The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
30分後、ハリーが談話室に戻ると、サクヤとロン、ハーマイオニーは暖炉のそばの特等席に収まっていた。
他の寮生はほとんど寝室に引っ込んでしまったらしい。
ハーマイオニーは長い手紙を書いていた。もう羊皮紙ひと巻きの半分が埋まり、テーブルの端から垂れ下がっている。
サクヤはハーマイオニーの肩に顎を乗せ、うとうととしながら、だらりとそれを見守っていた。
ロンは暖炉マットに寝そべり、「変身術」の宿題に取り組んでいた。
「なんで遅くなったんだい?」
ハリーがハーマイオニーとサクヤが座っている椅子の隣にある肘掛椅子に身を沈めると、ロンが聞いた。
ハリーは答えなかった。ショック状態だった。
いま起こったことを3人に言いたい気持ちと、秘密を墓場まで持って行きたい気持ちが半分半分だった。
「大丈夫?ハリー?」
顔を上げたサクヤがハーマイオニーの肩越しにハリーを見つめた。
ハーマイオニーも羽根ペンの手を止め、ハリーに目をやった。
ハリーは曖昧に肩をすくめた。正直言って、大丈夫なのかどうか、わからなかった。
「どうした?」
ロンがハリーをよく見ようと、片肘をついて上体を起こした。
「何があった?」
ハリーはどう話を切り出していいやらわからず、話したいのかどうかさえはっきりわからなかった。
何も言うまいと決めたそのとき、ハーマイオニーがハリーの手から主導権を奪った。
「チョウのことよね?」
ハーマイオニーが真顔できびきびと聞いた。
「会合のあとで、迫られたの?」
驚いてぼーっとなり、ハリーはこっくりした。
ロンが冷やかし笑いをしたが、ハーマイオニーにひと睨みされて真顔になった。
「それで――えー――彼女、何を迫ったんだい?」
ロンは気軽な声を装ったつもりらしい。
「チョウは――」
ハリーは嗄れ声だった。
咳払いをして、もう一度言い直した。
「チョウは――あー――」
「キスしたの?」
ハーマイオニーがてきぱきと聞いた。
サクヤはにこにこ顔でハリーを見つめ、ロンはガバッと起き上がり、インク壺が弾かれてマット中にこぼれた。そんなことはまったくおかまいなしに、ロンはハリーを穴が空くほど見つめた。
「んー?」
ロンが促した。
ハリーは、好奇心と浮かれだしたい気持ちが入り交じったロンの顔から、ちょっとしかめっ面のハーマイオニーへと視線を移し、にっこり顔のサクヤを見て、こっくりした。
「
ひゃっほう!」
ロンは拳を突き上げて勝利の仕種をし、それから思いっきりやかましいバカ笑いをした。
窓際にいた気の弱そうな2年生が数人飛び上がった。
ロンが暖炉マットを転げ回って笑うのを見ていたハリーの顔に、ゆっくりと照れ笑いが広がった。
ハーマイオニーは、最低だわ、という目つきでロンを見ると、また手紙を書き出した。
「おめでとう、ハリー」
サクヤが喜びで上ずった声で言った。
「それで?」
ようやく収まったロンが、ハリーを見上げた。
「どうだった?」
ハリーは一瞬考えた。
「濡れてた」
本当のことだった。
ロンは歓喜とも嫌悪とも取れる、なんとも判断し難い声を漏らした。
「だって、泣いてたんだ」
ハリーは重い声でつけ加えた。
「へえ」
ロンの笑いが少し翳った。
「君、そんなにキスが下手くそなのか?」
「さあ」
ハリーは、そんなふうには考えてもみなかったが、すぐに心配になった。
「たぶんそうなんだ」
「そんなことないよ、もちろん」
サクヤは相変わらず上体をハーマイオニーに預けたまま、気楽に言った。
「どうしてわかるんだ?」
ロンが切り込んだ。
「分からない?チョウったら、このごろ半分は泣いてばっかり」
顔を上げたハーマイオニーが曖昧に答えた。
「食事のときとか、トイレとか、あっちこっちでよ」
「ちょっとキスしてやったら、元気になるんじゃないのかい?」
ロンがニヤニヤした。
「ロン」
ハーマイオニーはインク壺に羽根ペンを浸しながら、厳めしく言った。
「あなたって、私がお目にかかる光栄に浴した鈍感な方たちの中でも、とびきり最高だわ」
「それはどういう意味でございましょう?」
ロンが憤慨した。
「キスされながら泣くなんて、どういうやつなんだ?」
「まったくだ」
ハリーは弱り果て、縋る思いで聞いた。
「泣く人なんているかい?」
ハーマイオニーはほとんど哀れむように2人を見た。
サクヤがなんとも言えない表情でハリーを見ているのを肩で感じながら、ハーマイオニーが辛抱強く言った。
「チョウがいまどんな気持ちなのか、あなたたちにはわからないの?」
「わかんない」
