The ounder of rphan X 
 -総受男装ハーマイオニー百合夢-




グリフィンドールの談話室で3人とシリウスが話しているころ、サクヤはスネイプの研究室でもう何度目か分からない「開心術」を受け、作業机に手をかけたまま床にうずくまっていた。

「何度言ったら分かっていただけるのでしょうな?
閉心術は、全ての感情を捨て、心を無にするだけのこと。さあ、立て――杖を構えろ」

容赦のないスネイプの声が頭の上から降ってきた。
しかしサクヤは、従順に「はい」と返事をして、顔を上げた。
冷や汗が頬を伝い、顔を歪ませてこそいるものの、「閉心術」を習得したい一心で再び立ち上がった。

「己の心を支配し、空にするのだ――レジリメンス!」

サクヤはまだ膝に手をついたままだったにも関わらず、スネイプが開心の呪文を唱えた。
目の前の部屋がぐらぐら回って消え、切れ切れの映画のように記憶が次々に心を過った。
もはやスネイプに見られていない記憶などないのではないか、というくらい、この1,2ヵ月の特訓で開心術をかけられ続けていた。
自分でも忘れていたような幼い日の記憶から、つい最近の何でもない日常の些細な出来事までもがどんどんと掘り起こされ、ぐちゃぐちゃにかき混ぜられるような気分だった。
なんとか抵抗力を奮い立たせスネイプの術を解除してみせたとき、サクヤは今がいつなのか、一瞬分からなくなることがあった。
嬉しかったときの記憶に、悲しかった思い出、幸せな気持ち、つらい経験――ありとあらゆる感情が心のなかにどっと押し寄せ、頭の中の歯車が軋みあうような感覚もある。

しかし、進歩が全くないわけではなかった。
初めのうちは体勢を整え、十分に準備をし終えてから開心術をかけてもらって、ようやく抵抗できる程度だったのが、今や準備を整えきらなくても、スネイプに記憶を蹂躙されることはなくなっていた。
ただし、スネイプもまた特訓に手を抜くつもりがないようで、サクヤが少しでも成長や進歩を見せると、よりいっそう厳しい条件での訓練に切り替えていった。
闇の帝王は優れた開心術士である――スネイプは口をすっぱくしてそう繰り返し、サクヤが己の心を余すことなく制することができるよう、入念に術をかけた。
サクヤは必死にそれに食らいつき、何度も床に倒れ込んだが、自ら「休みたい」「今日はもうここまでにしてほしい」と溢すことは決してなかった。

ついにサクヤが杖を振り、幾度目かの抵抗をして術を解除させた。
よたよたと机にもたれ掛かり、肩で息をして呼吸を整えながら、スネイプの追撃に備えるように杖腕を重たげに前に出した。

「もう一度、お願いします……!」

「――いや、今夜はここまでだ」

スネイプが杖を下ろし、時計を指さした。

「もう遅い。
教師として、生徒の睡眠時間をこれ以上奪うわけにもいくまい――今日はここまでだ」

スネイプが繰り返し言った。
サクヤは腕を脱力させて下ろし、最後に「ふぅ」と息を吐いた。

「ありがとう、ございました……」

サクヤが頭を下げるのをじっと見ていたスネイプは、杖をローブにしまいながら言った。

「開心術とは、相手の記憶や感情をすべて覗き見る術。
であるからして、我輩はいま、お前の考えていることが手に取るように分かる――複雑で、重層的だ」

スネイプはサクヤに背を向け、薬棚の扉を開けながら言葉を続けた。

「第一に、『閉心術』は学生がほんの1,2ヵ月の訓練で習得できるような生易しいものではない。
第二に、闇の帝王は戦いの場で休ませてなどくれないのはお前の考えている通り確かだが、はじめからその条件で訓練したところで、待っているのは挫折だけだ。
――第三に、我輩は訓練のあとにチョコレートを差し出したりなどしない」

スネイプが1つの薬瓶を手に取って振り返った。
サクヤはドキッとした。
たったいま、掘り返された記憶を反芻させていたところだった。
3年生の時に、守護霊呪文の訓練をしたあと、ルーピンがいつもチョコレートを分けてくれた記憶だ。

「それから、こう見えて我輩も忙しい身でな。
これ以上お前に時間を割くことも、特訓日の回数を増やすこともできん。
訓練は順調に進んでいる。よって、思うように進まないと感じているその感覚は間違っている

「……、ここまでしっかり心を読まれてしまうと、本当に順調なのか疑いたくもなりますが――先生の言うとおり、うまくいかないと焦りがちなのはオレの悪い癖だと思います」

サクヤは弱々しく苦笑いした。

「しかし、ふむ……」

スネイプは考えながら、手にしている薬瓶をほとんど無意識に振っていた。

「日常生活のなかにも自主的に練習を取り入れていくことはできるやもしれん」

「本当ですか!?」

サクヤが身を乗り出すと、スネイプはサクヤの手の甲に一瞥を投げた。
最後の罰則から2日が経ち、もうほとんど傷口は塞がっていた。

「とある新任教師の熱心な教育的姿勢……あれがいいだろう。
あれに対して、感情を動かされないよう意識するのだ。
何も従順になれという話ではない――己の感情を、己が支配する訓練であることを忘れぬよう――」

立場上、具体的に言うことのできないスネイプの意図をしっかり受け取ったサクヤは、不敵にニヤリと笑ってみせた。

「了解」

サクヤも杖をローブにしまい、寮に戻る準備をしていると、スネイプが薬瓶を振るちゃぷちゃぷという音が耳についた。
ちらりとその手元を見ると、スネイプは薬瓶を目の高さに上げ、薬の状態を確認しているところだった。

「この薬は、飲む前によく混ぜる必要がある」

スネイプが薬瓶を差し出しながら、だしぬけに言った。

「評価が終わり、あとは廃棄するだけの、生徒の提出物だ。その薬は十分な安全性と効力が確認された」

説明を聞きながら無意識に受け取ったサクヤが目を下ろすと、薬瓶にはラベルが貼られており、「ハーマイオニー・グレンジャー」と本人の字で書かれていた。
スネイプのようにサクヤも薬瓶を目の高さに上げると、薄暗い研究室の明かりに照らされたそれは、コルク栓の内側で軽い銀色の煙が立ち上っていた。
はっきりと見覚えのあるその水薬に、サクヤがパッと見上げると、スネイプは表情を変えないまま「お前の好きにするといい」とだけ言った。

「いただきます!」

サクヤは迷わずコルク栓を開けた。
ハーマイオニーが調合して、スネイプ先生の評価をクリアしたものだ。他のどんな薬よりも安心できた。
細口瓶に口をつけ、ぐいっと一気に飲み干すと、なんだか不思議な味とのどごしだった。
スネイプは効果を確認することもなく――水薬の有効性も分かりきっていたのだろう――、寮に戻るよう再度促した。
サクヤはしばらく自身に何か変化が起こるのか、じっと待っていたが、やがて心の緊張が和らいでいくのを感じ、穏やかな声色でスネイプにお礼を言ってふわふわと研究室を出た。

スネイプの特別訓練は、実に様々な記憶を呼び起こす。
今夜は特に厳しい訓練だった……。間髪入れずに繰り返し術を受け、防ぎ、押し出したらまた侵入され……。
そのため、いつもより多く湧き上がる不安や動揺があったのだが、あの水薬がしっかりそれを和らげてくれるのを、階段をゆっくり上りながら感じていた。

「早く、戻ろ」

サクヤは短くこぼし、ハーマイオニーの待つグリフィンドール塔への帰路を急ぐことにした。





>>To be continued

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