The ounder of rphan X 
 -総受男装ハーマイオニー百合夢-




ハリーとチョウが通り過ぎる先々の店のウィンドウで、脱獄した10人の死喰い人の顔が睨んでいた。
スクリベンシャフトの店の前を通ったとき、雨が降ってきた。冷たい大粒のハリーの顔を、そして首筋を打った。

「あの……コーヒーでもいかが?」

雨足がますます強くなり、チョウがためらいがちに言った。

「ああ、いいよ」

ハリーはあたりを見回した。

「どこで?」

「ええ、すぐそこにとっても素敵なところがあるわ。マダム・パディフットのお店に行ったことない?」

チョウは明るい声でそう言うと、脇道に入り、小さな喫茶店へとハリーを誘った。
ハリーはこれまでそんな店に気がつきもしなかった。狭苦しくてなんだかむんむんする店で、何もかもフリルやリボンで飾り立てられていた。
ハリーはアンブリッジの部屋を思い出していやな気分になった。

「かわいいでしょ?」

チョウが嬉しそうに言った。

「ん……うん」

ハリーは気持ちを偽った。

「ほら、見て。
バレンタインデーの飾りつけがしてあるわ!」

チョウが指差した。
それぞれの小さな丸テーブルの上に、色のキューピッドがたくさん浮かび、テーブルに座っている人たちに、時々ピンクの紙ふぶきを振りかけていた。

「まぁ……」

2人は、白く曇った窓のそばに1つだけ残っていたテーブルに座った。
レイブンクローのクィディッチ・キャプテン、ロジャー・デイビースが、ほんの数十cmしか離れていないテーブルに、かわいいブロンドの女の子と一緒に座っていた。手と手を握っている。
ハリーは落ち着かない気分になった。その上、店内を見回すとカップルだらけで、みんな手を握り合っているのが目に入り、ますます落ち着かなくなった。
チョウも、ハリーがチョウの手を握るのを期待するだろう。

「お2人さん、なんになさるの?」

マダム・パディフットは、艶つやした黒髪をシニョンに結った、たいそう豊かな体つきの女性で、ロジャーのテーブルとハリーたちのテーブルの間の隙間に、ようやっと入り込んでいた。

「コーヒー2つ」

チョウが注文した。
コーヒーを待つ間に、ロジャー・デイビースとガールフレンドは、砂糖入れの上でキスしはじめた。
キスなんかしなきゃいいのに、とハリーは思った。
デイビースがお手本になって、まもなくチョウが、ハリーもそれに負けないようにと期待するだろう。
ハリーは顔が火照ってくるのを感じ、窓の外を見ようと思った。
しかし、窓が真っ白に曇っていて、外の通りが見えなかった。
チョウの顔を見つめざるをえなくなる瞬間を先延ばしにしようと、ペンキの塗り具合を調べるかのように天井を見上げたハリーは、上に浮かんでいたキューピッドに、顔めがけて紙ふぶきを浴びせられた。

それからまたつらい数分が過ぎ、チョウがアンブリッジのことを口にした。
ハリーはほっとしてその話題に飛びついた。それから数分は、アンブリッジのこき下ろしで楽しかったが、もうこの話題はDAでさんざん語り尽くされていたので、長くは持たなかった。
再び沈黙が訪れた。隣のテーブルからチューチューいう音が聞こえるのが、ことさら気になって、ハリーはなんとかして他の話題を探そうと躍起になった。

「あー……あのさ、15時くらいに僕と一緒に『三本の箒』に来ないか?そこでサクヤとハーマイオニーの2人と待ち合わせてるんだ」

チョウの眉がぴくりと上がった。

「サクヤ・フェリックスとハーマイオニー・グレンジャー?今日、待ち合わせてるの?」

「うん。彼女たちにそう頼まれたから、僕、そうしようかと思って。一緒に来る?来てもかまわないって、ハーマイオニーが言ってた」

「あら……ええ……それはご親切に」

しかし、チョウの言い方は、ご親切だとはまったく思っていないようだった。むしろ、冷たい口調で、急に険しい表情になった。

「えっと、それは……Wデート、ということかしら……?」

チョウがなんとか導き出したらしい呼び出し理由に、ハリーはもしかしてそういうことなのかと首をひねって考えてみた。
しかし、今朝の彼女たちの口ぶりからして、デートとは完全に切り分けられた用事のように思える。

「たぶん、違うと思う。でも、大事なことを話したいみたいだった」

ハリーの答えに対して、チョウは「そう」とだけ冷たく言って黙ってしまった。
そのままお互いに黙りこくって、また数分が過ぎた。ハリーは忙しなくコーヒーを飲み、もうすぐ2杯目が必要になりそうだった。
すぐ脇のロジャー・デイビースとガールフレンドは、唇のところで糊づけされているかのようだった。

チョウの手が、テーブルのコーヒーの脇に置かれていた。
ハリーはその手を握らなければというプレッシャーがだんだん強くなるのを感じていた。
「やるんだ」ハリーは自分に言い聞かせた。
弱気と興奮がごた混ぜになって、胸の奥から湧き上がってきた。「手を伸ばして、さっとつかめ」
驚いた――たったの30cm手を伸ばしてチョウの手に触れるほうが、猛スピードのスニッチを空中で捕まえるより難しいなんて……。

しかし、ハリーが手を伸ばしかけたとき、チョウがテーブルから手を引っ込めた。
チョウは、ロジャー・デイビースがガールフレンドにキスしているのを、ちょっと興味深げに眺めていた。