ハリーとロンが同時に答えた。
ハーマイオニーは今年の夏休みのことを思い出しながら、ため息をつくと、羽根ペンを置いた。
「あのね、チョウは当然、とっても悲しんでる。セドリックが亡くなったんだもの。
でも、混乱してると思うわね。だって、チョウはセドリックに片思いしてたはずなのに、いまはハリーが好きなのよ。それで、どっちが本当に好きなのかわからないんだわ。
それに、そもそもハリーにキスするなんて、セドリックの思い出に対する冒涜だと思って、自分を責めてるわね。だって、2人で出かけたり、ダンスパートナーを組むくらいには、"ただの友達"ではなかったんだから。
それと、もしハリーと付き合いはじめたら、みんながどう思うだろうって心配して。
そのうえ、そもそもハリーに対する気持ちが何なのか、たぶんわからないのよ。だって、ハリーはセドリックが亡くなったときにそばにいた人間ですもの。
それを言ったら、サクヤだって――、セドリックが最後まで好きだったサクヤと、同じ組織に所属しているのもチョウにとってはやりづらいかもしれないわね。
だから、何もかもごっちゃになって、辛いのよ。
ああ、それに、このごろひどい飛び方だから、レイブンクローのクィディッチ・チームから放り出されるんじゃないかって恐れてるみたい」
演説が終わると、呆然自失の沈黙が撥ね返ってきた。
やがてロンが口を開いた。
「そんなにいろいろ一度に感じてたら、その人、爆発しちゃうぜ」
「誰かさんの感情が、茶さじ1杯ぶんしかないからといって、みんながそうとは限りませんわ」
ハーマイオニーは皮肉っぽくそう言うと、また羽根ペンを取った。
「彼女のほうが仕掛けてきたんだ」
ハリーが言った。
「僕ならできなかった――チョウがなんだか僕のほうに近づいてきて――それで、その次は僕にしがみついて泣いてた――僕、どうしていいかわからなかった――」
「そりゃそうだろう、なあ、おい」
ロンは、考えただけでもそりゃ大変なことだという顔をした。
「ただやさしくしてあげればよかったのよ」
ハーマイオニーが心配そうに言った。
「そうしてあげたんでしょ?」
「うーん」
バツの悪いことに、顔が火照るのを感じながら、ハリーが言った。
「僕、なんていうか――ちょっと背中をポンポンって叩いてあげた」
ハーマイオニーはやれやれという表情をしないよう、必死で抑えているような顔をした。
「まあ、第一歩としてはいいんじゃないか?」
サクヤが言った。
「また彼女と会うんだろ?」
「会わなきゃならないだろ?」
ハリーが言った。
「だって、DAの会合がある」
「そうじゃないでしょ」
ハーマイオニーが焦れったそうに言った。
ハリーは何も言わなかった。サクヤとハーマイオニーの言葉で、恐ろしい新展開の可能性が見えてきた。
チョウと一緒にどこかに行くことを想像してみた――ホグズミードとか――何時間もチョウと2人っきりだ。
さっきあんなことがあったあと、もちろんチョウは僕がデートに誘うことを期待していただろう……そう考えると、ハリーは胃袋が締めつけられるように痛んだ。
「まあ、いいでしょう」
ハーマイオニーは他人行儀にそう言うと、また手紙に没頭した。
「彼女を誘うチャンスはたくさんあるわよ」
「ハリーが誘いたくなかったらどうする?」
いつになく小賢しい表情を浮かべて、ハリーを観察していたロンが言った。
「バカなこと言わないで」
ハーマイオニーが上の空で言った。
「ハリーはずっと前からチョウが好きだったのよ。そうでしょ?ハリー?」
ハリーは答えなかった。
たしかに、チョウのことはずっと前から好きだった。
しかし、チョウと2人でいる場面を想像するときは、必ず、チョウは楽しそうだった。
自分の肩にさめざめと泣き崩れるチョウとは対照的だった。
「ところで、その小説みたいに長い手紙、誰に書いてるんだ?」
ロンはハーマイオニーに、床に落ちた羊皮紙の断片を盗み見しようとしながら尋ねた。
ハーマイオニーは羊皮紙の断片をロンが見えないところに置いた。
「ビクトール」
「クラム?」
「ほかに何人ビクトールがいるって言うの?」
ロンは何も言わなかったが、思いっきり怪訝な顔をしてサクヤのほうを見た。
当のサクヤは誰に宛てた手紙なのかをもちろん知っているようで、気にするでもなく、くわっと大あくびをしている。
ロンからは手紙を隠したハーマイオニーだったが、サクヤには隠す気がないようで、むしろ書いている話題について意見を聞いているくらいだった。
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