The founder of orphan X
-総受男装ハーマイオニー百合夢-
「闇の魔術に対する防衛術」のクラスを待つまでもなく、ハリーはアンブリッジに会うことになった。
薄暗い「占い学」の部屋の一番後ろで、ハリーが夢日記を引っ張り出していると、ロンが肘でハリーの脇腹を突っついた。
振り向くと、アンブリッジが床の撥ね戸から現れるところだった。
ペチャクチャと楽しげだったクラスが、たちまちしーんとなった。
突然騒音のレベルが下がったので、教科書の「夢のお告げ」を配りながら霞のように教室を漂っていたトレローニー先生が振り返った。
「こんにちは。トレローニー先生」
アンブリッジ先生がお得意のにっこり顔をした。
「わたくしのメモを受け取りましたわね?査察の日時をお知らせしましたけど?」
トレローニー先生はいたくご機嫌斜めの様子で素っ気なく頷き、アンブリッジ先生に背を向けて教科書配りを続けた。
アンブリッジ先生はにっこりしたまま手近の肘掛椅子の背をぐいとつかみ、教室の一番前まで椅子を引っ張っていき、トレローニー先生の椅子にほとんどくっつきそうなところに置いた。
それから腰を掛け、花模様のバッグからクリップボードを取り出し、さあどうぞと期待顔でクラスの始まるのを待った。
トレローニー先生は微かに震える手でショールを固く身体に巻きつけ、拡大鏡のようなレンズを通して生徒たちを見渡した。
「今日は、予兆的な夢のお勉強を続けましょう」
先生は気丈にも、いつもの神秘的な調子を保とうとしていたが、声が微かに震えていた。
「2人ずつ組になってくださいましね。
『夢のお告げ』を参考になさって、一番最近ご覧になった夜の夢幻を、お互いに解釈なさいな」
トレローニー先生は、スイーッと自分の椅子に戻るような素振りを見せたが、すぐそばにアンブリッジ先生が座っているのを見ると、たちまち左に向きを変え、パーバティとラベンダーのほうに行った。
2人はもう、パーバティの最近の夢について熱心に話し合っていた。
ハリーは、「夢のお告げ」の本を開き、こっそりアンブリッジのほうを窺った。
もうクリップボードに何か書き留めている。
数分後、アンブリッジは立ち上がってトレローニーの後ろにくっつき、教室を回りはじめ、先生と生徒の会話を聞いたり、あちらこちらで生徒に質問したりした。ハリーは急いで本の陰に頭を引っ込めた。
「何か夢を考えて。早く」
ハリーがロンに言った。
「あのガマガエルのやつがこっちに来るかもしれないから」
「僕はこの前考えたじゃないか」
ロンが抗議した。
「君の番だよ。なんか話してよ」
「うーん、えーと……」
ハリーは困り果てた。
ここ数日、何にも夢を見た覚えがない。
「えーと、僕の見た夢は……スネイプを僕の大鍋で溺れさせていた。うん、これでいこう……」
ロンが声をあげて笑いながら「夢のお告げ」を開いた。
「オッケー。夢を見た日付に君の年齢を加えるんだ。
それと夢の主題の字数も……『溺れる』かな?それとも『大鍋』か『スネイプ』かな?」
「なんでもいいよ。好きなの選んでくれ」
ハリーはちらりと後ろを見ながら言った。
トレローニー先生が、ネビルの夢日記について質問する間、アンブリッジ先生がぴったり寄り添ってメモを取っているところだった。
「夢を見た日はいつだって言ったっけ?」
ロンが計算に没頭しながら聞いた。
「さあ、昨日かな。君の好きな日でいいよ」
ハリーはアンブリッジがトレローニー先生に何と言っているか聞き耳を立てた。
今度は、ハリーとロンのいるところからほんのテーブル1つ隔てたところに2人が立っていた。
アンブリッジ先生はクリップボードにまたメモを取り、トレローニー先生はカリカリ苛立っていた。
「さてと」
アンブリッジがトレローニーを見ながら言った。
「あなたはこの職に就いてから、正確にどのぐらいになりますか?」
トレローニー先生は、査察などという侮辱からできるだけ身を護ろうとするかのように、腕を組み、肩を丸め、しかめっ面でアンブリッジを見た。
しばらく黙っていたが、答えを拒否できるほど無礼千万な質問ではないと判断したらしく、トレローニー先生はいかにも苦々しげに答えた。
