考えた――これまで(たいていは)シリウスの忠告どおりに振舞ってきた。
少なくとも、箒にトランクを括りつけて自分勝手に「隠れ穴」に出かけたいという誘惑に負けはしなかった。
こんなに長くプリベット通りに釘づけにされ、ヴォルデモート卿の動きの手がかりを掴みたい一心で、花壇に隠れるような真似までして、こんなにイライラ怒っているわりには、僕の態度は実際上出来だとハリーは思った。
それにしても、魔法使いの牢獄、アズカバンに12年間も入れられ、脱獄して、そもそも投獄されるきっかけになった未遂の殺人をやり遂げようとし、さらに、盗んだヒッポグリフに乗って逃亡したような人間に、むちゃするなよと諭されるなんて、まったく理不尽だ。

ハリーは鍵の掛かった公園の入口を飛び越え、乾ききった芝生を歩きはじめた。
周りの通りと同じように、公園にも人気がない。
ハリーはブランコに近づき、ダドリー一味がまだ壊しきっていなかった唯一のブランコに腰掛け、片腕を鎖に巻きつけてぼんやりと地面を見つめた。
もうダーズリー家の花壇に隠れることはできない。
明日は、ニュースを聞く新しいやり方を何か考えないと。
それまでは、期待して待つようなことは何もない。
また落ち着かない苦しい夜が待ち受けているだけだ。
セドリックの悪夢からは逃れても、ハリーは別の不安な夢を見ていた。
長い暗い廊下があり、廊下の先はいつも行き止まりで、鍵の掛かった扉がある。
目覚めているときの閉塞感と関係があるのだろうとハリーは思った。
額の傷がしょっちゅうちくちくといやな感じで痛んだが、サクヤ、ロン、ハーマイオニー、シリウスがいまでもそれに関心を示してくれるだろうと考えるほど、ハリーは甘くはなかった。
これまでは、傷痕の痛みはヴォルデモートの力が再び強くなってきたことを警告していた。
しかし、ヴォルデモートが復活したいま、しょっちゅう痛むのは当然予想されることだと、みんなは言うだろう……心配するな……いまに始まったことじゃないと……。

何もかもが理不尽だという怒りが込み上げてきて、ハリーは叫びたかった。
僕やサクヤがいなければ、誰もヴォルデモートの復活を知らなかった!
それなのに、ご褒美は、リトル・ウィンジングにびっしり4週間も釘づけだ。
魔法界とは完全に切り離され、枯れかかったベゴニアの中に座り込むようなまねまでして、聞いたニュースがセキセイインコの水上スキーだ!
ダンブルドアは、どうしてそう簡単に僕のことが忘れられるんだ?
僕を呼びもしないで、どうしてサクヤやロン、ハーマイオニーだけが一緒にいられるんだ?
シリウスがおとなしくいい子にしていろと諭すのを、あとどのくらい我慢して聞いてりゃいいんだ?
間抜けな「日刊予言者新聞」に投書して、ヴォルデモートが復活したと言ってやりたい衝動を、あとどのくらい抑えていればいいんだ?
あれやこれやの激しい憤りが頭の中で渦巻き、腸が怒りで捩れた。
そんなハリーを蒸し暑いビロードのような夜が包んだ。
熱い、乾いた草の匂いがあたりを満たし、公園の柵の外から低くゴロゴロと聞こえる車の音以外は、何も聞こえない。

どのくらいの時間ブランコに座っていたろうか。
人声がして、ハリーは想いから醒め、目を上げた。
周囲の街灯がぼんやりとした明かりを投げ、公園の向こうからやってくる数人の人影を浮かび上がらせた。
一人が大声で下品な歌を歌っている。他の仲間は笑っている。
転がしている高級そうなレース用自転車から、カチッカチッという軽い音が聞こえてきた。

