The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
「さあ、バスに早く乗るに越したことはないわ」
トンクスが言った。広場のあちこちに目を走らせているトンクスの声が、ピリピリしているとハリーは思った。
ルーピンがパッと右腕を上げた。
バーン。ど派手な紫色の3階建てバスがどこからともなく一行の目の前に現れた。
危うく近くの街灯にぶつかりそうになったが、街灯が飛び退いて道を空けた。
紫の制服を着た、痩せてニキビだらけの、耳が大きく突き出た若者が、歩道にぴょんと飛び降りて言った。
「ようこそ、
夜――」
「はい、はい、わかってるわよ。ごくろうさん」
トンクスが素早く言った。
「乗って、乗って、さあ――あんたたちから――」
そして、トンクスはハリーとサクヤを乗車ステップのほうへ押しやった。
ハリーたちが前を通り過ぎるとき、車掌がじろじろと見た。
「いやー――アリーに、サクヤだ――!」
「久しぶり、スタン――」
サクヤの朗らかな挨拶の最中でも、トンクスは背中を押すのを加減しなかった。
「ほら、立ち止まらない、行った行った。
スタン・シャンパイク、次にその名前を大声で言ったりしたら、呪いをかけてあんたを消滅させてやるから」
トンクスは、今度はジニーとハーマイオニーを押しやりながら、低い声で脅すように言った。
「僕さ、一度こいつに乗ってみたかったんだ」
ロンがうれしそうに乗り込み、ハリーのそばに来てキョロキョロした。
以前にハリーがサクヤを迎えに「
夜の騎士バス」に乗ったときは、夕方で、3階とも真鍮の寝台でいっぱいだった。
今度は早朝で、てんでんばらばらな椅子が詰め込まれ、窓際にいい加減に並べて置かれていた。
バスがグリモールド・プレイスで急停車したときに、椅子がいくつか引っくり返ったらしい。何人かの魔法使いや魔女たちが、ブツブツ言いながら立ち上がりかけていた。
誰かの買い物袋がバスの端から端まで滑ったらしく、カエルの卵やら、ゴキブリ、カスタードクリームなど、気持ちの悪いごたごたが、床一面に散らばっていた。
「どうやら分かれて座らないといけないね」
空いた席を見回しながら、トンクスがきびきびと言った。
「フレッドとジョージとジニー、後ろの席に座って……リーマスが一緒に座れるわ」
トンクス、ハリー、サクヤ、ロン、ハーマイオニーは3階まで進み、一番前に3席と後ろに2席見つけた。
車掌のスタン・シャンパイクが、興味津々で、後ろの席までハリーとロンにくっついてきた。
ハリーが通り過ぎると、次々と顔が振り向き、ハリーが後部に腰掛けると、全部の顔がまたパッと前を向いた。
ハリーとロンが、それぞれ11シックルずつスタンに渡すと、バスはぐらぐら危なっかしげに揺れながら、再び動きだした。
歩道に上がったり下りたり、グリモールド・プレイスを縫うようにゴロゴロと走り、またしても
バーンという大音響がして、乗客はみんな後ろにガクンとなった。
ロンの椅子は完全に引っくり返った。膝に載っていたピッグウィジョンが籠から飛び出し、ピーピーやかましく囀りながらバスの前方まで飛んでいき、今度はハーマイオニーの肩に舞い降りた。
無事だった椅子に座りなおしながら、サクヤがピッグウィジョンの来訪を歓迎している。
ハリーは腕木式の蝋燭立てにつかまって、やっとのことで倒れずにすんだ。
窓の外を見ると、バスはどうやら高速道路のようなところを飛ばしていた。
「バーミンガムのちょっと先でぇ」
ハリーが聞きもしないのに、スタンがうれしそうに答えた。ロンは床から立ち上がろうとじたばたしていた。
「アリー、元気だったか?
