The ounder of rphan X 
 -総受男装ハーマイオニー百合夢-




時を少し遡り、ハリーとチョウがスリザリン生たちから追い抜かれざまに揶揄われているころ、ふくろう小屋から返事の手紙を出したサクヤとハーマイオニーの2人も、ホグズミードに向かう集団の後列を出発したところだった。

「やっとだ……やっとだ……」

サクヤがうずうずと呟くのを、ハーマイオニーはくすくす笑いながら聞いていた。
クリスマス前にグリモールド・プレイスに帰ったり、そこから聖マンゴ病院へ行き来したりを除けば、サクヤにとって本当に久しぶりの外出だった。
安否確認でも、見舞いの訪問でもなく、ただ、ハーマイオニーと遊びに出掛ける――たったそれだけのことを、いつから待ちわび続けていただろうか。

サクヤは、赤と茶色を基調とした、控えめな模様の入ったひと揃いのシンプルな服を着ていた。
これはクリスマスにハーマイオニーからプレゼントされたもののうちの1つで、閉心術を習得したことによって出掛けられる機会も増えるだろうと思ってのものだった。
そしてハーマイオニーの手には紫色の小さなビーズバッグが握られていて、こちらはサクヤからプレゼントされたものだ。
お互いに贈り合ったクリスマスプレゼントを身に付け、2人は手を繋いで最後尾をゆったりと歩いた。

「ホグズミードで買いたいものがあるって言ってたわよね?」

「ああ、そうだった。
来週のクィディッチの試合、まだまだ寒そうだから練習や試合用の防寒インナーが欲しいんだよね――」

サクヤとハーマイオニーは、ホグズミードに着くと、まずスピント・ウィッチズ・スポーツ用品店に向かった。
他のみんなはゾンコの「いたずら専門店」やらハニーデュークスにほとんど直行していったので、スポーツ用品店は比較的すいているほうだった。
ショーウィンドウにはクィディッチのボール4つが入れられたケースや、丁寧になめされた高級革の防具、必要道具が全て揃っている箒磨きセットなどが飾られている。

この手の店にあまり入る機会のないハーマイオニーは、サクヤに手を引かれながら、きょろきょろと陳列された商品を眺めた。
普段まじまじと見ることのないクィディッチ競技用の品々に目を奪われていると、不意に何かを被せられ視界を奪われた。

「……ふはっ、似合わないなぁ」

「えっ、何?」

ハーマイオニーは、頭のごつごつした何かをずらして、吹き出すサクヤを見た。
けたけたと笑うサクヤがハーマイオニーを鏡の前に連れてくると、そこにはクィディッチのキーパーが被るような革製のヘッドギアを被せられている自分がいた。
昨年までのグリフィンドール・クィディッチ・チームのキーパーだったオリバー・ウッドとは大違いで、被っているというより被せられているという表現こそぴったり当てはまるような不格好さだ。
箒で飛ぶことが得意ではないという自覚こそあるが、勝手に被せて勝手に笑い転げるサクヤは少し癪だった。

「どうせクィディッチなんてできないわ……よっ」

ハーマイオニーは雑に防具を脱いで、目の端に涙まで浮かべているサクヤの胸にぐいっと押し付けた。
何も本当に怒ったわけではない。むしろ、楽しそうに笑うサクヤの笑顔につられてこちらまで笑ってしまいそうになるのが癪なので、口角が上がるのをこらえるくらいだ。

「ごめんごめん――思った以上だったから――」

頭防具を商品棚に戻したサクヤは、ようやく笑いを落ち着けて、乱れてしまったハーマイオニーの髪を整えるように手で梳いた。
いつもより指どおりがなめらかで柔らかい――今日のデートのために、昨晩念入りに髪の手入れをしていたのを思い出した。

「ごめん、嫌だった……?」

サクヤが改めて謝ると、不貞腐れたような表情を作っていたハーマイオニーは、ふと顔を緩めた。

「嫌じゃないわ。……楽しいね」

彼女は少しくすぐったそうに、髪へ絡められたサクヤの指に頬を寄せた。
サクヤは少し胸がきゅっとなって、こっくりと頷いた。

「うん、楽しい」

素早く店内に目を走らせたサクヤは、ハーマイオニーの頬に手を添えたまま一緒に商品棚の陰に身を屈めた。
誰からも見えない角度で、一瞬触れるだけのキスをすると、サクヤはパッと立ち上がり、隣の商品棚に並べられているユニフォーム類に目を通しはじめた。
呆気に取られていたハーマイオニーが少し遅れて立ち上がり、ユニフォームが並べられた棚の傍らに設置されたインナー売り場にいるサクヤに追いついた。
何でもない様子で防寒用のインナーを広げ、サイズを確認しているサクヤの耳が髪の下で赤くなっているのが見える。
お互い、ちらりと様子を窺うようにして目が合うと、まるでいたずらが成功したみたいに、どちらからともなくクスクス笑いがこみ上げてきた。

