The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
次にダンブルドアは、繊細な銀の道具を1つ、素早く拾い上げて机に運んできた。
ハリーにはその道具が何をするものなのか、まったくわからなかった。
ダンブルドアはマクゴナガル先生の隣に、ハリーたち4人と向き合って座り、道具を杖の先でそっと叩いた。
道具はすぐさま独りでに動きだし、リズムに乗ってチリンチリンと鳴った。
てっぺんにあるごく小さな銀の管から、薄緑色の小さな煙がポッポッと上がった。
ダンブルドアは眉根を寄せて、煙をじっと観察した。
数秒後、ポッポッという煙は連続的な流れになり、濃い煙が渦を巻いて昇った……蛇の頭がその先から現れ、口をかっと開いた。
ハリーは、この道具が自分の話を確認してくれるのだろうかと考えながら、そうだという印がほしくて、ダンブルドアをじっと見つめたが、ダンブルドアは顔を上げなかった。
「なるほど、なるほど」
ダンブルドアは独り言を言っているようだった。
驚いた様子をまったく見せず、煙の立ち昇るさまを観察している。
「しかし、本質的に分離しておるか?」
ハリーはこれがどういう意味なのか、ちんぷんかんぷんだった。
しかし、煙の蛇はたちまち3つに裂け、3匹とも暗い空中にくねくねと立ち昇った。
ダンブルドアは厳しい表情に満足の色を浮かべて、道具をもう一度杖でそっと叩いた。
チリンチリンという音が緩やかになり、鳴りやんだ。煙の蛇はぼやけ、形のない霞となって消え去った。
ダンブルドアはその道具を、元の細い小さなテーブルに戻した。
ハリーは、歴代校長の肖像画の多くがダンブルドアを目で追っていることに気づいたが、ハリーに見られていることに気がつくと、みんな慌ててまた寝たふりをするのだった。
あの不思議な銀の道具が何をするものかとハリーが聞こうとしたが、その前に、右側の壁のてっぺんから大声がして、エバラードと呼ばれた魔法使いが、少し息を切らしながら自分の肖像画に戻ってきた。
「ダンブルドア!」
「どうじゃった?」
ダンブルドアがすかさず聞いた。
「誰かが駆けつけてくるまで叫び続けましたよ」
魔法使いは背景のカーテンで額の汗を拭いながら言った。
「下の階で何か物音がすると言ったのですがね――みんな半信半疑で、確かめに下りていきましたよ――ご存知のように、下の階には肖像画がないので、私は覗くことはできませんでしたがね。
とにかく、まもなくみんながその男を運び出していきました。よくないですね。血だらけだった。
もっとよく見ようと思いましてね、出ていく一行を追いかけてエルフリーダ・クラッグの肖像画に駆け込んだのですが――」
「ごくろう」
ダンブルドアがそう言う間、ロンは堪えきれないように身動きした。
「なれば、ディリスが、その男の到着を見届けたじゃろう――」
まもなく、銀色の巻き毛の魔女も自分の肖像画に戻ってきた。
咳き込みながら肘掛椅子に座り込んで、魔女が言った。
「ええ、ダンブルドア、みんながその男を聖マンゴに運び込みました……。
私の肖像画の前を運ばれていきましたよ……ひどい状態のようです……」
「ごくろうじゃった」
ダンブルドアはマクゴナガル先生のほうを見た。
「ミネルバ、ウィーズリーの子どもたちを起こしてきておくれ」
「わかりました……」
マクゴナガル先生は立ち上がって、素早く扉に向かった。
ハリーは横目でちらりとロンを見た。ロンは怯えた顔をしていた。
「それで、ダンブルドア――モリーはどうしますか?」
マクゴナガル先生が扉の前で立ち止まって聞いた。
「それは、近づくものを見張る役目を終えた後の、フォークスの仕事じゃ」
ダンブルドアが答えた。
