The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
厨房のドアが開き、ウィーズリー一家全員と、サクヤ、ハーマイオニーが入ってきた。
みんな幸せいっぱいという顔で、真ん中にウィーズリーおじさんが誇らしげに歩いていた。縞のパジャマの上に、レインコートを着ている。
「治った!」
おじさんが厨房全体に元気よく宣言した。
「全快だ!」
おじさんも、他のウィーズリー一家も、目の前の光景を見て、入口に釘づけになった。見られたほうも、そのままの形で動きを止めた。
シリウスとスネイプは互いの顔に杖を突きつけたまま、入口を見ていた。ハリーは2人を引き離そうと、両手を広げ、あいだに突っ立って固まっていた。
「なんてこった」
ウィーズリーおじさんの顔から笑いが消えた。
「いったい何事だ?」
シリウスもスネイプも杖を下ろした。
ハリーは両方の顔を交互に見た。
2人とも極めつきの軽蔑の表情だったが、思いがけなく大勢の目撃者が入ってきたことで、正気を取り戻したらしい。
スネイプは杖をポケットにしまうと、さっと厨房を横切り、ウィーズリー一家の脇を物も言わずに通り過ぎた。ドアのところでスネイプが振り返った。
「ポッター、月曜の夕方、18時だ」
そしてスネイプは去った。
シリウスは杖を脇に持ったまま、その後ろ姿を睨みつけていた。
「いったい何があったんだ?」
ウィーズリーおじさんがもう一度聞いた。
「アーサー、何でもない」
シリウスは長距離を走った直後のように、ハァハァ息を弾ませていた。
「昔の学友と、ちょっとした親しいおしゃべりさ」
シリウスが微笑んだ。相当努力したような笑いだった。
「それで……治ったのかい?そりゃあ、よかった。ほんとによかった」
「ほんとにそうよね?」
ウィーズリーおばさんは夫を椅子のところまで導いた。
「最終的にはスメスウィック癒師の魔法が効いたのね。
あの蛇の牙にどんな毒があったにせよ、解毒剤を見つけたの。
それに、アーサーはマグル医療なんかにちょっかいを出して、いい薬になったわ。
そうでしょう?あなたっ」
おばさんがかなり脅しを利かせた。
「そのとおりだよ、モリーや」
おじさんがおとなしく言った。
その夜の晩餐は、ウィーズリーおじさんを囲んで、楽しいものになるはずだった。シリウス努めてそうしようとしているのが、ハリーにはわかった。
しかし、ハリーの名付け親は、フレッドやジョージの冗談に合わせて、無理に声をあげて笑ったり、みんなに食事を勧めたりしているとき以外は、むっつりと考え込むような表情に戻っていた。
ハリーとシリウスの間には、マンダンガスとマッド-アイが座っていた。
2人ともウィーズリー氏に快気祝いを述べるために立ち寄ったのだ。
ハリーはスネイプの言葉なんか気にするなとシリウスに言いたかった。
スネイプはわざと挑発したんだ。シリウスがダンブルドアに言われたとおりに、グリモールド・プレイスに留まっているからといって、臆病者だなんて思う人は他に誰もいない。
しかし、ハリーには声をかける機会がなかった。
それに、シリウスの険悪な顔を見ていると、機会があっても、敢えてそう言うほうがいいのかどうか、迷いが起こることもあった。
その代わりハリーは、ロンとサクヤ、ハーマイオニーに、スネイプとの「閉心術」の授業のことを、こっそり話して聞かせた。
不思議なことに、サクヤとハーマイオニーは一瞬互いに顔を見合わせ、何かを確認したようだった。
「ダンブルドアは、あなたがヴォルデモートの夢を見なくなるようにしたいんだわ」
ハーマイオニーが即座に言った。
「まあね、そんな夢、見なくても困ることはないでしょ?」
「スネイプと課外授業?」
ロンは肝を潰した。
「僕なら、悪夢のほうがましだ!」
「スネイプ先生は容赦ないから……頑張ってな、ハリー」
サクヤは哀れみ半分、励まし半分の表情をしていた。
きっと心から応援の気持ちがあるのだろうが、逆にそれが恐ろしさを加速させていた。
次の日は、「
夜の騎士バス」に乗ってホグワーツに帰ることになっていた。
翌朝ハリー、ロン、サクヤ、ハーマイオニーが厨房に下りていくと、護衛につくトンクスとルーピンが朝食を食べていた。
ハリーがドアを開けたとき、大人たちはひそひそ話の最中だったらしい。全員がさっと振り向き、急に口をつぐんだ。
慌ただしい朝食の後、灰色の1月の朝の冷え込みに備え、全員上着やスカーフで身繕いした。
ハリーは胸が締めつけられるような不快な気分だった。シリウスに別れを告げたくなかった。この別れが何かいやだったし、次に会うのはいつなのかわからない気がした。
そして、 シリウスにバカなことはしないようにと言うのは、ハリーの役目のような気がした。
スネイプが臆病者呼ばわりしたことで、シリウスがひどく傷つき、いまやグリモールド・プレイスから抜け出す、何か無鉄砲な旅を計画しているのではないかと心配だった。
しかし、何と言うべきか思いつかないうちに、シリウスがハリーを手招きした。
「これを持っていってほしい」
シリウスは携帯版の本ぐらいの、不器用に包んだ何かを、ハリーの手に押しつけた。
「これ、何?」
ハリーが聞いた。
「スネイプが君を困らせるようなことがあったら、わたしに知らせる手段だ。いや、ここでは開けないで!」
シリウスはウィーズリーおばさんのほうを用心深く見た。
おばさんは双子に手編みのミトンを嵌めるように説得中だった。
「モリーは賛成しないだろうと思うんでね――でも、わたしを必要とするときには、君に使ってほしい。いいね?」
「オーケー」
ハリーは上着の内ポケットに包みをしまい込んだ。しかし、これが何であれ、決して使わないだろうと思った。
スネイプがこれからの「閉心術」の授業で、僕をどんなひどい目に遭わせても、シリウスを安全な場所から誘い出すのは、絶対に僕じゃない。
「それじゃ、行こうか」
シリウスはハリーの肩を叩き、つらそうに微笑んだ。
そして、ハリーが何も言えないでいるうちに、2人は上の階に上がり、重い鎖と閂の掛かった玄関扉の前で、ウィーズリー一家に囲まれていた。
「さよなら、ハリー。元気でね」
ウィーズリーおばさんがハリーを抱き締めた。
「またな、ハリー。私のために、蛇を見張っていておくれ」
ウィーズリーおじさんは、握手しながら朗らかに言った。
「うん――わかった」
ハリーは他のことを気にしながら答えた。
シリウスに注意するなら、これが最後の機会だ。ハリーは振り返り、名付け親の顔を見て口を開きかけた。
しかし、何か言う前に、シリウスは片腕でさっとハリーを抱き締め、ぶっきらぼうに言った。
「元気でな、ハリー」
次の瞬間、ハリーは凍るような冬の冷気の中に押し出されていた。
トンクスが(今日は背の高い、濃い灰色の髪をした田舎暮らしの貴族風の変装だった)、ハリーを追い立てるようにして階段を下りた。
12番地の扉が背後でバタンと閉じた。一行はルーピンに従いて入口の階段を下りた。
歩道に出たとき、ハリーは振り返った。
両側の建物が横に張り出し、12番地はその間に押し潰されるようにどんどん縮んで見えなくなっていった。
瞬きする間に、そこはもう消えていた。
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