The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
次の日、ハリーとロン、サクヤは午前中の休み時間を待って、ハーマイオニーに一部始終を話した。
絶対に盗み聞きされないようにしたかった。中庭の、いつもの風通しのよいひんやりとした片隅に立って、ハリーは思い出せるかぎり詳しく、ハーマイオニーに夢のことを話した。
概要はサクヤに聞いていただろうが、ハリーが語り終えたとき、ハーマイオニーはしばらく何も言わなかった。
その代わり、痛いほど集中してフレッドとジョージを見つめた。中庭の反対側で、首なし姿の2人が、マントの下から魔法の帽子を取り出して売っていた。
「それじゃ、それでボードを殺したのね」
やっとフレッドとジョージから目を離し、ハーマイオニーが静かに言った。
「武器を盗み出そうとしたとき、何かおかしなことがボードの身に起きたのよ。
誰にも触れられないように、武器そのものかその周辺に『防衛呪文』がかけられていたのだと思うわ。
だからボードは聖マンゴに入院したわけよ。頭がおかしくなって、話すこともできなくなって。
でも、あの癒者が何と言ったか覚えてる?ボードは治りかけていた。
それで、連中にしてみれば、治ったら危険なわけでしょう?つまり、武器に触ったとき何かが起こって、そのショックで、たぶん『服従の呪文』は解けてしまった。
声を取り戻したら、ボードは自分が何をやっていたかを説明するわよね?武器を盗み出すためにボードが送られたことを知られてしまうわ。
もちろん、ルシウス・マルフォイなら、簡単に呪文をかけられたでしょうね。マルフォイはずっと魔法省に入り浸ってるんでしょう?」
「僕の尋問があったあの日は、うろうろしていたよ」
ハリーが言った。
「どこかに――ちょっと待って……」
ハリーは考えた。
「マルフォイはあの日、神秘部の廊下にいた!
君のパパが、あいつはたぶんこっそり下に降りて、僕の尋問がどうなったか探るつもりだったって言った。でも、もしかしたら実は――」
「スタージス・ポドモアか……!」
ずっと考えながら聞いていたサクヤがショックを受けた顔で、息を呑んだ。
「え?」
ロンは怪訝な顔をした。
「スタージスは――」
サクヤが小声で言った。
「扉を破ろうとして逮捕されただろ?
ルシウス・マルフォイがスタージスにも呪文をかけたんだ。ハリー、君がマルフォイ氏を見たあの日にやったって考えれば……。
スタージスはムーディの『透明マント』を持っていた――だから、スタージスが扉の番をしていて、姿は見えなくとも、マルフォイ氏がその動きを察したのかもしれない――もしくは、誰かがそこにいるとマルフォイ氏が推量したか――。
それか、もしかしたらそこに護衛がいるかもしれないから、とにかく『服従の呪文』をかけた、なんてこともしたかもしれない――なんせ、ヴォルデモートの望みなんだから、少しくらいの無茶はしてもおかしくはない」
ロンがそわそわと動いたので、頷きながら聞いていたハーマイオニーがキッと睨んだ。サクヤが続けた。
「そして、スタージスに次にチャンスが巡ってきたとき――たぶん、次の見張り番のとき――スタージスが神秘部に入り込んで、武器を盗もうとした。でも捕まってアズカバン送りになった……」
ハーマイオニーはハリーをじっと見た。
「それで、今度はルックウッドがヴォルデモートに、どうやって武器を手に入れるかを教えたのね?」
「会話を全部聞いたわけじゃないけど、そんなふうに聞こえた」
ハリーが言った。
「ルックウッドはかつてあそこに勤めていた……ヴォルデモートはルックウッドを送り込んでそれをやらせるんじゃないかな?」
ハーマイオニーが頷いた。
どうやらまだ考え込んでいる。それから突然、ハーマイオニーが厳しい口調で言った。
「だけど、ハリー、あなた、こんなことを見るべきじゃなかったのよ」
「えっ?」
ハリーはぎくりとした。
「そうでしょう?
