The ounder of rphan X 
 -総受男装ハーマイオニー百合夢-




さあ、そうすべきなら、とハリーは思った。ぐずぐずしている意味はない。
予想より6ヶ月も早く、戸口にハリーの姿を見つけたダーズリー一家の反応など考えまいと必死で努力しながら、ハリーはつかつかとトランクに近づいた。

「ハリー……?」

サクヤがベッドから立ち上がったのを無視して、ハリーはトランクの蓋をぴしゃりと閉めて鍵を掛け、つい習慣でヘドウィグを探した。
そして、ヘドウィグがまだホグワーツにいることを思い出した――まあ、籠がないぶん荷物が少なくなる――ハリーはトランクの片端をつかみ、ドアのほうへ引っ張った。

「ハリー、どこに行くんだ?」

サクヤが困惑した声で聞いた。

「決まってるじゃないか。
ダーズリーたちのところに帰る。僕がここにいたらみんなが危険だ」

ハリーが振り返ることなくそう答えたとき、トランクがドアと反対側にぐいっと引っぱられた。

「ダメだ、それこそ危ないだろ。みんなのそばにいるべきだ」

ハリーはイライラした。
なぜ分からないんだ?僕にヴォルデモートが取り憑いてるって、サクヤも知ってることじゃないか?
ハリーはさらに強くトランクを引っ張って、扉を目指した。
しかし、少しだけ進んだところで、今度は腕を引っ張られて止められた。

「ダメったら、ダメだ。
分かるだろ?ハリーが1人孤立するなんて、あいつの思うつぼだって――」

ハリーは自分の癇癪を止められなかった。
次の瞬間には、掴まれていた腕を振りほどき、サクヤを突き飛ばしていた。

「っサクヤこそ分からないのか!?
僕に危険が及ぶんじゃない、僕が危険なんだ


振り返って床に倒れ込んだサクヤを見た瞬間、ハリーはしまった、とハッとした。
しかし、すぐに助け起こそうと身を屈めたとき、またしても自分が自分ではない何かになったような暴力的な衝動がハリーを襲い、サクヤの上に馬乗りになっていた。
この娘に噛みつくべきか、絞め殺すべきか――見開かれた金色の目を覗き込んだとき、ハリーはどうしようもない乾きを感じて喉を鳴らした。

――いや、サクヤが欲しい。

ハリーは彼女の手首をグッと握って床に押し付けた。サクヤが短く、ヒュッと息を吸って、拘束から逃れようと身じろいだ。
違う、なんてことをしているんだ僕は!

「……っ、ごめん」

我に返ったハリーが、ぱっとサクヤの手首を解放した。
サクヤの上から、サクヤの目から逃げるように退くと、ハリーはまた背を向けて震える呼吸を整えようと深く息を吸った。

「ハリー?」

こちらの様子を窺うように発せられたサクヤの声色は、ハリーとは裏腹に静かで、震えてなどいなかった。怯えるべきは、彼女なのに。
ハリーはいたたまれなくなって、首を横に振った。

「ごめん、本当に。
でも、分かっただろ、僕が危険なんだってこと。
この部屋から出ていったりしないから、サクヤももう、自分の部屋に戻ってくれ……お願いだ」

「……わかった」

ハリーはうつむいたまま、大人しく引き下がってくれたサクヤが、扉の前へ移動する気配を感じた。

「夕飯の時間になったら起こしに来るから、ちゃんと休んでてよ」

そう言い残してサクヤが2人部屋を出て行った。
ハリーは扉がきちんと閉められるのを感じ取ってようやく、顔を上げ部屋を見回すことができた。
トランクは転がり、虫食いだらけのカーペットが、さっきまでサクヤがいたところだけくしゃくしゃに歪んでいた。
ハリーはのっそりとトランクの片側を再び持ち上げ、先ほどと同じようにドアを目指して引きずりはじめた。
半分ほど進んだとき、嘲るような声が聞こえた。

「友人に嘘をついて逃げ出すのかね?」

あたりを見回すと、肖像画のキャンバスにフィニアス・ナイジェラスがいた。額縁に寄り掛かり、愉快そうにハリーを見つめていた。

「逃げるんじゃない。違う」

ハリーはトランクをもう数十cm引っ張りながら、短く答えた。

「私の考え違いかね」

フィニアス・ナイジェラスは尖った顎ひげを撫でながら言った。

「グリフィンドール寮に属するということは、君は勇敢なはずだが?
どうやら、私の見るところ、君は私の寮のほうが合っていたようだ。我らスリザリン生は、目的のためなら嘘すら手段にするし、勇敢だ。然り。だが、愚かではない。
たとえば、選択の余地があれば、我らは常に、自分自身を救うほうを選ぶ」

「僕は自分を救うんじゃない」

ドアのすぐ手前で、虫食いカーペットがことさら凸凹している場所を越えるのに、トランクをぐいと引っ張りながら、ハリーは素っ気なく答えた。

「ほう、そうかね」

フィニアス・ナイジェラスが相変わらず顎ひげを撫でながら言った。

「尻尾を巻いて逃げるわけではない――気高い自己犠牲というわけだ」

ハリーは聞き流して、手をドアの取っ手に掛けた。
するとフィニアス・ナイジェラスが面倒臭そうに言った。

「アルバス・ダンブルドアからの伝言があるんだがね」

ハリーはくるりと振り向いた。

「どんな?」

「動くでない」

「動いちゃいないよ!」

ハリーはドアの取っ手に手を掛けたまま言った。

「それで、どんな伝言ですか?」

「いま、伝えた。愚か者」

フィニアス・ナイジェラスがさらりと言った。

「ダンブルドアは『動くでない』と言っておる」

「どうして?」

ハリーは、聞きたさのあまり、トランクを取り落とした。

「どうしてダンブルドアも僕にここにいてほしいわけ?ほかには何か言わなかったの?」

「いっさい何も」

フィニアス・ナイジェラスは、ハリーを無礼なやつだと言いたげに、黒く細い眉を吊り上げた。
ハリーの癇癪が、丈の高い草むらから蛇が鎌首をもたげるようにまた迫り上がってきた。ハリーは疲れ果て、どうしようもなく混乱していた。
この12時間の間に、恐怖を、安堵を、そしてまた恐怖を経験したのに、それでもまだ、ダンブルドアは僕と話そうとはしない!

