The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
みんなが教室に入ったとき、アンブリッジ先生は鼻歌を歌いながら独り笑いをしていた。
「防衛術の理論」の教科書を取り出しながら、ハリーとロンは、「数占い」の授業に出ていたサクヤとハーマイオニーに、「占い学」での出来事をしっかり話して聞かせた。
しかし、2人が何か質問する間もなく、アンブリッジ先生が「静粛に」と言い、みんなしんとなった。
「杖をしまってね」
アンブリッジ先生はにっこりしながらみんなに指示した。
もしかしたらと期待して杖を出していた生徒は、すごすごと鞄に杖を戻した。
「前回の授業で第1章は終わりましたから、今日は19ページを開いて、『第2章、防衛一般理論と派生理論』を始めましょう。おしゃべりは要りませんよ」
ニターッと独りよがりに笑ったまま、先生は自分の席に着いた。
一斉に19ページを開きながら、生徒全員がはっきり聞こえるほどのため息をついた。
ハリーは今学期中ずっと読み続けるだけの章があるのだろうかとぼんやり考えながら、目次を調べようとした。
そのとき、ハーマイオニーがまたしても手を挙げているのに気づいた。
アンブリッジ先生も気づいていたが、それだけでなく、そうした事態に備えて戦略を練ってきたようだった。
ハーマイオニーに気づかないふりをする代わりに、アンブリッジ先生は立ち上がって前の座席を通り過ぎ、ハーマイオニーの真正面に来て、他の生徒に聞こえないように、身体を屈めて囁いた。
「ミス・グレンジャー、今度は何ですか?」
「第2章はもう読んでしまいました」
ハーマイオニーが言った。
「さあ、それなら、第3章に進みなさい」
「そこも読みました。この本は全部読んでしまいました」
アンブリッジ先生は目をパチパチさせたが、たちまち平静を取り戻した。
「さあ、それでは、スリンクハードが第15章で逆呪いについて何と書いているか言えるでしょうね」
「著者は、逆呪いという名前は正確ではないと述べています」
ハーマイオニーが即座に答えた。
「著者は、逆呪いというのは、自分自身がかけた呪いを受け入れやすくするためにそう呼んでいるだけだと書いています」
アンブリッジ先生の眉が上がった。
意に反して、感心してしまったのだとハリーにはわかった。
サクヤの口笛がヒューッと教室に響いた。
「でも、私はそう思いません」
ハーマイオニーが続けた。
アンブリッジ先生の眉がさらに少し吊り上がり、目つきがはっきりと冷たくなった。
「そう思わないの?」
「思いません」
ハーマイオニーはアンブリッジと違って、はっきりと通る声だったので、いまやクラス中の注目を集めていた。
「スリンクハード先生は呪いそのものが嫌いなのではありませんか?
でも、私は、防衛のために使えば、呪いはとても役に立つ可能性があると思います」
「おーや、あなたはそう思うわけ?」
アンブリッジ先生は囁くことも忘れて、身体を起こした。
「さて、残念ながら、この授業で大切なのは、ミス・グレンジャー、あなたの意見ではなく、スリンクハード先生のご意見です」
「でも」
ハーマイオニーが反論しかけた。
「もう結構」
アンブリッジ先生はそう言うなり教室の前に戻り、生徒のほうを向いて立った。
授業の前に見せた上機嫌は吹っ飛んでいた。
「ミス・グレンジャー、グリフィンドール寮から5点減点いたしましょう」
途端にクラスが騒然となった。
「理由は?」
サクヤがすかさず聞いた。
「関わっちゃだめ!」
ハーマイオニーが慌ててサクヤに囁いた。
サクヤは小声で「大丈夫だ」とハーマイオニーに耳打ちした。
「埒もないことでわたくしの授業を中断し、乱したからです」
アンブリッジ先生が澱みなく言った。
「彼女は乱していません!
