The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
「ここ、何階だ?」
「6階だと思うわ」
ハーマイオニーが答えた。
「違うよ。5階だ」
ハリーが言った。
「もう1階――」
しかし、踊り場に足を掛けたとたん、ハリーは急に立ち止まった。
という札の掛かった廊下の入口に、小さな窓がついた両開きのドアがあり、ハリーはその窓を見つめていた。
ガラスに鼻を押しつけて、1人の男が覗いていた。
波打つ金髪、明るいブルーの眼、にっこりと意味のない笑いを浮かべ、輝くような白い歯を見せている。
「なんてこった」
ロンも男を見つめた。
「まあ、驚いた」
ハーマイオニーも気がつき、息が止まったような声を出した。
「ロックハート先生だ」
サクヤが名を呼んだ、かつての「闇の魔術に対する防衛術」の先生は、ドアを押し開け、こっちにやって来た。
ライラック色の部屋着を着ている。
「おや、こんにちは!」
先生が挨拶した。
「私のサインがほしいんでしょう?」
「あんまり変わっていないね?」
ハリーがジニーに囁いた。ジニーはニヤッと笑った。
「えーと――先生、お元気ですか?」
ロンはちょっと気が咎めるように挨拶した。
元はと言えば、ロンの杖が壊れていたせいで、ロックハート先生は記憶を失い、聖マンゴに入院する羽目になったのだ。
ただ、そのときロックハートは、ハリーとロンの記憶を永久に消し去ろうとしていたわけで、ハリーはそれほど同情していなかった。
「大変元気ですよ。ありがとう」
ロックハートは生き生きと答え、ポケットから少しくたびれた孔雀の羽根ペンを取り出した。
「さて、サインはいくつほしいですか?
私は、もう続け字が書けるようになりましたからね!」
「あー、サインは結構です」
彼の記憶があるときから嫌というほどサインを押し付けられそうになっていたサクヤが、昔を思い出すように答えた。
ロンはハリーに向かって眉毛をきゅっと吊り上げて見せた。
「先生、廊下をうろうろしていていいんですか?病室にいないといけないんじゃないですか?」
ハリーが聞いた。
ロックハートのにっこりがゆっくり消えていった。
しばらくの間ハリーをじっと見つめ、それからサクヤにも目を戻し、やがてこう言った。
「君たち、どこかでお会いしませんでしたか?」
「あー――ええ、会いました」
ハリーが答えた。
「あなたは、ホグワーツで、僕たちを教えていらっしゃいました。覚えてますか?」
「教えて?」
ロックハートは微かに狼狽えた様子で繰り返した。
「私が?教えた?」
それから突然笑顔が戻った。びっくりするほど突然だった。
「きっと、君たちの知っていることは全部私が教えたんでしょう?
さあ、サインはいかが?1ダースもあればいいでしょう。お友達に配るといい。
そうすれば、もらえない人は誰もいないでしょう!」
しかし、ちょうどそのとき、廊下の一番奥のドアから誰かが首を出し、声がした。
「ギルデロイ、悪い子ね。いったいどこをうろついていたの?」
髪にティンセルの花輪を飾った、母親のような顔つきの癒者が、ハリーたちに暖かく笑いかけながら、廊下の向こうから急いでやって来た。
「まあ、ギルデロイ、お客さまなのね!
よかったこと。しかもクリスマスの日にですもの!
