The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
ハーマイオニーの髪は、「スリーク・イージーの直毛薬」を混ぜたシャンプーで多少落ち着くようになったのだが、時々こうして湿気の多い天気になるとやはりふわふわと広がることが多かった。本人はそれに不満げだが、実を言うとサクヤはそんなハーマイオニーの姿も大好きだった。なんせ、五年のうちほとんどはそのふわふわの豊かな髪の毛に親しんでいたのだから。
楽しそうに、丁寧にブラッシングしてあげると、ハーマイオニーの髪は案外簡単にまとまってくれた。身支度を整え、二人は大広間へと降りて行った。
いつも賑わっている城の中は、連休中なのもありひどく閑散としている。
のんびりと二人でトーストやベーコンエッグをつまみ、腹を満たす。少し肌寒いせいか、暖かいココアがありがたかった。
途中、雨に打たれたサクヤのふくろう、オークルがやってきたが、新聞を届けるとすぐに帰ってしまった。他より一回り大きく、鷹のような黄色い目をしたオークルはいつも堂々としているのだが、今日は濡れてしぼんだせいか、やけにしょんぼりしていた。ふくろうも雨は嫌らしい。
大広間から出て、大きな口を開けた正面玄関の外を気まぐれに見やると、激しい雨が降り注ぎ、森の向こうはぼんやりと白く霞んでいた。
「降ってるなあ」
思わず呟くと、隣のハーマイオニーはそうねえと白い息を吐いた。
「お部屋で過ごす?せっかくだけど」
ハーマイオニーの問いに、サクヤはうーんと唸った。嫌なわけではないが、学期中、そして未来が見えないなかで、こういった外に出る機会は逃したくない気持ちもあった。
少し迷っていると、そういえば、とハーマイオニーが持っていた新聞を取り上げた。
「新聞のお知らせにあったんだけどね。明後日にホグズミードでちょっとしたお祭りがあるみたいなの」
指さされたその記事には、小さく「誰でも参加OK、収穫祭」と書かれ、明後日の日付が入っていた。
「花火もあるみたいね。魔法でできなくもないけど、晴れたらいいわね…その方が綺麗そうだもの」
「マグルの世界じゃ、花火は雨だとやらないもんな」
頷くと、ハーマイオニーは新聞を折りたたんで雨の空を見上げた。
「そうね。私ね、小さい頃にパパやママとお祭りに行ったことがあったんだけど、途中で雨が降り出しちゃってね、早々に帰ったことがあったのよ」
ハーマイオニーは懐かしそうに言った。
「でも、すごく嫌だったわ。帰るのも嫌だったし、終わり際にあがるはずだった花火も楽しみだったから、駄々こねたりもして…」
苦笑いしながら、昔の思い出を話すハーマイオニーを、サクヤは微笑ましそうに眺めていた。そしてポロリ、と零した。
「見てみたかったなあ」
「え?」
クスクス、とサクヤはおかしそうに笑った。
「その頃のハル。きっと可愛かったんだろうな〜」
「そんなことないわよ」
ハーマイオニーはちょっとだけばつの悪そうな顔をする。
「きっと、ワガママで面倒くさい子どもだったわ…」
「結局そのあとはどうしたの?帰ったの?」
うーん、とハーマイオニーは首を捻る。
「確か、そのあとに本屋さんに連れて行かれたのよね。それで…新発売の絵本があって、それに夢中になって…すごく色鮮やかで、綺麗な絵本だったの。パパがそれを買ってくれて、結局喜んで帰ったのよ。お祭りのことなんかすっかり忘れてね」
現金よね、と楽しそうに笑うハーマイオニーを、サクヤはじっと見つめた。
「…?どうしたの?」
「いや……」
サクヤはちょっとだけ頬をかいた。口許が自然と緩むのを止められない。
「ハルの思い出、幸せそうだなぁって。できたら目の前で見てみたいよ」
「子どもの頃の思い出よ」
少し恥ずかしくなったのか、ハーマイオニーは少しだけ顔を赤らめた。
「それでも、幸せなことだと思うよ。オレも、おじいちゃんやおばあちゃんと祭りに行ったことあるけど、そうやって甘えられるのって、今になってもやっぱり幸せなことだったと思うから」
ハーマイオニーは一瞬黙ったあと、小さく「ごめんなさい」と謝った。
「えっ?いや、謝らなくても…」
「そうだけど…ちょっと無神経だったわ」
「ええ、そんなことないって!」
仰天して、サクヤはハーマイオニーに正面から向き直った。
「あのな、オレの過去がどうだろうと…ハルの思い出はハルだけのものだろ。オレのことなんか気にするなよ」
そりゃあ、とサクヤは肩をすくめる。
「寂しくないって言ったら嘘になるけどさ。オレは父さんや母さんと一緒にお祭りは行ったことないから…でも、もしも一個でも違ったら、こうしてハルと一緒に過ごせてないだろ」
「………。」
ハーマイオニーは逡巡するように目を迷わせたあと、握られた手を見つめた。そして顔を上げ、まっすぐにサクヤの瞳を射抜いた。
「出かけましょう」
「え?」
サクヤは目を丸くした。
「でも、雨…」
「いいわよ。ハリーから『忍びの地図』を借りて…傘をさせばいいんだから」
サクヤの両手は、強く握られていた。
.