「しかし、もう知っておるかもしれん……あのすばらしい時計が……」
ダンブルドアは、時間ではなく、ウィーズリー家の1人ひとりがどこでどうしているかを知らせるあの時計のことを言っているのだと、ハリーにはわかった。
ウィーズリーおじさんの針が、いまも「
命が危ない」を指しているに違いないと思うと、ハリーは胸が痛んだ。
しかし、もう真夜中だ。ウィーズリーおばさんはたぶん眠っていて、時計を見ていないだろう。
まね妖怪がウィーズリーおじさんの死体に変身したのを見たときのおばさんのことを思い出すと、ハリーは身体が凍るような気持ちだった。
眼鏡がずれ、顔から血を流しているおじさんの姿だった……だけど、ウィーズリーおじさんは死ぬもんか……死ぬはずがない……。
重苦しい空気のなか、サクヤは祈るように手を組み、その上に額を載せてうな垂れていた。ハーマイオニーもまた、胸にあふれる不安を紛らわすようにサクヤにぴったりとくっついて座り、落ち着きなくダンブルドアの動向を目で追っている。
ダンブルドアは今度はハリーとロンの背後にある戸棚をゴソゴソ掻き回していた。
中から黒ずんだ古いヤカンを取り出し、机の上にそっと置くと、ダンブルドアは杖を上げて「ポータス!」と唱えた。サクヤがパッと顔を上げた。
ヤカンが一瞬震え、奇妙な青い光を発した。そして震えが止まると、元どおりの黒さになった。
ダンブルドアはまた別な肖像画に歩み寄った。
今度は尖った山羊ひげの、賢しそうな魔法使いだ。
スリザリン・カラーの緑と銀のローブを着た姿に描かれた肖像画は、どうやらぐっすり眠っているらしく、ダンブルドアが声をかけても聞こえないようだった。
「フィニアス、
フィニアス」
部屋に並んだ肖像画の主たちは眠ったふりをやめ、状況をよく見ようと、それぞれの額の中でもぞもぞ動いていた。
賢しそうな魔法使いがまだ狸寝入りを続けているので、何人かが一緒に大声で名前を呼んだ。
「フィニアス!
フィニアス!フィニアス!」
もはや眠ったふりはできなかった。
芝居がかった身振りでぎくりとし、その魔法使いは目を見開いた。
「誰か呼んだかね?」
「フィニアス。あなたの別の肖像画を、もう一度訪ねてほしいのじゃ」
ダンブルドアが言った。
「また伝言があるのでな」
「私の別な肖像画を?」
甲高い声でそう言うと、フィニアスはゆっくりと嘘欠伸をした(フィニアスの目が部屋をぐるりと見回し、ハリーのところで止まった)。
「いや、ご勘弁願いたいね、ダンブルドア、今夜はとても疲れている」
フィニアスの声には聞き覚えがある。いったいどこで聞いたのだろう?
しかし、ハリーが思い出す前に、壁の肖像画たちが轟々たる非難の声をあげた。
「貴殿は不服従ですぞ!」
赤鼻の、でっぷりした魔法使いが、両手の拳を振り回した。
「職務放棄じゃ!」
「我々には、ホグワーツの現職校長に仕えるという盟約がある!」
ひ弱そうな年老いた魔法使いが叫んだ。
ダンブルドアの前任者のアルマンド・ディペットだと、ハリーは知っていた。
「フィニアス、恥を知れ!」
「私が説得しましょうか?ダンブルドア?」
鋭い目つきの魔女が、生徒の仕置きに使う
樺の木の棒ではないかと思われる、異常に太い杖を持ち上げながら言った。
「ああ、
わかりましたよ」
フィニアスと呼ばれた魔法使いが、少し心配そうに杖に目をやった。
「ただ、あいつがもう、私の肖像画を破棄してしまったかもしれませんがね。なにしろあいつは、家族のほとんどの――」
「シリウスは、あなたの肖像画を処分すべきでないことを知っておる」
ダンブルドアの言葉で、とたんにハリーは、フィニアスの声をどこで聞いたのかを思い出した。
グリモールド・プレイスのハリーの寝室にあった、一見何の絵も入っていない額縁から聞こえていたあの声だ。