あなたはこういうことに対して、心を閉じる練習をしているはずだわ」
「それはわかってるよ」
ハリーが言った。
「でも――」
「あのね、私たち、あなたの見たことを忘れるように努めるべきだわ」
ハーマイオニーがきっぱりと言った。
「それに、あなたはこれから、『閉心術』にもう少し身を入れてかかるべきよ」
その週は、それからどうもうまくいかなかった。
「魔法薬」の授業で、ハリーは2回も「D」を取ったし、ハグリッドがクビになるのではないかと緊張でずっと張りつめていた。
それに、自分がヴォルデモートになった夢のことを、どうしても考えてしまうのだった。
しかし、親友3人には、二度とそのことを持ち出さなかった。ハーマイオニーからまた説教されたくなかった。
シリウスにこのことを話せたらいいのにと思ったが、そんなことはとても望めなかった。
それで、このことは、心の奥に押しやろうとした。しかし残念ながら、心の奥も、もはやかつてのように安全な場所ではなかった。
「立て、ポッター」
ルックウッドの夢から2週間後、スネイプの研究室で、ハリーはまたしても床に膝をつき、なんとか頭をすっきりさせようとしていた。
自分でも忘れていたような小さいときの一連の記憶を、無理やり呼び覚まされた直後だった。だいたいは、小学校のときダドリー軍団にいじめられた屈辱的な記憶だった。
「あの最後の記憶は」
スネイプが言った。
「あれは何だ?」
「わかりません」
ぐったりして立ち上がりながら、ハリーが答えた。
スネイプが次々に呼び出す映像と音の奔流から、記憶をばらばらに解きほぐすのがますます難しくなっていた。
「いとこが僕をトイレに立たせた記憶のことですか?」
「いや」
スネイプが静かに言った。
「男が暗い部屋の真ん中に跪いている記憶のことだが……」
「それは……なんでもありません」
スネイプの暗い目がハリーの目をグリグリと抉った。
「開心術」には目と目を合わせることが肝要だとスネイプが言ったことを思い出し、ハリーは瞬きして目を逸らせた。
「あの男と、あの部屋が、どうして君の頭に入ってきたのだ?ポッター?」
スネイプが聞いた。
「それは――」
ハリーはスネイプを避けてあちこちに目をやった。
「それは――ただの夢だったんです」
「夢?」
スネイプが聞き返した。
一瞬の間が空き、ハリーは紫色の液体が入った容器の中でぷかぷか浮いている死んだカエルだけを見つめていた。
「君がなぜここにいるのか、わかっているのだろうな?ポッター?」
スネイプは低い、険悪な声で言った。
「我輩が、なぜこんな退屈極まりない仕事のために夜の時間を割いているのか、わかっているのだろうな?」
「はい」
ハリーは頑なに言った。
「なぜここにいるのか、言ってみたまえ。ポッター」
「『閉心術』を学ぶためです」
今度は死んだウナギをじっと見つめながら、ハリーが言った。
「そのとおりだ。ポッター。
そして、君がどんなに鈍くとも――」
ハリーはスネイプのほうを見た。憎かった。
「――2ヵ月以上も特訓をしたからには、少しは進歩するものと思っていたのだが。闇の帝王の夢を、あと何回見たのだ?」
「この1回だけです」
ハリーは嘘をついた。
「恐らく」
スネイプは暗い、冷たい目をわずかに細めた。
「恐らく君は、こういう幻覚や夢を見ることを、事実楽しんでいるのだろうが、ポッター。たぶん、自分が特別だと感じられるのだろう――重要人物だと?」
「違います」
ハリーは歯を食いしばり、指は杖を固く握り締めていた。
「そのほうがよかろう、ポッター」
スネイプが冷たく言った。
「おまえは特別でも重要でもないのだから。
それに、闇の帝王が死喰い人たちに何を話しているかを調べるのは、おまえの役目ではない」
「ええ――それは先生の仕事でしょう?」
ハリーは素早く切り返した。そんなことを言うつもりはなかったのに、言葉が癇癪玉のように破裂した。
しばらくの間、2人は睨み合っていた。
ハリーは間違いなく言いすぎだったと思った。しかし、スネイプは、奇妙な、満足げとさえ言える表情を浮かべて答えた。
「そうだ、ポッター」
スネイプの目がギラリと光った。
「それは我輩の仕事だ。さあ、準備はいいか。もう一度やる」
スネイプが杖を上げた。
「1――2――3――『レジリメンス!』」
100を超える吸魂鬼が、校庭の湖を渡り、ハリーを襲ってくる……ハリーは顔が歪むほど気持ちを集中させた……だんだん近づいてくる……フードの下に暗い穴が見える……。
しかも、ハリーは目の前に立っているスネイプの姿も見えた。ハリーの顔に目を据え、小声でブツブツ唱えている……そして、なぜか、スネイプの姿がはっきりしてくるにつれ、吸魂鬼の姿は薄れていった……。
ハリーは自分の杖を上げた。
「プロテゴ!」
