The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
まもなく、ウィーズリーおじさんの指揮下で、大きな包丁が何丁も勝手に肉や野菜を刻みはじめた。
おばさんは火に掛けた大鍋を掻き回し、他のみんなは皿や追加のゴブレット、貯蔵室からの食べ物を運んでいた。
ハリーはシリウス、マンダンガスとテーブルに取り残され、マンダンガスは相変わらず申し訳なさそうに目をしょぼつかせていた。
「フィギーばあさんに、あのあと会ったか?」
マンダンガスが聞いた。
「ううん」
ハリーが答えた。
「誰にも会ってない」
「なあ、おれ、持ち場をあなれたンは」
縋るような口調で、マンダンガスは身を乗り出した。
「商売のチャンスがあったンで――」
ハリーは、膝を何かで擦られたような気がしてびっくりしたが、何のことはない、ハーマイオニーのペットで、オレンジ色の猫、ガニ股のクルックシャンクスだった。
甘え声を出してハリーの足の周りをひと巡りし、それからシリウスの膝に跳び乗って丸くなった。
シリウスは無意識に猫の耳の後ろをカリカリ掻きながら、相変わらず固い表情でハリーのほうを見た。
「夏休みは、楽しかったか?」
「ううん、ひどかった」
ハリーが答えた。
シリウスの顔に、初めてニヤッと笑みが走った。
「わたしに言わせれば、君がなんで文句を言うのかわからないね」
「
えっ?」
ハリーは耳を疑った。
「わたしなら、吸魂鬼に襲われるのは歓迎だったろう。命を賭けた死闘でもすれば、この退屈さも見事に破られたろうに。
君はひどい目に遭ったと思っているだろうが、少なくとも外に出て歩き回ることができた。
手足を伸ばせたし、喧嘩も戦いもやった……わたしはこの1ヶ月、ここに缶詰だ」
「どうして?」
ハリーは顔をしかめた。
「魔法省がまだわたしを追っているからだ。
それに、ヴォルデモートはもうわたしが『動物もどき』だと知っているはずだ。ワームテールが話してしまったろうから。
だからわたしのせっかくの変装も役に立たない。
不死鳥の騎士団のためにわたしができることはほとんどない……少なくともダンブルドアはそう思っている」
ダンブルドアの名前を言うとき、シリウスの声がわずかに曇った。
それがハリーに、シリウスもダンブルドア校長に不満があることを物語っていた。
名付け親のシリウスに対して、ハリーは急に熱い気持ちが込み上げてきた。
「でも、少なくとも、何が起きているかは知っていたでしょう?」
ハリーは励ますように言った。
「ああ、そうとも」
シリウスは自嘲的な言い方をした。
「スネイプの報告を聞いて、あいつが命を懸けているのに、わたしはここでのうのうと居心地よく暮らしているなんて、嫌味な当て擦りをたっぷり聞いて……大掃除は進んでいるか、なんてやつに聞かれて――」
「大掃除って?」
ハリーが聞いた。
「ここを人間が住むのにふさわしい場所にしている」
シリウスが、手を振るようにして陰気な厨房全体を指した。
「ここには10年間誰も住んでいなかった。
親愛なる母上が死んでからはね。年寄りの屋敷しもべ妖精を別にすればだが。
やつはひねくれている――何年もまったく掃除していない」
「シリウス」
マンダンガスは、話のほうにはまったく耳を傾けていなかったようだが、空のゴブレットをしげしげと眺めていた。
「こりゃ、純銀かね、おい?」
「そうだ」
シリウスはいまいましげにゴブレットを調べた。
「15世紀にゴブリンが鍛えた最高級の銀だ。ブラック家の家紋が型押ししてある」
「どっこい、そいつは消せるはずだ」
マンダンガスは袖口で磨きをかけながら呟いた。
「フレッド――ジョージ、
おやめっ、普通に運びなさい!」
ウィーズリーおばさんが悲鳴をあげた。
ハリー、シリウス、マンダンガスが振り返り、間髪を入れず、3人ともテーブルから飛び退いた。
