The ounder of rphan X 
 -総受男装ハーマイオニー百合夢-




この夏一番の暑い日が暮れようとしていた。
プリベット通りの角張った大きな家々を、けだるい静けさが覆っていた。
いつもならピカピカの車は、家の前の路地で埃を被ったままだし、エメラルド色だった芝生もカラカラになって黄ばんでいる――日照りのせいで、ホースで散水することが禁止されたからだ。
車を洗い上げたり芝生を刈ったりする、日ごろの趣味を奪われたプリベット通りの住人は、日陰を求めて涼しい屋内に引きこもり、吹きもしない風を誘い込もうとばかり、窓を広々と開け放っていた。
戸外に取り残されているのは、10代の少年がただ1人。4番地の庭の花壇に、仰向けに寝転んでいた。

痩せた黒髪の、眼鏡を掛けた少年は、短い間にぐんと背丈が伸びたようで、少し具合の悪そうなやつれた顔をしていた。
汚いジーンズはボロボロ、色の褪せたTシャツはだぶだぶ、それにスニーカーの底が剥がれかけていた。
こんな格好のハリー・ポッターが、ご近所のお気に召すわけはない。
なにしろ、みすぼらしいのは法律で罰するべきだと考えている連中だ。
しかし、この日のハリー・ポッターは、紫陽花の大きな茂みの陰に隠されて、道往く人の目にはまったく見えない。
もし見つかるとすれば、バーノン叔父さんとペチュニア叔母さんが居間の窓から首を突き出し、真下の花壇を見下ろした場合だけだ。

いろいろ考え合わせると、ここに隠れるというアイデアは、我ながら天晴れとハリーは思った。
熱い固い地面に寝転がるのは、たしかにあまり快適とはいえないが、ここなら、睨みつける誰かさんも、ニュースが聞こえなくなるほどの音で歯噛みしたり、意地悪な質問をぶつけてくる誰かさんもいない。
なにしろ、叔父さん、叔母さんと一緒に居間でテレビを見ようとすると、必ずそういうことになるのだ。

ハリーのそんな思いが、羽を生やして開いている窓から飛び込んでいったかのように、突然バーノン・ダーズリー叔父さんの声がした。

「あいつめ、割り込むのをやめたようでよかったわい。
ところで、あいつはどこにいるんだ?」

「知りませんわ」

ペチュニア叔母さんは、どうでもよいという口調だ。

「家の中にはいないわ」

バーノン叔父さんが、ウーッと唸った。

ニュース番組を見てるだと……」

叔父さんが痛烈に嘲った。

「やつの本当の狙いを知りたいもんだ。
まともな男の子がニュースなんぞに興味を持つものか――ダドリーなんか、世の中がどうなっているかこれっぽっちも知らん。恐らく首相の名前も知らんぞ!
いずれにせよだ、わしらのニュースに、あの連中のことなぞ出てくるはずが――」

「バーノン、シーッ!

ペチュニア叔母さんの声だ。

「窓が開いてますよ!」

「ああ――そうだな――すまん」

ダーズリー家は静かになった。
朝食用のシリアル「フルーツ・ン・ブラン」印のコマーシャルソングを聞きながら、ハリーは、フィッグばあさんがひょっこり、ひょっこり通り過ぎるのを眺めていた。
ミセス・フィッグは近くのウィステリア通りに住む、猫好きで変わり者のばあさんだ。
独りで顔をしかめ、ブツブツ呟いている。
ハリーは、茂みの陰に隠れていて本当によかったと思った。
フィッグばあさんは、最近ハリーに道で出会うたびに、しつこく夕食に誘うのだ。
ばあさんが角を曲がり姿が見えなくなったとき、バーノン叔父さんの声が再び窓から流れてきた。

「ダッダーは夕食にでも呼ばれて行ったのか?」

「ボルキスさんのところですよ」

ペチュニア叔母さんが愛しげに言った。

「あの子はよいお友達がたくさんいて、本当に人気者で……」

ハリーは吹き出したいのをぐっと堪えた。
ダーズリー夫妻は息子のダドリーのことになると、呆れるほど親バカだ。
この夏休みの間、ダドリー軍団の仲間に夜な夜な食事に招かれているなどというしゃれにもならない嘘を、この親は鵜呑みにしてきた。
ハリーはちゃんと知っていた。ダドリーは夕食に招かれてなどいない。
毎晩、ワルガキどもと一緒になって公園で物を壊し、街角でタバコを吸い、通りがかりの車や子どもたちに石をぶつけているだけだ。
ハリーは夕方、リトル・ウィンジングを歩き回っているときに、そういう現場を目撃している。
休みに入ってから毎日のように、ハリーは通りをぶらぶら歩いて、道端のゴミ箱から新聞を漁っていたのだ。