生徒が自分なりの意見や考えを持ち、先生と議論を交わし学んでいくことこそ授業の本質なのではないですか?」
サクヤが声を張った。
「
あなたも授業を妨害していますわね」
アンブリッジの声のボリュームが上がった。
「わたくしは魔法省のお墨つきを得た指導要領でみなさんに教えるために来ています。
生徒たちに、ほとんどわかりもしないことに関して自分の意見を述べさせることは、要領に入っていません。
これまでこの学科を教えた先生方は、みなさんにもっと好き勝手をさせたかもしれませんが、誰1人として――クィレル先生は例外かもしれません。少なくとも、年齢にふさわしい教材だけを教えようと自己規制していたようですからね――魔法省の査察をパスした先生はいなかったでしょう」
「あぁ、クィレル先生ですか。とてもすばらしい先生でしたね」
サクヤがアンブリッジに同意するように大げさに相槌を打った。
「ただ、ちょっとだけ生徒を攫う悪癖があって、ヴォルデモート卿が後頭部から飛び出してるなんて欠点もありましたけど」
こう言い放った途端、底冷えするような完璧な沈黙が訪れた。そして――。
「あなたには、もう1週間罰則を科したほうがよさそうね、ミス・フェリックス」
アンブリッジが滑らかに言った。
サクヤの手の甲の傷は、まだほとんど癒えていなかった。そして、翌朝にはまた出血しだした。
夜の罰則の時間中、サクヤは泣き言を言わなかったし、絶対にアンブリッジを満足させるものかと心に決めていた。
今度こそ正真正銘、1対1の精神的な戦いとなった。前回と違い、戦友のハリーはいない。
そして前回と違い、この戦いには大きな意味がある。
この罰則は閉心術習得に向けた訓練であり、礎なのだ。
サクヤが垂らした挑発という釣り針に、アンブリッジがパクリと食いつきまんまと引っかかった――「私は嘘をついてはいけない」と何度も繰り返して書きながら、1文字ごとに傷が深くなっても、サクヤは何も気にならなかった。
この状況も、自身の感情も、全てコントロールできている。
ただ、2週目の罰則で申し訳ないと思ったのが、ジョージが予測したとおりのアンジェリーナの反応だった。
火曜日の朝食で、サクヤがグリフィンドールのテーブルに到着するや否や、アンジェリーナが詰め寄った。
あまりの大声に、マクゴナガル先生が教職員テーブルからやってきて、2人に襲いかかった。
「ミス・ジョンソン、大広間でこんな大騒ぎをするとは
いったい何事です!グリフィンドールから5点減点!」
「でも先生――サクヤは性懲りもなく、
また罰則を食らったんです――」
「フェリックス、どうしたというのです?」
マクゴナガル先生は、矛先を変え、鋭くサクヤに迫った。
「罰則?どの先生ですか?」
「アンブリッジ先生です」
サクヤはマクゴナガル先生の四角いメガネの奥にギラリと光る目をまっすぐ見返して、はっきりと答えた。
「ということは」
マクゴナガル先生はすぐ後ろにいる好奇心満々のレイブンクロー生たちに聞こえないように声を落とした。
「先週の月曜に警告した私の言葉は、聞いてもらえなかったようですね?」
「いえ、もちろん覚えてます」
サクヤもさらに小さく声を落とした。
「"訓練"の一環です。スネイプ先生が詳しく知っています」
サクヤの小声を拾おうと身を屈めたマクゴナガル先生の眉が片方吊り上がった。
それから、教職員テーブルにつくスネイプのほうへちらりと目を向け、それからまたサクヤへ振り返った。
「つまり、
わざと罰則を受けていると?」
サクヤがこっくり頷いた。
マクゴナガル先生は、短くため息を吐き、姿勢を正した。
「よく分かりました。行ってよろしい。
ミス・ジョンソン、怒鳴り合いは、今後、クィディッチ・ピッチだけに止めておきなさい。
さもないとチームのキャプテンの座を失うことになりますよ」
マクゴナガル先生はきっぱりそう言うと、堂々と教職員テーブルに戻っていった。
それから、スネイプに何やら話しかけたところまで見て、サクヤはアンジェリーナに振り返った。
「その、ごめん。ほんとに。
オレが言えたことじゃないけど――代わりにみっちりハリーをしごいてやってくれ」
「君が追いつけないくらいに仕上げとくよ」
アンジェリーナは不機嫌にそう言うと、つんけんと歩き去った。
サクヤはようやくハリー、ロン、ハーマイオニーが座るテーブルに辿り着いた。
「君、もしかして被虐趣味があったりしないよね?」
開口一番、ロンがサクヤに訊ねた。
「んなわけあるか」
思わず吹き出しそうになるのをこらえながら、サクヤはさらりと答えた。
たしかに、罰則を終えてすぐにまた自ら罰則を受けに行くなんて、そう思われても仕方がないかもしれない。
「僕もハーマイオニーへの減点に腹が立ったけど、何か言う前にサクヤとアンブリッジが言い合いを始めて、手も足も出なかった」
ハリーがトーストにかじりつきながら言った。
「手も足も出させるつもりがなかったんだから、そりゃそうだ」
サクヤもトーストを1枚とり、イチゴジャムを塗りながら答えた。
「またグリフィンドール・チームのシーカーが揃いも揃って二度目の罰則だなんてなったら、アンジェリーナが本当にぶち切れるだろ」
「でも、
本当に気をつけないと」
ハーマイオニーが読んでいた「日刊予言者新聞」を少し下ろして、新聞の上から顔の上半分を覗かせた。
「せっかく『不良少女』の汚名をそそぐべく頑張ってるのに……」
何か演説している様子のコーネリウス・ファッジの写真が、一面記事でさかんに身振り手振りしていた。
ハリーとロンは弾かれたように顔を見合わせた。2人の中で、何かが繋がったような気がしたのだ。
5年生になってからというもの、サクヤはどことなくハーマイオニーに似たような真面目さがあると感じていた。
ほとんど必ず居眠りしていた「魔法史」の授業を根性で起き続け、「変身術」では積極的にアドバイスをもらい消失呪文を成功させた。
「魔法薬学」の授業中、サクヤがハーマイオニーの隣で些細なことでもノートをとるようにしていたのをハリーは思い出した。
山のように出された宿題をこまめに片付け、週末に持ち越さなかったことについて、ロンはサクヤを羨んだばかりだ。
そのどれもが、「不良少女」の汚名返上のためであり、そして、昨年度末の誓い――「悪に屈さない」を証明するための一環だったのだ。
ハリーもロンも、急にサクヤが愛おしく感じ、肩を組み、サクヤのゴブレットになみなみとオレンジジュースを注いだ。
サクヤは突然のことに戸惑いながらも、耳を赤らめながらぐいっとオレンジジュースを飲み干した。
彼女の努力の理由がようやく2人の知るところとなり、ハーマイオニーもまたご満悦のようだった。
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