「かれこれ16年ですわ」
「相当な期間ね」
アンブリッジ先生はクリップボードにメモを取りながら言った。
「で、ダンブルドア先生があなたを任命なさったのかしら?」
「そうですわ」
トレローニー先生は素っ気なく答えた。
アンブリッジ先生がまたメモを取った。
「それで、あなたはあの有名な『予見者』カッサンドラ・トレローニーの曾々孫ですね?」
「ええ」
トレローニー先生は少し肩を聳やかした。
クリップボードにまたメモ書き。
「でも――間違っていたらごめんあそばせ――あなたは、同じ家系で、カッサンドラ以来初めての『第二の眼』の持ち主だとか?」
「こういうものは、よく隔世しますの――そう――3世代飛ばして」
トレローニー先生が言った。
アンブリッジ先生のガマ笑いがますます広がった。
「そうですわね」
またメモを取りながら、アンブリッジ先生が甘い声で言った。
「さあ、それではわたくしのために、何か予言してみてくださる?」
にっこり顔のまま、アンブリッジ先生が探るような目をした。
トレローニー先生は、己と我が耳を疑うかのように身を強張らせた。
「おっしゃることがわかりませんわ」
先生は発作的に、がりがりに痩せた首に巻きつけたショールをつかんだ。
「わたくしのために、予言を1つしていただきたいの」
アンブリッジ先生がはっきり言った。
教科書の陰からこっそり様子を窺い聞き耳を立てているのは、いまやハリーとロンだけではなかった。
ほとんどクラス全員の目が、トレローニー先生に釘づけになっていた。
先生はビーズや腕輪をジャラつかせながら、ぐーっと背筋を伸ばした。
「『内なる眼』は命令で『予見』したりいたしませんわ!」
とんでもない恥辱とばかりの答えだった。
「結構」
アンブリッジ先生はまたまたクリップボードにメモを取りながら、静かに言った。
「あたくし――でも――でも……
お待ちになって!」
突然トレローニー先生が、いつもの霧の彼方のような声を出そうとした。
しかし、怒りで声が震え、神秘的な効果がいくらか薄れていた。
「あたくし……あたくしには何か
見えますわ……何か
あなたに関するものが……なんということでしょう。何か感じますわ……何か
暗いもの……何か恐ろしい危機が……」
トレローニー先生は震える指でアンブリッジ先生を指したが、アンブリッジ先生は眉をきゅっと吊り上げ、感情のないにっこり笑いを続けていた。
「お気の毒に……まあ、あなたは恐ろしい危機に陥っていますわ!」
トレローニー先生は芝居がかった言い方で締め括った。
しばらく間が空き、アンブリッジ先生の眉は吊り上がったままだった。
「そう」
アンブリッジ先生はもう一度クリップボードにさらさらと書きつけながら、静かに言った。
「まあ、それが精一杯ということでしたら……」
アンブリッジ先生はその場を離れ、あとには胸を波打たせながら、根が生えたように立ち尽くすトレローニー先生だけが残された。
ハリーはロンと目が合った。そして、ロンがまったく自分と同じことを考えていると思った。
トレローニー先生がいかさまだということは、2人とも百も承知だったが、アンブリッジをひどく嫌っていたので、トレローニーの肩を持ちたい気分だったのだ――しかしそれも、数秒後にトレローニーが2人に襲いかかるまでのことだった。
「さて?」
トレローニーは、いつもとは別人のようにきびきびと、ハリーの目の前で長い指をパチンと鳴らした。
「それでは、あなたの夢日記の書き出しを拝見しましょう」
ハリーの夢の数々を、トレローニー先生が声を張りあげて解釈し終えるころには(すべての夢が――単にオートミールを食べた夢まで――ぞっとするような死に方で早死するという予言だった)、ハリーの同情もかなり薄れていた。
その間ずっと、アンブリッジ先生は、1mほど離れてクリップボードにメモを取っていた。
そして、終業ベルが鳴ると、真っ先に銀の梯子を下りていき、10分後に生徒が「闇の魔術に対する防衛術」の教室に着いたときには、すでにそこでみんなを待っていた。
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