The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
その日の午前中、ハリー以外のみんなは、クリスマスの飾りつけをした。
シリウスがこんなに上機嫌なのを、ハリーは見たことがなかった。クリスマス・ソングまで歌っている。
クリスマスを誰かと一緒に過ごせることが、うれしくてたまらない様子だ。
下の階から、ハリーが1人座っている寒々とした客間まで、床を通してシリウスの歌声が響いてきた。
空がだんだん白くなり、雪模様に変わるのを窓から眺めながら、ハリーは自虐的な満足感に浸っていた。
どうせサクヤが、昨日のことをみんなに話しただろう。きっとみんな、僕のことを話しているに違いない。
僕は、みんなが僕のことを話す機会を作ってやってるんだ。
ショックだろうな。僕は眠っているときのみならず、起きている状態で友人を襲ったんだ。
昼食どき、ウィーズリーおばさんが、下の階からやさしくハリーの名前を呼ぶのが聞こえたが、ハリーはもっと上の階に引っ込んで、おばさんを無視した。
夕方18時ごろ、玄関の呼び鈴が鳴り、ブラック夫人がまたしても叫びはじめた。
マンダンガスか、誰か騎士団のメンバーが来たのだろうと思い、ハリーは、バックビークの部屋の壁に寄り掛かり、より楽な姿勢で落ち着いた。
ハリーはそこに隠れ、ヒッポグリフにネズミの死骸をやりながら、自分の空腹を忘れようとしていた。
それから数分後、誰かがドアを激しく叩く音がして、ハリーは不意を衝かれた。
「そこにいるのはわかってるわ」
ハーマイオニーの声だ。
「お願い、出てきてくれない?話があるの」
「なんで、
君がここに?」
ハリーはドアをぐいと引いて開けた。
バックビークは、食いこぼしたかもしれないネズミの欠けらを漁って、また藁敷きの床を引っ掻きはじめた。
「パパやママと一緒に、スキーに行ってたんじゃないの?」
ハリーはそこまで言って、
ああ、と思い至った。
そりゃ、恋人が親友に襲われたって聞けば、どこからだって飛んでくるだろう。
「あのね、ほんとのことを言うと、スキーって、どうも私の趣味じゃないのよ」
ハーマイオニーが続けて言った。
「それで、ここでクリスマスを過ごすことにしたの」
ハーマイオニーの髪には雪がついていたし、頬は寒さで紅くなっていた。
「でも、ロンには言わないでね。
ロンが散々笑うから、スキーはとってもおもしろいものだって、そう言ってやったの。
パパもママもちょっとがっかりしてたけど、私、こう言ったの。試験に真剣な生徒は全員ホグワーツに残って勉強するって。
2人とも私にいい成績を取ってほしいから、納得してくれたわ。とにかく」
ハリーの疑問符に気づかないまま、ハーマイオニーは元気よく言った。
「あなたの部屋に行きましょう。ロンのママが部屋に火を焚いてくれたし、サンドイッチも届けてくださったわ」
ハーマイオニーのあとに従いて、ハリーは3階に下りた。
彼女の態度から察するに、もしかして、サクヤは昨日のことを話してないのだろうか……?
部屋に入ると、ロンとジニーがロンのベッドに腰掛け、それに対面する形でハリーのベッドにサクヤが座って待っているのが見え、ハリーはかなり驚いた。
「私『
夜の騎士バス』に乗ってきたの」
ハリーに口を開く間も与えず、ハーマイオニーは上着を脱ぎながら、気楽に言った。
「正式に学期が終わるのを待ってから出発しないといけなかったから、こんなに遅くなっちゃった。
あなたたちにまんまと逃げられて、アンブリッジがもうカンカンなの。
ダンブルドアは、ウィーズリーさんが聖マンゴに入院中で、あなたたちにお見舞いにいく許可を与えたって説明したんだけど。ところで……」
ハーマイオニーはサクヤの隣に腰掛け、ロンとジニー、4人でハリーを見た。
「気分はどう?」
ハーマイオニーが聞いた。
「最悪だよ」
ハリーは不貞腐れながら言った。
「サクヤもそうだろ?」
半ば八つ当たりするように話を振ると、ハーマイオニーたちの視線がサクヤに集まった。
「あれ、みんなには言ってないの?僕が君にひどいことをしたって」
ハリーが、まるで今気がついたみたいにそう尋ねると、サクヤは短く息を吐いて口を開いた。
「言ったさ。
ハリーは、今ヴォルデモートに心を乱されていて、ひどい状態だってね。
オレはハリーに、ひどいことなんてされてない。ハリーが自分で気づいてくれたから」
「そうかい。お気遣いどうも」
「ハリー、無理するもんじゃないわ」
ハーマイオニーが焦れったそうに言った。
「聞いたわよ。聖マンゴから帰ってから、ずっとみんなを避けているって」
「君たちがそう言ったのか?」
ハリーは3人を睨んだ。
ロンは足下に目を落としたが、サクヤとジニーはまったく気後れしていないようだった。
「だって本当だもの!」
ジニーが言った。
「それに、あなたは誰とも目を合わせないわ!」