インナーを買ったあとは、ハーマイオニーの希望でトムズ・アンド・スクロールズ書店に寄った。
こちらは特に買いたいものがあったわけではないが、新数霊術理論の著者ルーカス・カルゾス本人による解説本を見つけたときには2人とも大喜びで、迷うことなく購入を決めた。
数霊術理論とは、魔法を数値を用いて研究したり、占ったりする数秘術の1つだ。ホグワーツで学ぶ科目では「数占い学」がそれに近いが、学校で学ぶだけでは新数霊術理論を読み解くには足りないと2人とも感じていた。

「これであの分かりづらい計算式の理解が進められれば――って、あっ」

インナーと解説書をサクヤのショルダーバッグにしまいながら書店を出ると、風が雨雲を連れてきたのか、雨が降り出していた。
つい先ほど降り始めたのか、鞄や上着を頭の上にかぶせて手ごろな店に逃げ込む生徒が何人もいた。

「どうしよっか?」

サクヤが尋ねると、ハーマイオニーはうーんと唸った。

「そろそろお昼どきだし、雨やどりも兼ねてどこかで昼食を食べられたらいいんだけど……」

「あ、それいい。そうしよう」

サクヤが首を伸ばして、近くにちょうどいい店がないかきょろきょろと探した。
右手の道のゆるやかなカーブの先では、マダム・パディフットの喫茶店にいくつかのカップルが小走りで入っていくのが見えた。
反対側の、左の通りを同じくらい進んだ先には、看板にロサ・リー・ティーバッグと書かれた喫茶店がある。マダム・パディフットの強めのピンクを見たあとでは、その若草色の店構えがより落ち着いた雰囲気に感じられた。
こちらにも何人かが駆け込んでいくのが見えた――もたもたしていたら、選択の余地なくどこにも入れなくなりそうだ。

「こっちね。走りましょう?」

ハーマイオニーが選んだのは左手の道だった。
その選択に、同感だ。急ごう、と頷いたサクヤは、コートを脱いで2人の頭を覆うようにかぶせた。
ハリーの「透明マント」のおかげで、この体勢で道を急ぐことには慣れている。2人は息を合わせ、ロサ・リー・ティーバッグを目指して急ぎ足で書店の軒下を出た。

ロサ・リー・ティーバッグの喫茶店には、満席になる前になんとか辿り着けたようで、2人は店の奥まった位置のテーブル席に通された。
暖炉も近く、2月の雨風で冷えた身体を温めるのに好都合な席だ。
店の入り口から遠いため、湿気で髪が広がらないか心配する必要がなくなったハーマイオニーは、雨でも上機嫌でメニューを覗き込んだ。
サクヤはアボカドとシュリンプのオープンサンドを、ハーマイオニーはシェパード・パイを注文して、食後にはチョコレート・トライフルとホットココアを2つずつ頼んだ。

「ハリーたちはうまくやれてるかしら」

サンドイッチやパイで胃袋が満たされたころ、ふと思い出したようにハーマイオニーが言った。

「どうかな。
すごい緊張してたし、ハリーが下手なこと言ってなきゃいいけど……。
うまくやれてたら、チョウを『三本の箒』に連れてくるだろうね」

サクヤはそう答えながら、店員にデザートを持ってきてくれるように合図した。

「もしそうなったら、そこで話す内容を彼女も聞くことになる――それで少しでも、チョウの心の整理に役立てられれば、それが何よりだ。きっとまだつらいだろ、あの子も。
……『三本の箒』で何をするのか、ハリーに伝えておくべきだったかも」

「今朝、手紙の返事を出すのに急いでたとはいえ……たしかに、そうだったかもしれないわね」

間が開いて、2人とも少し押し黙った。
「三本の箒」では、ハリーだけに"役目"を任せるわけではない。そこでサクヤ自身も話さなければいけないことを思うと、気が沈んだ。

やがて店員がチョコレート・トライフルとホットココアを運んできた。
ココアから穏やかに立ち昇る湯気に無性に惹かれ、サクヤは火傷をしないように何度も息を吹きかけ、慎重にマグを啜った。熱々のココアが喉元から、縮こまった胃へと飲み下され、緊張を和らげていくのを感じる……。
普段飲むようなもったりとした風味とはまた違った、不思議なココアだった。どちらかといえばあっさりとした喉ごしで、薄めに作られたのかと思うほどだ。しかし、今はむしろそのくらいがちょうどいい。

そのココアは、チョコレート・トライフルを頬張ってから、さらにもうひと口飲んだときに本領を発揮した。
これはトライフルの濃厚なチョコレートソースの風味をいっさい殺さないために調整されたココアなのだと、直感で分かる。
どちらも濃かったら胸やけを起こしそうなところを、互いに助け合うような味だと確かに感じた。チョコレートソースがまっすぐに味覚を刺激するとしたら、このココアはそれを優しく広げ、鼻腔にまでその風味を届けるような役割をしている。
その未知の感覚は初体験で、サクヤが目を輝かせてハーマイオニーを見ると、彼女の口のなかでも同じことが起こっているようで、パッと上げられた視線とかち合った。