あのね、この子には
誰もお見舞いにこないのよ。かわいそうに。どうしてなんでしょうね。こんなにかわい子ちゃんなのに。ねえ、坊や?」
「サインをしてたんだよ!」
ギルデロイは癒者に向かって、またにっこりと輝く歯を見せた。
「たくさんほしがってね。だめだって言えないんだ!写真が足りるといいんだけど!」
「おもしろいことを言うのね」
ロックハートの腕を取り、おませな2歳の子どもでも見るような目で、愛おしそうににっこりとロックハートに微笑みかけながら、癒者が言った。
「2,3年前まで、この人はかなり有名だったのよ。
サインをしたがるのは、記憶が戻りかけている予兆ではないかと、私たちはそう願っているんですよ。
こちらへいらっしゃいな。この子は隔離病棟にいるんですよ。
私がクリスマスプレゼントを運び込んでいる間に、抜け出したに違いないわ。
普段はドアに鍵が掛かっているの……この子が危険なのじゃありませんよ!でも」
癒者は声を落としていた。
「この子にとって危険なの。かわいそうに……自分が誰かもわからないでしょ。
ふらふら彷徨って、帰り道がわからなくなるの……。本当によく来てくださったわ」
「あの」
ロンが上の階を指差して、むだな抵抗を試みた。
「僕たち、実は――えーと――」
しかし、癒者がいかにもうれしそうに5人に笑いかけたので、ロンが力なく「お茶を飲みにいくところで」というブツブツ声は、尻すぼみに消えていった。
5人はしかたがないと顔を見合わせ、ロックハートと癒者に従いて廊下を歩いた。
「早く切り上げようぜ」
ロンがそっと言った。
癒者は
「ヤヌス・シッキー病棟」と書かれたドアを杖で指し、「
アロホモーラ」と唱えた。
ドアがパッと開き、癒者が先導して入った。ベッド脇の肘掛椅子に座らせるまで、ギルデロイの腕をしっかり捕まえたままだった。
「ここは長期療養の病棟なの」
ハリー、ロン、サクヤ、ハーマイオニー、ジニーに、癒者が低い声で教えた。
「呪文性の永久的損傷のためにね。
もちろん、集中的な治療薬と呪文と、ちょっとした幸運で、多少は症状を改善できます。
ギルデロイは少し自分を取り戻したようですし、ボードさんなんかは本当によくなりましたよ。話す能力を取り戻してきたみたいですもの。でもまだ私たちにわかる言語は何も話せませんけどね。
さて、クリスマス・プレゼントを配ってしまわないと。みんな、お話していてね」
ハリーはあたりを見回した。
この病棟は、間違いなく入院患者がずっと住む家だとはっきりわかるような印がいろいろあった。
ウィーズリーおじさんの病棟に比べると、ベッドの周りに個人の持ち物がたくさん置いてある。
たとえば、ギルデロイのベッドの頭の上の壁は写真だらけで、その全部がにっこり白い歯を見せて、訪問客に手を振っていた。
ギルデロイは、写真の多くに、子どもっぽいばらばらな文字で自分宛にサインしていた。
癒者が肘掛椅子に座らせたとたん、ギルデロイは新しい写真の山を引き寄せ、羽根ペンをつかんで夢中でサインを始めた。
「封筒に入れるといい」
サインし終わった写真を1枚ずつジニーの膝に投げ入れながら、ギルデロイが言った。
「私はまだ忘れられてはいないんですよ。まだまだ。
いまでもファンレターがどっさり来る……グラディス・ガージョンなんか
週1回くれる……
どうしてなのか知りたいものだけど……」
ギルデロイは言葉を切り、微かに不思議そうな顔をしたが、またにっこりして、再びサインに熱中した。
「きっと私がハンサムだからなんだろうね……」
サクヤが不意に、ジニーの膝からサイン入りの写真を取り上げた。
それから黙ったまま、2年生のときにはあれだけ嫌がっていたサインの手伝いを――こじゃれた封筒に写真を入れる作業を始めた。
反対側のベッドには、土気色の肌をした悲しげな顔の魔法使いが、天井を見つめて横たわっていた。
独りで何やらブツブツ呟き、周りのことはまったく気づかない様子だ。
2つ向こうのベッドには、頭全体に動物の毛が生えた魔女がいる。
ハリーは2年生のときハーマイオニーに同じようなことが起こったのを思い出した。
ハーマイオニーの場合は、幸い、永久的なものではなかった。
一番奥の2つのベッドには、周りに花柄のカーテンが引かれ、中の患者にも見舞い客にも、ある程度プライバシーが保てるようになっていた。
「アグネス、あなたの分よ」
癒者が明るく言いながら、毛むくじゃらの魔女に、クリスマス・プレゼントの小さな山を手渡した。
「ほーらね、あなたのこと、忘れてないでしょ?
それに息子さんがふくろう便で、今夜お見舞いにくると言ってよこしましたよ。よかったわね?」
アグネスは二声、三声、大きく吠えた。
「それから、ほうら、プロデリック、鉢植え植物が届きましたよ。それに素敵なカレンダー。
毎月違う種類の珍しいヒッポグリフの写真が載っているわ。これでパッと明るくなるわね?」
癒者は独り言の魔法使いのところにいそいそと歩いていき、ベッド脇の収納棚の上に、鉢植えを置いた。
長い触手をゆらゆらさせた、なんだか醜い植物だった。
それから杖で壁にカレンダーを貼った。
「それから――あら、ミセス・ロングボトム、もうお帰りですか?」
ハリーとサクヤの頭が思わずくるりと回った。
一番奥の2つのベッドを覆ったカーテンが開き、見舞い客が2人、ベッドの間の通路を歩いてきた。
人を寄せ付けない風貌の老魔女は、長い緑のドレスに、虫食いだらけの狐の毛皮を纏い、尖った三角帽子には紛れもなく本物のハゲタカの剥製が載っている。
後ろに従っているのは、打ちひしがれた顔の――
ネビルだ。_
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