The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
心臓が喉まで跳び上がった。
下の薄暗いホールに、玄関のガラス戸を通して入ってくる街灯の明かりを背に、人影が見える。8、9人はいる。
ハリーの見るかぎり、全員がハリーを見上げている。
「おい、坊主、杖を下ろせ。誰かの目玉をくり貫くつもりか」
低い唸り声が言った。
ハリーの心臓はどうしようもなくドキドキと脈打った。聞き覚えのある声だ。
しかし、ハリーは杖を下ろさなかった。
「ムーディ先生?」
ハリーは半信半疑で聞いた。
「『先生』かどうかはよくわからん」
声が唸った。
「なかなか教える機会がなかったろうが?
ここに降りてくるんだ。おまえさんの顔をちゃんと見たいからな」
ハリーは少し杖を下ろしたが、握り締めた手を緩めず、その場から動きもしなかった。
疑うだけのちゃんとした理由があった。
この9ヵ月もの間、ハリーがマッド-アイ・ムーディだと思っていた人は、なんと、ムーディどころかペテン師だった。
そればかりか、化けの皮が剥がれる前に、ハリーやサクヤを殺そうとさえした。
しかし、ハリーが次の行動を決めかねているうちに、2番目の、少し嗄れた声が昇ってきた。
「大丈夫だよ、ハリー。私たちは君を迎えにきたんだ」
ハリーは心が躍った。
もう1年以上聞いていなかったが、この声も知っている。
「ル、ルーピン先生?」
信じられない気持だった。
「本当に?」
「わたしたち、どうしてこんな暗いところに立ってるの?」
3番目の声がした。まったく知らない声、女性の声だ。
「ルーモス!光よ!」
杖の先がパッと光り、魔法の灯がホールを照らし出した。
ハリーは目を瞬いた。
階段下に塊まった人たちが、一斉にハリーを見上げていた。
よく見ようと首を伸ばしている人もいる。
リーマス・ルーピンが一番手前にいた。
まだそれほどの歳ではないのに、ルーピンはくたびれて、少し病気のような顔をしていた。
ハリーが最後にルーピンに別れを告げたときより白髪が増え、ロープは以前よりみすぼらしく、継ぎはぎだらけだった。
それでも、ルーピンはハリーににっこり笑いかけていた。
ハリーはショック状態だったが、笑い返そうと努力した。
「わぁぁあ、わたしの思ってたとおりの顔をしてる」
杖灯りを高く掲げた魔女が言った。中では一番若いようだ。
しっかりとした額にふくよかな頬、すらりと通った顎を持つ色白の丸顔だ。瞳はきらきらと黒く輝いている。つんつんと突っ立たせたショートヘアは、強烈な紫色をしていた。
「よっ、ハリー!」
「うむ、リーマス、君の言っていたとおりだ」
一番後ろに立っている禿げた黒人の魔法使いが言った――深いゆったりした声だ。
片方の耳に金の耳輪をしている――
「ジェームズに生き写しだ」
「目だけが違うな」
後ろのほうの白髪の魔法使いが、ゼイゼイ声で言った。
「リリーの目だ」
灰色まだらの長い髪、大きく削ぎ取られた鼻のマッド-アイ・ムーディが、左右不揃いの目を細めて、怪しむようにハリーを見ていた。
片方は小さく黒いキラキラした目、もう片方は大きく丸い鮮やかなブルーの目――この目は壁もドアも、自分の後頭部さえも貫いて透視できるのだ。
「ルーピン、たしかにポッターだと思うか?」
ムーディが唸った。
「ポッターに化けた『死喰い人』を連れ帰ったら、いい面の皮だ。
本人しか知らないことを質問してみたほうがいいぞ。誰か『真実薬』を持っていれば話は別だが?」
「ハリー、君の守護霊はどんな形をしている?」
ルーピンが聞いた。
「牡鹿」
ハリーは緊張して答えた。
「マッド-アイ、間違いなくハリーだ」
ルーピンが言った。
みんながまだ自分を見つめていることをはっきり感じながら、ハリーは階段を下りた。
下りながら杖をジーンズの尻ポケットにしまおうとした。
「おい、そんなところに杖をしまうな!」
マッド-アイが怒鳴った。
「火が点いたらどうする?
おまえさんよりちゃんとした魔法使いが、それでケツを失くしたんだぞ!」
「ケツをなくしたって、いったい誰?」
紫の髪の魔女が興味津々でマッド-アイに尋ねた。
「誰でもよかろう。とにかく尻ポケットから杖を出しておくんだ!」
マッド-アイが唸った。
「杖の安全の初歩だ。近ごろは誰も気にせん」
マッド-アイはコツッコツッとキッチンに向かった。
「それに、わしはこの目でそれを見たんだからな」
魔女が「やれやれ」というふうに天井を見上げたので、マッド-アイがイライラしながらそうつけ加えた。
ルーピンは手を差し伸べてハリーと握手した。
「元気か?」
ルーピンはハリーをじっと覗き込んだ。
「ま、まあ……」
ハリーは、これが現実だとはなかなか信じられなかった。
4週間も何もなかった。
プリベット通りからハリーを連れ出す計画の気配さえなかったのに、突然、あたりまえだという顔で、まるで前々から計画されていたかのように、魔法使いが束になってこの家にやってきた。
ハリーはルーピンを囲んでいる魔法使いたちをざっと眺めた。
みんな貪るようにハリーを見たままだ。
ハリーは、この4日間髪を梳かしていなかったことが気になった。
「僕は――みなさんは、ダーズリー一家が外出していて、本当にラッキーだった……」
ハリーが口ごもった。
「ラッキー?へ!フ!ハッ!」
紫の髪の魔女が言った。
「わたしよ。やつらを誘き出したのは。
マグルの郵便で手紙を出して、『全英郊外芝生手入れコンテスト』で最終候補に残ったって書いたの。
いまごろ授賞式に向かってるわ……そう思い込んで」
「全英郊外芝生手入れコンテスト」がないと知ったときの、バーノン叔父さんの顔がチラッとハリーの目に浮かんだ。
「出発するんだね?」
ハリーが聞いた。
「すぐに?」
「まもなくだ」
ルーピンが答えた。
「安全確認を待っているところだ」
「どこに行くの?『隠れ穴』?」
ハリーはそうだといいなと思った。
「いや、『隠れ穴』じゃない。違う」
ルーピンがキッチンからハリーを手招きしながら言った。
魔法使いたちが小さな塊になってそのあとに続いた。まだハリーをしげしげと見ている。
「あそこは危険すぎる。
本部は見つからないところに設置した。しばらくかかったがね……」
マッド-アイ・ムーディはキッチンテーブルの前に腰掛け、携帯用酒瓶からグビグビ飲んでいた。
魔法の目が四方八方にくるくる動き、ダーズリー家のさまざまな便利な台所用品をじっくり眺めていた。
_
( 12/190 )
[prev] [next]
[back]
[しおりを挟む]