「それじゃ、たったそれだけ?」

ハリーは大声を出した。

「『動くな』だって?
僕が吸魂鬼に襲われたあとも、みんなそれしか言わなかった!
ハリーよ、大人たちが片づける間、ただ動かないでいろ!ただし、君には何も教えてやるつもりはない。君のちっちゃな脳みそじゃ、とても対処できないだろうから!」

「いいか」

フィニアス・ナイジェラスが、ハリーよりも大声を出した。

「これだから、私は教師をしていることが身震いするほどいやだった!
若いやつらは、何でも自分が絶対に正しいと、鼻持ちならん自信を持つ。思い上がりの哀れなお調子者め。
ホグワーツの校長が、自分の全てをいちいち詳細に明かさないのは、たぶん歴とした理由があるのだと、考えてみたかね?
不当な扱いだと感じる暇があったら、ダンブルドアの命令に従った結果、君に危害が及んだことなど一度もなかったと考えてみたことはないのか?
いや、いや、君もほかの若い連中と同様、自分だけが感じたり考えたりしていると信じ込んでいるのだろう。
自分だけが危険を認識できるし、自分だけが賢くて闇の帝王の全てを理解できるのだと」

「それじゃ、あいつが僕のことで何か企ててるんだね?」

ハリーがすかさず聞いた。

「そんなことを言ったかな?」

フィニアス・ナイジェラスは絹の手袋をもてあそびながら嘯いた。

「さてと、失礼しよう。思春期の悩みなど聞くより、大事な用事があるのでね……さらば」

フィニアスは、ゆっくりと額縁のほうに歩いていき、姿を消した。

「ああ、勝手に行ったらいい!」

ハリーは空の額に向かって怒鳴った。

「ダンブルドアに、何にも言ってくれなくてありがとうって伝えて!」

空のキャンバスは無言のままだった。
ハリーはカンカンになって、トランクをベッドの足元まで引きずって戻り、虫食いだらけのベッドカバーの上に、うつ伏せに倒れ、目を閉じた。身体が重く、痛んだ。

まるで何千kmもの旅をしたような気がした……チョウ・チャンがヤドリギの下で近づいてきてから、まだ24時間と経っていないなんて、信じられない……。
疲れていた……眠るのが怖かった……それでも、あとどのくらい眠気に抵抗できるか……。
ダンブルドアが動くなと言った……つまり、眠ってもいいということなんだ……でも、恐ろしい……また同じことが起こったら?またサクヤが察知して来てくれるだろうか?
心の底から、申し訳なさがあふれてきた……どうして彼女に対して、あんな気持ちになったのだろう……ハリーはもそりと寝返りを打って、薄暗がりの中に沈んでいった……。

まるで頭の中で、映像フィルムが映写を待ち構えていたようだった。
ハリーは、真っ黒な扉に向かう人気のない廊下を歩いていた。
ごつごつした石壁を通り、いくつもの松明を通り過ぎ、左側の、下に続く石段の入口の前を通り……。

ハリーは黒い扉に辿り着いた。しかし、開けることができない。
……ハリーはじっと扉を見つめて佇んでいた。無性に入りたい……欲しくてたまらない何かが扉の向こうにある……夢のようなご褒美が……傷痕の痛みが止まってくれさえしたら……そうしたら、もっとはっきり考えることができるのに……。

「ハリー」

どこかずっと遠くから、ロンの声がした。

「ママが、夕食の支度ができたって言ってる。でも、まだベッドにいたかったら、君の分を残しておくってさ」

ハリーは目を開けた。しかし、ロンはもう部屋にはいなかった。
サクヤじゃなかったな。誰も僕と2人きりになりたくないんだ。とハリーは思った。
ムーディが言ったことを聞いたあとだもの。
自分の中に何がいるのかを知ってしまった以上、みんな僕にいてほしくないだろうと、ハリーは思った。
夕食に下りていくつもりはない。無理やり僕と一緒にいてもらうつもりもない。
ハリーはまた寝返りを打ち、まもなくまた眠りに落ちた。
目が覚めたのはかなり時間が経ってからで、明け方だった。空腹で胃が痛んだ。ロンは隣のベッドでいびきをかいている。
目を凝らして部屋の中を見回すと、フィニアス・ナイジェラスが再び肖像画の額の中に立っている、黒い輪郭が見えた。
たぶんダンブルドアは、ハリーがまた誰かを襲わないように、フィニアス・ナイジェラスを見張りに送ってよこしたのだと思い当たった。

穢れているという思いが激しくなった。
ハリーは半ば後悔した。ダンブルドアの言うことに従わないほうがよかった……。
グリモールド・プレイスでの暮らしが、これからずっとこんなふうなら、結局プリベット通りのほうがましだったかもしれない。




_

( 145/190 )
[prev] [next]
[back]
[しおりを挟む]



- ナノ -