「シリウスに伝言するのじゃ。
『アーサー・ウィーズリーが重傷で、妻と子どもたち、それからハリー・ポッターとサクヤ・フェリックスが間もなくそちらの家に到着する』――よいかな?」
「アーサー・ウィーズリー負傷、妻子とポッター、フェリックスがあちらに滞在」
フィニアスが気乗りしない調子で復唱した。
「はい、はい……わかりましたよ……」
その魔法使いが額縁に潜り込み、姿を消したとたん、再び扉が開き、フレッド、ジョージ、ジニーがマクゴナガル先生に導かれて入ってきた。
3人とも、ぼさぼさ頭にパジャマ姿で、ショックを受けていた。
「ハリー、サクヤ――いったいどうしたの?」
ジニーが恐怖の面持ちで聞いた。
「マクゴナガル先生は、あなたたちが、パパの怪我するところを見たっておっしゃるの――」
「お父上は、『不死鳥の騎士団』の任務中に怪我をなさったのじゃ」
ハリーやサクヤが答えるより先に、ダンブルドアが言った。
「お父上は、もう『聖マンゴ魔法疾患傷害病院』に運び込まれておる。
きみたちをシリウスの家に送ることにした。病院へは『隠れ穴』よりそのほうがずっと便利じゃからの。お母上とは向こうで会える」
「どうやって行くんですか?」
フレッドも動揺していた。
「
煙突飛行粉で?」
「いや」
ダンブルドアが言った。
「煙突飛行粉は、現在、安全ではない。『煙突網』が見張られておる。
移動キーに乗るのじゃ」
ダンブルドアは、何食わぬ顔で机に載っている古いヤカンを指した。
「いまはフィニアス・ナイジェラスが戻って報告するのを待っているところじゃ……きみたちを送り出す前に、安全の確認をしておきたいのでな」
「あの――ダンブルドア先生、よろしいですか?」
サクヤが静かに口を開いた。
「先生は、その、もうオレが学校の外に出ても大丈夫だと、そうお考えですか?
つまり――『特訓』が終わったから――?」
状況が状況ではあるが、サクヤにとっては、実に1年半ぶりの外出となるのだ。
緊張した面持ちのサクヤを、ダンブルドアはじっと見つめた。
「ああ、そう考えておる。
君は、スネイプ先生の厳しい合格ラインを超え、そして先ほどの折、きちんと抵抗を成功させた。そうじゃろう?
それに、今回の行き先はグリモールド・プレイス――あらゆる方法で守られておる『騎士団』の本部じゃ。
そこからさらに外出するときも、必ずメンバーが同行する。彼らのそばを離れぬようにの」
ダンブルドアが続けた。
「不安はあるじゃろうが、いつまでもここにいるわけにはいかぬのも、君は分かっておると思う。
我々も十分な想定と対策をもって、君に同行しよう。しかし決して、油断はしないことじゃ」
「……はい」
サクヤがこっくりと頷いた。
ダンブルドアの言う通りだ。3ヵ月のつらい訓練を経て身に付けた閉心術は、宝物のように大事にとっておくものじゃない。これを武器の1つにして立ち向かわなければ、頑張った意味などない。サクヤはそう思った。
「それから、ハーマイオニー」
ダンブルドアがサクヤの隣へと目を向けた。
ハーマイオニーは丸まっていた背筋をぴんと伸ばした。
「ウィーズリーの家族と事件の目撃者たちは、アーサーの安否を一刻も早く知る必要があるが、君はまだ彼らと一緒に行くべきではない。
夜が明け、本来の然るべきタイミングで、正規の手続きを踏んでからの訪問が最も適切じゃとわしは考える。それでよいな?」
「あの――はい、私もそう思います……」
当然、ハーマイオニーだって今すぐ駆け付けたい気持ちなのだろう。
しかし、彼女は冷静だった。自分の気持ちを託すように、サクヤの腕をさすっていた。
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