スネイプがよろめいた――スネイプの杖が上に吹っ飛び、ハリーから逸れた――すると突然、ハリーの頭は、自分のものではない記憶で満たされた。
鉤鼻の男が、縮こまっている女性を怒鳴りつけ、隅のほうで小さな黒い髪の男の子が泣いている……脂っこい髪の10代の少年が、暗い寝室にぽつんと座り、杖を天井に向けて蠅を撃ち落としている……。
痩せた男の子が、乗り手を振り落とそうとする暴れ箒に乗ろうとしているのを、女の子が笑っている――。
「
もうたくさんだ!」
ハリーは胸を強く押されたように感じた。
よろよろと数歩後退し、スネイプの部屋の壁を覆う棚のどれかにぶつかり、何かが割れる音を聞いた。
スネイプは微かに震え、蒼白な顔をしていた。
ハリーのローブの背が濡れていた。
倒れて寄り掛かった拍子に容器の1つが割れ、水薬が漏れ出し、ホルマリン漬けのヌルヌルした物が容器の中で渦巻いていた。
「レパロ」
スネイプは口の端で呪文を唱えた。容器の割れ目が独りでに閉じた。
「さて、ポッター……いまのは確実に進歩だ……」
少し息を荒らげながら、スネイプは「憂いの篩」をきちんと置き直した。
授業の前に、スネイプはまたしてもその中に自分の想いをいくつか蓄えていたのだが、それがまだ中にあるかどうかを確かめているかのようだった
「君に『盾の呪文』を使えと教えた覚えはないが……たしかに有効だった……」
ハリーは黙っていた。何を言っても危険だと感じていた。
たったいま、スネイプの記憶に踏み込んだに違いない。
スネイプの子供時代の場面を見てしまったのだ。
喚き合う両親を見て泣いていた幼気な少年が、実はいまハリーの前に、激しい嫌悪の目つきで立っていると思うと、落ち着かない不安な気持ちになった。
「もう一度やる。いいな?」
スネイプが言った。
ハリーはぞっとした。いましが起こったことに対して、ハリーはつけを払わされる。そうに違いない。
2人は机を挟んで対峙した。
ハリーは、今度こそ心を無にするのがもっと難しくなるだろうと思った。
「3つ数える合図だ。では」
スネイプがもう一度杖を上げた。
「1――2――」
ハリーが集中する間もなく、心を空にする間もないうちに、スネイプが叫んだ。
「
レジリメンス!」
ハリーは、「神秘部」に向かう廊下を飛ぶように進んでいた。
殺風景な石壁を過ぎ、松明を過ぎ――飾りも何もない黒い扉がぐんぐん近づいてきた。
あまりの速さで進んでいたので、ハリーは扉に衝突しそうだった。
あと数十cmというところで、またしてもハリーは、青い光の筋を見た――。
扉がパッと開いた!ついに扉を通過した。
そこは、青い蝋燭に照らされた、壁も床も黒い円筒形の部屋で、周囲がぐるりと扉、扉、扉だった。
――進まなければならない――しかし、どの扉から入るべきなのか――?
「
ポッター!」
ハリーは目を開けた。また仰向けに倒れていた。
どうやってそうなったのかまったく覚えがない。その上、ハァハァと息を切らしていた。
本当に神秘部の廊下を駆け抜けたかのように、本当に疾走して黒い扉を通り抜け、円筒形の部屋を発見したかのように。
「説明しろ!」
スネイプが怒り狂った表情で、ハリーに覆い被さるように立っていた。
「僕……何が起こったかわかりません」
ハリーは立ち上がりながら本当のことを言った。
後頭部が床にぶつかって瘤ができていた。しかも熱っぽかった。
「あんなものは前に見たことがありません。あの、扉の夢を見たことはお話しました……でも、これまで一度も開けたことがなかった……」
「おまえは十分な努力をしておらん!」
なぜかスネイプは、いましがたハリーに自分の記憶を覗かれたときよりずっと怒っているように見えた。
「おまえは怠け者でだらしがない。ポッター。そんなことだから当然、闇の帝王が――」
「お聞きしてもいいですか?
先生?」
ハリーはまた怒りが込み上げてきた。
「先生はどうしてヴォルデモートのことを闇の帝王と呼ぶんですか?僕は、死喰い人がそう呼ぶのしか聞いたことがありません」
スネイプが唸るように口を開いた。
――そのとき、どこか部屋の外で、女性の悲鳴がした。スネイプはぐいと上を仰いだ。天井を見つめている。
「いったい――?」
スネイプが呟いた。
ハリーの耳には、どうやら玄関ホールと思しきところから、こもった音で騒ぎが聞こえてきた。スネイプは顔をしかめてハリーを見た。
「ここに来る途中、何か異常なものは見なかったか?ポッター?」
ハリーは首を振った。どこか2人の頭上で、また女性の悲鳴が聞こえた。
スネイプは杖を構えたまま、つかつかと研究室のドアに向かい、素早く出ていった。ハリーは一瞬戸惑ったが、あとに続いた。
_
( 170/190 )
[prev] [next]
[back]
[しおりを挟む]