「……おいしい!」

「ね、すごいなこれ」

先ほどまで少し落ちていた気分が途端に戻り、2人はデザートをしっかりと楽しんだ。
「三本の箒」でこれから話すことは、何もまた苦しむためにすることではない。
ハリーやサクヤの名誉のため、そして与えられるべき機会を作るため、友としてやれることは全部やってやりたいというハーマイオニーが各所に根回しをして作ってくれた挽回の場だ。

しばし談笑してから喫茶店を出ると、暖炉とホットココアで温まった身体に刺すような冷気がサクヤとハーマイオニーを襲った。
雨は相変わらず降りしきり、風が寒さを増長させている。
取り込んだ暖気がまだ抜けきらないうちに防寒具を買おうという話になり、2人は店々の軒下をかいくぐってグラドラグス・魔法ファッション店に入った。

サクヤは立て襟のコートを着ていたが、ハーマイオニーはその豊かな髪があるため、そういったデザインのコートは似合わず、持ち合わせていない。
しかしそのせいで、たとえば髪をまとめていたり、今日みたいに風が強い日は首元が寒くなりがちだ。
サクヤの提案で、2人はマフラーを買うことにした。

「このビーズバッグ、私とても気に入ってるの」

マフラーを選んでいるとき、ハーマイオニーが出し抜けに言った。
大人しめなデザインで小ぶりなその紫色のバッグには、財布やハンカチなどの最低限の持ち物を入れるのにちょうどいいサイズだった。

「だから、これに合う色やデザインがいいわ――」

マフラーが掛けられたハンガーを掻き分けながら、いくつかを手にとっては鏡の前でバッグを持つ自分に合わせて確認した。
ビーズバッグをプレゼントしたサクヤは嬉しそうに微笑みながらその光景を見つつ、ときどき意見を挟んだ。

「バッグと合わせてくれるなら、やっぱり紫系の色がいい気がするな。
他の色だと、コートや靴とも合わせづらくなっちゃうだろうし――これとか、こっちとか――」

サクヤは赤紫や青紫、刺繍のステッチが入ったものや、色んな編み方をされたものをいくつかハーマイオニーの肩や首にぽいぽいと引っ掛けていった。
まるでドビーが、ハーマイオニーお手製帽子や靴下を全て重ねて身に付けたようなもこもこの状態になったころ、ようやくそこから間引き行程に移るようだ。

「あ、自分で選びたい?」

候補のマフラーを掻き分け、ハーマイオニーの顔を発掘したサクヤが今更ながらに確認した。
ハーマイオニーは首を伸ばして口元を出すと、「いいえ、あなたに選んでもらいたいわ」とにっこりした。
サクヤは「まかせて!」と請け合うと、ビーズバッグと合わせてみたり、今日着ているコートや、寮にある他のコートを思い出しつつ、「これは違う、これは保留……」と呟きながら店のハンガーラックにマフラーを戻していった。

サクヤの厳選の結果、最終的に2本のマフラーが残された。
フェアアイル柄と大いに迷い、最後はハーマイオニー自身とも相談して、アラン模様があしらわれた無地のマフラーが選ばれた。

「うん、これがいい……似合ってるし、バッグとも色が合ってる」

満足げなサクヤがうんうんと頷いていると、ハーマイオニーはなぜか、まだマフラーを物色していた。

「こっちのマフラーに決めたのはね――ほら、他のカラーバリエーションがたくさんあるからなのよ」

グラデーションになるようにいくつも陳列されたアラン模様のマフラーのなかから、ハーマイオニーはボルドーカラーのものを引っ張り出した。
それをサクヤにあてがうと、彼女もまた満足げに頷いた。

「――うん、やっぱりこの色が似合うわね。……おそろいは、嫌かしら……?」

目を瞬かせていたサクヤが、首を振ってパッと笑った。

「ううん、一緒に買お!」

2人はワインカラーとボルドーカラーの同デザインのマフラーを購入し、そのまま首に巻いて店を出た。
外は相変わらずの雨模様だが、マフラーでしっかりと首元を覆ってしまえば、さほど寒さを感じなかった。

「おそろいはおそろいだけど、そこまで目立たない柄だから、あからさま過ぎなくていいわね」

ショーウィンドウのガラスに映った自分たちを見て、ハーマイオニーが言った。
彼女はコートの上からしっかりと存在感のある巻き方をして、サクヤのほうはゆるく巻いて、立て襟のコートの下に忍ばせる形だ。

「うん、いい感じ。デートの締めにいい買い物ができて良かったよ」

サクヤはガラスに映ったハーマイオニーに微笑みかけた。
それから腕時計に目をやり、約束していた時間が近いことに気がついた。

「そろそろ時間だし、あの人たちと合流しよう――」



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