「あの人、私を誘ったの」

チョウが小さな声で言った。

「ロジャーが。2週間前よ。でも、断ったわ」

ハリーは、急にテーブルの上に伸ばした手のやり場を失い、砂糖入れをつかんでごまかしたが、なぜチョウがそんな話をするのか見当がつかなかった。
隣のテーブルに座ってロジャー・デイビースに熱々のキスをされていたかったのなら、そもそもどうして僕とデートするのを承知したのだろう?
ハリーは黙っていた。
テーブルのキューピッドが、また紙ふぶきをひとつかみ2人に振りかけた。
その何枚かが、ハリーがまさに飲もうとしていた、飲み残しの冷たいコーヒーに落ちた。

「去年、セドリックとここに来たの」

チョウが言った。
チョウが何を言ったのかがわかるまでに、数秒かかった。その間に、ハリーは身体の中が氷のように冷えきっていた。
いまこのときに、チョウがセドリックの話をしたがるなんて、ハリーには信じられなかった。周りのカップルたちがキスし合い、キューピッドが頭上に漂っているというのに。

「ああいう雰囲気には、ならなかったけど……。
だって彼は、あの子のことが好きだって、知ってて私が誘ったんだもの――」

あの子というのが、サクヤのことを指すことくらいはハリーにも分かった。
ただ、カップルでもない男女が2人でこの店を訪れるというのは、相当ハードルが高いことだろう。
チョウが次に口を開いたときは、声がかなり上ずっていた。

「ずっと前から、あなたに聞きたかったことがあるの……セドリックは――あの人は、私のことを、死ぬ前にちょっとでも口にしたかしら?あの場に――サクヤもいるなかで?」

金輪際話したくない話題だった。とくにチョウとは。

「それは――してない。
そんな、チョウや、他の誰かに向けて何かを言うなんて、そんな時間はなかったんだ」

ハリーは静かに言った。
嘘ではない。彼の死は、唐突にもたらされたもので……そして、最期の言葉は、死んだあとにサクヤへ伝えられたものだったのだから。
15時に「三本の箒」で集まる際に、チョウもついてきて、サクヤもいる場でこの話題が持ち出されなくて良かったと、ハリーはひっそりと思った。

「それじゃ――サクヤには、何か言ったのね?」

チョウは涙声で、しかし鋭く切り込んだ。
ハリーが意表を突かれ、なんと答えればいいのかと口ごもったので、コーヒーカップを睨みつけるチョウの目にはみるみる涙が溜まっていった。

「ええと……それで……君は……休暇中にクィディッチの試合をたくさん見たの?トルネードーズのファンだったよね?」

ハリーの声は虚ろに快活だった。
チョウの両目からはもはや、クリスマス前の最後のDAが終わったときと同じように大粒の涙が溢れているのを見て、ハリーはうろたえた。

「ねえ」

他の誰にも聞かれないように前屈みになり、ハリーは必死で話しかけた。

「いまはセドリックの話はしないでおこう……何かほかの事を話そうよ……」

どうやらこれは逆効果だった。

「私」

チョウの涙がポタポタとテーブルに落ちた。

「私、あなたならきっと、わ――わ――わかってくれると思ったのに!私、このことを話す必要があるの!
あなただって、きっと、ひ――必要なはずだわ!だって、あなたはそれを見たんですもの。そ――そうでしょう?」

まるで悪夢だった。何もかも悪いほうにばかり展開した。
ロジャー・デイビースのガールフレンドは、わざわざ糊づけを剥がして振り返り、泣いているチョウを見た。

「でも――僕はもう、話したことは話したんだ。ロンとハーマイオニーに」

ハリーが囁いた。
サクヤの名前は無意識に外した。

「でも――」

「あら、ハーマイオニー・グレンジャーには話すのね!」

涙で顔を光らせ、チョウは甲高い声を出した。
キスの最中だったカップルが何組か、見物のために分裂した。

「それなのに、私には話さないんだわ!
も――もう……し――支払いを済ませましょう。そして、あなたは行けばいいのよ。ハーマイオニー・グ――グレンジャーのところへ。あなたのお望みどおり!」

ハリーは何がなんだかわからずにチョウを見つめた。
チョウはフリルいっぱいのナプキンをつかみ、涙に濡れた顔に押し当てていた。

「チョウ?」

ハリーは恐る恐る呼びかけた。
ロジャーが、ガールフレンドを捕まえて、またキスを始めてくれればいいのに。そうすればハリーとチョウをじろじろ見るのをやめるだろうに。

「行ってよ。早く!」

チョウは、いまやナプキンに顔を埋めて泣いていた。

「私とデートした直後にほかの女の子に会う約束をするなんて、なぜ私を誘ったりしたのか分からないわ……ハーマイオニーの次は、サクヤ・フェリックス?あと何人とデートするの?」

「そんなんじゃないよ!」

何が気に障っていたのかがやっとわかって、ほっとすると同時に、ハリーは笑ってしまった。途端に、しまったと思ったが、もう遅かった。
チョウがパッと立ち上がった。店中がしーんとなって、いまやすべての目が2人に注がれていた。

「ハリー、じゃ、さよなら」

チョウは劇的にひとこと言うなり、少ししゃくり上げながら、出口へと駆けだし、ぐいとドアを開けて土砂降りの雨の中に飛び出していった。

「チョウ!」

ハリーは追いかけるように呼んだが、ドアはすでに閉まり、チリンチリンという音だけが鳴っていた。

店内は静まり返っていた。目という目がハリーを見ていた。
ハリーはテーブルに1ガリオンを放り出し、ピンクの紙ふぶきを頭から払い落としてチョウを追って外に出た。
雨が激しくなっていた。
そして、チョウの姿はどこにも見えなかった。
何が起こったのか、ハリーにはさっぱりわからなかった。30分前まで、2人はうまくいっていたのに。



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