おめぇさんとサクヤの名前は、この夏さんざん新聞で読んだぜ。だがよ、なぁにひとっついいことは書いてねえ。
おれはアーンに言ってやったね。こう言ってやった。
『おれたちが見たときゃ、2人とも狂ってるように見えなかったなぁ?まったくよう』」
スタンは2人に切符を渡したあとも、わくわくして、ハリーを見つめ続けた。
どうやらスタンにとっては、新聞に載るほど有名なら、変人だろうが奇人だろうがどうでもいいらしい。
「
夜の騎士バス」は右側からでなく左側から何台もの車を追い抜き、驚くほど危険な揺れ方をした。
ハリーが前のほうを見ると、ハーマイオニーが両手で目を覆って背中を丸めていて、それをサクヤが支えているのが見えた。
ピッグウィジョンがその丸まった肩でうれしそうにゆらゆらしている。
バーン。またしても椅子が後ろに滑った。
バスはバーミンガムの高速道路から飛び降り、ヘアピンカーブだらけの静かな田舎道に出ていた。
両側の生垣が、バスに乗り上げられそうになると、飛び退いて道を空けた。
そこから、にぎやかな町の大通りに出たり、小高い丘に囲まれた陸橋を通ったり、高層アパートの谷間の、吹きさらしの道路に出たりした。
そのたびに
バーンと大きな音がした。
「僕、気が変わったよ」
ロンがブツブツ言った。床から立ち上がること6回目だった。
「もうこいつには二度と乗りたくない」
「ほいさ、この次の次はオグワーツでぇ」
スタンがゆらゆらしながらやってきて、威勢よく告げた。
「前に座ってる、おめぇさんと一緒に乗り込んだ、あの態度のでかい姉さんが、チップをくれてよう、おめぇさんたちを先に降ろしてくれってこった。
ただ、マダム・マーシを先に降ろさせてもらわねぇと――」
下のほうからゲェゲェむかつく音が聞こえ、続いてドッと吐くいやな音がした。
「――ちょいと気分がよくねえんで」
数分後、「夜の騎士バス」は小さなパブの前で急停車した。衝突を避けるのに、パブは身を縮めた。
スタンが不幸なマダム・マーシをバスから降ろし、2階のデッキの乗客がやれやれと囁く声が聞こえてきた。
バスは再び動きだし、スピードを上げた。そして――、
バーン。バスは雪深いホグズミードを走っていた。
脇道の奥に、ハリーはちらりとホッグズ・ヘッドを見た。イノシシの生首の看板が冬の風に揺れ、キーキー鳴っていた。
雪片がバスの大きなフロントガラスを打った。
バスはようやくホグワーツの校門前で停車した。
ルーピンとトンクスがバスからみんなの荷物を降ろすのを手伝い、それから別れを告げるために下車した。
ハリーがバスをちらりと見ると、乗客全員が、3階全部の窓に鼻をべったり押しつけて、こっちをじっと見下ろしていた。
「校庭に入ってしまえば、もう安全よ」
人気のない道に油断なく目を走らせながら、トンクスがサクヤの背を押しつつ言った。
「いい新学期をね、オッケー?」
「ああ。ありがとう、トンクス」
サクヤがにっこり笑った。
「身体に気をつけて」
ルーピンがみんなとひと渡り握手し、最後にハリーの番が来た。
「いいかい……」
他のみんながトンクスと最後の別れを交わしているあいだ、ルーピンは声を落として言った。
「ハリー、君がスネイプを嫌っているのは知っている。
だが、あの人は優秀な『閉心術士』だ。それに、私たち全員がシリウスも含めて君が身を護る術を学んでほしいと思っている。だから、がんばるんだ。いいね?」
「うん、わかりました」
歳のわりに多い皺が刻まれたルーピンの顔を見上げながら、ハリーが重苦しく答えた。
「それじゃ、また」
7人はトランクを引きずりながら、ツルツル滑る馬車道を城に向かって懸命に歩いた。
ハーマイオニーはもう、寝る前にしもべ妖精の帽子をいくつか編む話をサクヤにしていた。
樫の木の玄関扉に辿り着いたとき、ハリーは後ろを振り返った。「
夜の騎士バス」はもういなくなっていた。
明日の夜のことを考えると、ハリーはずっとバスに乗っていたかったと、半ばそんな気持ちになった。
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