7時のニュースを告げるテーマ音楽が聞こえてきて、ハリーの胃がざわめいた。
きっと今夜だ――ひと月も待ったんだから――今夜に違いない。

スペインの空港バゲージ係のストが2週目に入り、空港に足止めされた夏休みの旅行客の数はこれまでの最高を記録し――

「そんなやつら、わしなら一生涯シエスタをくれてやる」

アナウンサーの言葉の切れ目で、バーノン叔父さんが牙を剥いた。
それはどうでもよかった。外の花壇で、ハリーは胃の緊張が緩むのを感じていた。
何事かが起こったのなら、最初のニュースになったはずだ。
死とか破壊とかのほうが、足止めされた旅行客より重要なんだから。
ハリーはゆっくりフーッと息を吐き、輝くような青空を見上げた。
今年の夏は、毎日が同じだった。
緊張、期待、束の間の安堵感、そしてまた緊張が募って……しかも、そのたびに同じ疑問がますます強くなる。
どうして、まだ何も起こらないのだろう。

ハリーはさらに耳を傾けた。
もしかしたら、マグルには真相がつかめないような、何か些細なヒントがあるかもしれない――謎の失踪事件とか、奇妙な事故とか……。
しかし、バゲージ係のストの後は、南東部の旱魃のニュースが続き(「隣のやつに聞かせてやりたいもんだ!」バーノン叔父さんが大声を出した。「あいつめ、朝の3時にスプリンクラーを回しくさって!」)、
それからサレー州でヘリコプターが畑に墜落しそうになったニュース、何とかいう有名な女優が、これまた有名な夫と離婚した話(「こんな不潔なスキャンダルに、誰が興味を持つものですか」ペチュニア叔母さんは口ではフンと言いながら、あらゆる雑誌でこの記事を執拗に読み漁っていた)。

空が燃えるような夕焼けになった。ハリーは眩しさに目を閉じた。
アナウンサーが別のニュースを読み上げた。

――最後のニュースですが、セキセイインコのバンジー君は、夏を涼しく過ごす新しい方法を見つけました。
バーンズリー町のパブ、「ファイブ・フェザーズ」に飼われているバンジー君は、水上スキーを覚えました!
メアリー・ドーキンズ記者が取材しました。


ハリーは目を開けた。
セキセイインコの水上スキーまでくれば、もう聞く価値のあるニュースはないだろう。
ハリーはそっと寝返りを打って腹這いになり、肘と膝とで窓の下から這い出す用意をした。

数センチも動かないうちに、矢継ぎ早にいろいろな出来事が起こった。
鉄砲でも撃ったようなバシッという大きな音が、眠たげな静寂を破って鳴り響いた。
駐車中の車の下から猫が一匹サッと飛び出し、たちまち姿をくらました。
ダーズリー家の居間からは、悲鳴と、悪態をつく喚き声と、陶器の割れる音が聞こえた。
ハリーはその合図を待っていたかのように飛び起き、同時に、刀を鞘から抜くようにジーンズのベルトから細い杖を引き抜いた――しかし、立ち上がりきらないうちに、ダーズリー家の開いた窓に頭のてっぺんがぶつかった。
ガツーンと音がして、ペチュニア叔母さんの悲鳴が一段と大きくなった。

頭が真っ二つに割れたかと思った。
涙目でよろよろしながら、ハリーは音の出どころを突き止めようと、通りに目を凝らした。
しかし、よろめきながら、なんとかまっすぐに立ったとたん、開け放った窓から赤紫の巨大な手が2本伸びてきて、ハリーの首をがっちり締めた。

そいつを――しまえ!

バーノン叔父さんがハリーの耳もとで凄んだ。

すぐにだ!誰にも――見られない――うちに!