魔女像のコブの間からこっそりと抜け道に入り、サクヤとハーマイオニーはホグズミード村に到着した。
雨の降りしきる村はやはり外に出ている人は少なくて、寒いので二人はすぐに「三本の箒」に直行した。
店内は暖かく、それなりに人でにぎわっている。早速注文したバタービールをあおると、一気に指先までポカポカと暖かくなって、サクヤはふわぁと息を吐いた。
「あったかい…」
「そうね」
ハーマイオニーも少しほっとしたような緩んだ顔をしている。それになんとなく幸せな気分になっていると、ふいに向こうにいた客と目があった。
慌てて目をそらす客をみて、サクヤは少しだけ気分が落ち込むのを感じた。表に出さないようにぐっと俯き、バタービールをすする。
(また、か)
去年、「闇の印」を刻まれて…事件に巻き込まれて、サクヤの立場は変わった。こうして色眼鏡で見る者も少なくない。
仕方ないことだとわかっている。わかっているけれど、やはり……。
その時、バタービールを持つ両手が温もりに包まれて、サクヤはびっくりして顔を上げた。ハーマイオニーが、気づかわしげな、でも穏やかな顔でこちらを見ていた。その両手が、サクヤの少し骨ばった手に触れている。
「ねえ、行きたいところがあるんだけど。いい?」
自然と頷くと、ハーマイオニーは少しだけ安心した顔をした。
連れてこられたのは服屋だった。
何か欲しいものがあったんだろうかという不思議な気持ちでハーマイオニーを眺めていると、なんとサクヤの服を選ぶのだという。
「オレの?でも、オレは別に…」
「いいの。それに服、しばらく買ってないんじゃない?」
言われて、確かにしばらく服は買っていないことに気が付いた。夏休みはヴォルデモートから身を守るためにホグワーツに缶詰だったし、サクヤ自身、必要に迫られはしなかったから服に興味は抱かなかった。
学期が始まってからはだいたい制服でいるし、それに疑問も持たなかった。
「たまにはいいでしょ?」
なんだかおかしそうに、いたずらっぽく笑っている恋人の笑顔に、サクヤはつられるように頷いていた。
服屋であれこれと試着させられ、サクヤはハーマイオニーとお揃いのマフラーを一つと、上下の服を一揃い買った。
そしてそのままハーマイオニーに手を引かれ、普段は滅多に入らない喫茶店や服飾店に入った。ハーマイオニーもあんまり入ったことがないだろう店にも、彼女から「たまにはいいでしょ。二人だし」と後押しされて入っていった。見慣れない店も彼女と入るなら楽しさ倍増だ。ハーマイオニーも楽しそうで、元々好奇心の強いサクヤは最初の戸惑いも忘れて、気づくと雨の日の散策に夢中になっていた。
雨だからか、何もイベントもないからか、村の人出は少なかった。客の少ない悪戯専門店やお菓子の店を巡り、あれやこれやと議論する
外出には向かない雨の日が、楽しい。
帰り道、名残惜しくてサクヤはわざとゆっくりと道を歩いた。そんなサクヤに合わせて、ハーマイオニーも歩調は緩くなる。二人で寄り添う歩く道のりが愛しくて、また歩調が緩くなった。
抜け道の入り口にたどり着き、暗いトンネルをくぐる。
そして明るい階段の下に着いたとき、暖かい、見慣れた景色にほっと安堵した。
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