「サクヤと目が合ったら恐ろしい衝動に襲われたんだ!そりゃ、そうなるだろ!」
ハリーは怒った。
あんな気持ちになったことなんて、誰もあるはずがない。
「ねえ、全然わかってもらえないなんて思うのはおよしなさい」
ハーマイオニーがハリーの気持ちを見透かしたように、厳しく言った。
「みんなが昨夜『伸び耳』で盗み聞きしたことを話してくれたんだけど――」
「へーえ?」
いまやしんしんと雪の降りだした外を眺めながら、ハリーは両手を深々とポケットに突っ込んで唸るように言った。
「みんな、僕のことを話してたんだろう?まあ、僕はもう慣れっこだけど」
「今、ハリーはハリーなりに耐えて、頑張ってる。
それならみんなで話をして気持ちを少しでも共有できたらいいねって、そういう話をしてた」
サクヤが辛抱強く言った。
「私たち、
あなたと話したかったのよ、ハリー」
ジニーが言った。
「だけど、あなたったら、帰ってきてからずっと隠れていて――」
「僕、誰にも話しかけてほしくなかった」
ハリーは、だんだんイライラが募るのを感じていた。
「あら、それはちょっとおバカさんね」
ジニーが怒ったように言った。
「『あの人』に取り憑かれたことのある人って、私以外にいないはずよ。
それがどういう感じなのか、私なら教えてあげられるわ」
ジニーの言葉の衝撃で、ハリーはじっと動かなかった。
やがて、その場に立ったまま、ハリーはジニーのほうに向き直った。
「僕、忘れてた」
ハリーが言った。
「幸せな人ね」
ジニーが冷静に言った。
「ごめん」
ハリーは心からすまないと思った。
「それじゃ……それじゃ、君は僕が取り憑かれていると思う?」
「そうね、あなた、自分のやったことを全部思い出せる?」
ジニーが聞いた。
「何をしようとしていたのか思い出せない、大きな空白期間がある?」
ハリーは必死で考えた。
「ない」
ハリーが答えた。
「それじゃ、『例のあの人』はあなたに取り憑いたことはないわ」
ジニーは事もなげに言った。
「あの人が私に取り憑いたときは、私、何時間も自分が何をしていたか思い出せなかったの。
どうやって行ったのかわからないのに、気がつくとある場所にいるの」
ハリーはジニーの言うことがとうてい信じられないような気持ちだったが、思わず気分が軽くなっていた。
「でも、僕の見た、君のパパと蛇の夢は――」
「ハリー、あなた、前にもそういう夢を見たことがあったわ」
ハーマイオニーが言った。
「先学期、ヴォルデモートが何を考えているかが突然閃いたことがあったでしょう」
「今度のは違う」
ハリーが首を横に振りながら言った。
「僕は蛇の
中にいた。
僕自身が蛇みたいだった……。ヴォルデモートが僕をロンドンに運んだんだとしたら?」
「まあ、そのうち」
ハーマイオニーががっくりしたような声を出した。
「あなたも読むときが来るかもしれないわね、『ホグワーツの歴史』を。
そしたらたぶん思い出すと思うけど、ホグワーツの中では『姿現わし』も『姿くらまし』もできないの。
ハリー、ヴォルデモートだって、あなたを寮から連れ出して飛ばせるなんてことはできないのよ」
「君はベッドを離れてないぜ、おい」
ロンが言った。
「僕、君が眠りながらのた打ち回っているのを見たよ。僕たちが叩き起こすまで少なくとも1分ぐらい」
「それに、ウィーズリーさんが襲われたことは現実だけど、それをオレたちが見たことについては、確かに頭の中で起こった出来事だってのは、オレが証明できる。
オレは起きてるときにその光景を見たし、その意識のなかにハリーがいることを確実に感じ取ってた」
ハリーは考えながら、また部屋の中を往ったり来たりしはじめた。
みんなが言っていることは、単に慰めになるばかりでなく、理屈が通っている。
……ほとんど無意識に、ハリーはベッドの上に置かれた皿からサンドイッチを取り、ガツガツと口に詰め込んだ。
結局ぼくは武器じゃないんだ、とハリーは思った。
幸福な、ほっとした気持ちが胸を膨らませた。
シリウスがバックビークの部屋に行くのに、クリスマス・ソングの替え歌を大声で歌いながら、ハリーたちのいる部屋の前を足音も高く通り過ぎていった。
「♪
世のヒッポグリフ忘るな、クリスマスは……」
ハリーは一緒に歌いたい気分だった。
クリスマスにプリベット通りに帰るなんて、どうしてそんなとんでもないことを考えたんだろう?
シリウスは、館がまたにぎやかになったことが、とくにハリーが戻っていることがうれしくてたまらない様子だ。
その気持ちにみんなも感染していた。
シリウスはもう、この夏の不機嫌な家主ではなく、みんながホグワーツでのクリスマスに負けないぐらい楽しく過ごせるようにしようと決意したかのようだった。
クリスマスを目指し、シリウスは、みんなに手伝わせて掃除をしたり、飾りつけをしたりと、疲れも見せずに働いた。
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