フレッドとジョージが、シチューの大鍋、バタービールの大きな鉄製の広口ジャー、重い木製のパン切り板、しかもナイフつきを、一緒くたにテーブルめがけて飛ばせたのだ。
シチューの大鍋は、木製のテーブルの端から端まで、長い焦げ跡を残して滑り落ちる寸前で止まった。
バタービールの広口ジャーがガシャンと落ちて、中身があたり中に飛び散った。
パン切りナイフは切り板から滑り落ち、切っ先を下にして着地し、不気味にブルブル振動している。いましがたシリウスの右手があった、ちょうどその場所だ。
「
まったくもう!」
ウィーズリーおばさんが叫んだ。
「
そんな必要ないでしょっ――もうたくさん――おまえたち、もう魔法を使ってもいいからって、何でもかんでもいちいち杖を振る必要はないのっ!」
「僕たち、ちょいと時間を節約しようとしたんだよ」
フレッドが急いで進み出て、テーブルからパンナイフを抜き取った。
「ごめんよ、シリウス――わざとじゃないぜ――」
ハリーもシリウスも笑っていた。
マンダンガスは椅子から仰向けに転げ落ちていたが、悪態をつきながら立ち上がった。
クルックシャンクスはシャーッと怒り声を出して食器棚の下に飛び込み、真っ暗な所で、大きな黄色い目をギラつかせていた。
「おまえたち」
シチューの鍋をテーブルの真ん中に戻しながら、ウィーズリーおじさんが言った。
「母さんが正しい。
おまえたちも成人したんだから、責任感というものを見せないと」
「兄さんたちはこんな問題を起こしたことがなかったわ!」
ウィーズリーおばさんが2人を叱りつけながら、バタービールの新しい広口ジャーをテーブルにドンと叩きつけた。
中身がさっきと同じぐらいこぼれた。
「ビルは、1mごとに『姿現わし』する必要なぞ感じなかったわ!
チャーリーは、何にでも見境なしに呪文をかけたりしなかった!
パーシーは――」
突然おばさんの言葉が途切れ、息を殺し、恐々ウィーズリーおじさんの顔を見た。
おじさんは、急に無表情になっていた。
「さあ、食べよう」
ビルが急いで言った。
「モリー、おいしそうだよ」
おばさんのために皿にシチューをよそい、テーブル越しに差し出しながら、ルーピンが言った。
しばらくの間、皿やナイフ、フォークのカチャカチャいう音や、みんながテーブルに椅子を引き寄せる音がするだけで、誰も話をしなかった。
そして、ウィーズリーおばさんがシリウスに話しかけた。
「ずっと話そうと思ってたんだけどね、シリウス、客間の書き物机に何か閉じ込められているの。
しょっちゅうガタガタ揺れているわ。
もちろん単なる『まね妖怪』かもしれないけど、出してやる前に、アラスターに頼んで見てもらわないといけないと思うの」
「お好きなように」
シリウスはどうでもいいというような口調だった。
「客間のカーテンは噛みつき妖精のドクシーがいっぱいだし」
ウィーズリーおばさんはしゃべり続けた。
「明日あたりみんなで退治したいと思ってるんだけど」
「楽しみだね」
シリウスが答えた。
ハリーは、その声に皮肉な響きを聞き取ったが、他の人もそう聞こえたかどうかはわからなかった。
ハリーの向かい側で、トンクスが、食べ物を頬張る合間に鼻の形を変えて、ハーマイオニーとジニーを楽しませていた。
ハリーの部屋でやって見せたように、「痛い」という表情で目をぎゅっとつぶったかと思うと、トンクスの鼻が膨れ上がってスネイプの鉤鼻のように盛り上がったり、縮んで小さなマッシュルームのようになったり、鼻の穴からわっと鼻毛が生えたりしている。
どうやら、食事のときのお馴染みの余興になっているらしく、まもなくハーマイオニーとジニーが、お気に入りの鼻をせがみはじめた。
「豚の鼻みたいの、やって。トンクス」
トンクスがリクエストに応えた。
目を上げたハリーは、一瞬、女性のダドリーがテーブルの向こうから笑いかけているような気がした。
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