ハリーはこの連中を知っていた。
先頭の人影は、間違いなくいとこのダドリー・ダーズリーで、忠実な軍団を従えて家に帰る途中だ。

ダドリーは相変わらず巨大だったが、1年間の厳しいダイエットと、新たにある能力が発見されたことで体格が鍛えられ、相当変化していた。
バーノン叔父さんは、聞いてくれる人なら誰でもおかまいなしに自慢するのだが、ダドリーは最近、「英国南東部中等学校ボクシング・ジュニアヘビー級チャンピオン」になった。
小学校のとき、ハリーはダドリーの最初のサンドバッグ役だったが、そのときすでにものすごかったダドリーは、叔父さんが「高貴なスポーツ」と呼んでいるもののお陰で一層ものすごくなっていた。
ハリーはもうダドリーなどまったく怖いと思わなかったが、それにしても、ダドリーがより強力で正確なパンチを覚えたのは喜ばしいことではなかった。
このあたり一帯の子どもたちはダドリーを怖がっていた。
――「あのポッターって子」も札つきの不良で、「セント・ブルータス更正不能非行少年院」に入っているのだと警戒され怖がられていたが、それよりも怖いのだ。

ハリーは芝生を横切ってくる黒い影を見つめながら、今夜は誰を殴ってきたのだろうと思った。

こっちを見ろよ

人影を見ながらハリーは心の中でそう言っている自分に気づいた。

ほら……こっちを見るんだ……僕はたった1人でここにいる……さあ、やってみろよ……

ハリーがここにいるのをダドリーの取り巻きが見つけたら、間違いなく一直線にこっちにやってくる。
そしたらダドリーはどうする?
軍団の前で面子を失いたくはないが、ハリーを挑発するのは怖いはずだ……愉快だろうな、ダドリーがジレンマに陥るのを見るのはからかわれても何にも反撃できないダドリーを見るのは……。
ダドリー以外の誰かが殴りかかってきたら、こっちの準備はできている――杖があるんだ。
やるならやってみろ……昔、僕の人生を惨めにしてくれたこいつらを、鬱憤晴らしの捌け口にしてやる。

しかし、誰も振り向かない。ハリーを見もせずに、もう柵のほうまで行ってしまった。
ハリーは後ろから呼び止めたい衝動を抑えた……喧嘩を吹っかけるのは利口なやり方ではない……魔法を使ってはいけない……さもないとまた退学の危険を冒すことになる。
ダドリー軍団の声が遠退き、マグノリア通りのほうへと姿を消した。

ほうらね、シリウス

ハリーはぼんやり考えた。

ぜんぜんむちゃしてない。おとなしくしているよ。シリウスがやったこととまるで正反対だ

ハリーは立ち上がって伸びをした。ペチュニア叔母さんもバーノン叔父さんも、ダドリーが帰ってきたときが正しい帰宅時間で、それよりあとは遅刻だと思っているらしい。
バーノン叔父さんは、今度ダドリーより遅く帰ったら、納屋に閉じ込めるとハリーを脅していた。
そこでハリーは、欠伸を噛み殺し、しかめっ面のまま、公園の出口に向かった。

マグノリア通りは、プリベット通りと同じく角張った大きな家が立ち並び、芝生はきっちり刈り込まれていたし、これまた四角四面の大物ぶった住人たちは、バーノン叔父さんと同じく磨き上げられた車に乗っていた。
ハリーは夜のリトル・ウィンジングのほうが好きだった。
カーテンの掛かった窓々が、暗闇の中で点々と宝石のように輝いている。
それに、家の前を通り過ぎるとき、ハリーの「非行少年」風の格好をブツブツ非難する声を聞かされる恐れもない。
ハリーは急ぎ足で歩いた。
すると、マグノリア通りの中ほどで再びダドリー軍団が見えてきた。
マグノリア・クレセント通りの入口で互いにさよならを言っているところだった。

ハリーはリラの大木の陰に身を寄せて待った。

「……あいつ、豚みたいにキーキー泣いてたよな?」

マルコムがそう言うと、仲間がバカ笑いした。

「いい右フックだったぜ、ビッグD」

ピアーズが言った。

「また明日、同じ時間だな?」

ダドリーが言った。

「俺んとこでな。親父たちは出かけるし」

ゴードンが言った。

「じゃ、またな」

ダドリーが言った。

「バイバイ、ダッド!」

「じゃあな、ビッグD!」



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