「は――放して!」

ハリーが喘いだ。
2人は数秒間揉み合った。
ハリーは上げた杖を右手でしっかり握り締めたまま、左手で叔父さんのソーセージのような指を引っ張った。
すると、ハリーの頭のてっぺんがひときわ激しく疼き、とたんにバーノン叔父さんが、電気ショックを受けたかのようにギャッと叫んで手を離した。
何か目に見えないエネルギーがハリーの身体から迸り、叔父さんはつかんでいられなくなったらしい。

ハリーはゼイゼイ息を切らして、紫陽花の茂みに前のめりに倒れたが、体勢を立て直して周りを見回した。
バシッという大きな音を立てた何ものかの気配はまったくなかったが、近所のあちこちの窓から顔が覗いていた。
ハリーは急いで杖をジーンズに突っ込み、何食わぬ顔をした。

「気持ちのよい夜ですな!」

バーノン叔父さんは、レースのカーテン越しに睨みつけている向かいの7番地の奥さんに手を振りながら、大声で挨拶した。

「いましがた、車がバックファイアしたのを、お聞きになりましたか?わしもペチュニアもびっくり仰天で!」

詮索好きのご近所さんの顔が、あちこちの窓から全員引っ込むまで、叔父さんは狂気じみた恐ろしい顔でにっこり笑い続けた。
それから、笑顔が怒りのしかめっ面に変わり、ハリーを手招きした。

ハリーは2、3歩近寄ったが、叔父さんが両手を伸ばして再び首絞めに取りかかれないよう用心し、距離を保って立ち止まった。

「小僧、一体全体あれは何のつもりだ?」

バーノン叔父さんのがなり声が怒りで震えていた。

「あれって何のこと?」

ハリーは冷たく聞き返した。
通りの右、左と目を走らせながら、あのバシッという音の正体が見えるかもしれないと、ハリーはまだ期待していた。

「よーいドンのビストルのような騒音を出しおって。我が家のすぐ前で――」

「あの音を出したのは僕じゃない」

ハリーはきっぱりと言った。
今度はペチュニア叔母さんの細長い馬面が、バーノン叔父さんのでっかい赤ら顔の隣に現れた。ひどく怒った顔だ。

「おまえはどうして窓の下でこそこそしていたんだい?」

「そうだ――ペチュニア、いいことを言ってくれた!
小僧、我が家の窓の下で、何をしとった?

「ニュースを聞いてた」

ハリーがしかたなく言った。
バーノン叔父さんとペチュニア叔母さんは、いきり立って顔を見合わせた。

「ニュースを聞いてただと!またか?

「だって、ニュースは毎日変わるもの」

ハリーが言った。

「小僧、わしをごまかす気か!
何を企んでおるのか、本当のことを言え――『ニュースを聞いてた』なんぞ、戯言は聞き飽きた!
おまえにははっきりわかっとるはずだ。あの輩は――

「バーノン、だめよ!」

ペチュニア叔母さんが囁いた。
バーノン叔父さんは声を落とし、ハリーに聞き取れないほどになった。

「――あの輩のことは、わしらのニュースには出てこん!」

「叔父さんの知ってるかぎりではね」

ハリーが言った。
ダーズリー夫妻は、ほんのちょっとの間ハリーをじろじろ見ていたが、やがてペチュニア叔母さんが口を開いた。

「おまえって子は、いやな嘘つきだよ。それじゃあ、あの――」

叔母さんもここで声をひそめ、ハリーはほとんど読唇術で続きの言葉を読み取らなければならなかった。

ふくろうたちは何してるんだい?おまえにニュースを運んでこないのかい?」

「はっはーん!」

バーノン叔父さんが勝ち誇ったように囁いた。

「参ったか、小僧!
おまえらのニュースは、すべてあの鳥どもが運んでくるということぐらい、わしらが知らんとでも思ったか!」

ハリーは一瞬迷った。
ここで本当のことを言うのはハリーにとって辛いことだ。
もっとも、それを認めるのが、ハリーにとってどんなに辛いかは、叔父さんにも叔母さんにもわかりはしないのだが。

「ふくろうたちは……僕にニュースを選んでこないんだ」

ハリーは無表情な声で言った。

「信じないよ」

ペチュニア叔母さんが即座に言った。

「わしもだ」

バーノン叔父さんも力んで言った。

「おまえがへんてこりんなことを企んでるのは、わかってるんだよ」

「わしらはバカじゃないぞ」

「あ、それこそ僕にはニュースだ」

ハリーは気が立っていた。
ダーズリー夫妻が呼び止める間も与えず、ハリーはくるりと背を向け、前庭の芝生を横切り、庭の低い塀を跨いで、大股で通りを歩きだした。


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