小説 | ナノ


気づけば君の我が儘は


授業終了と同時に昼休み開始のチャイムが鳴り響くなか、我が教室の戸を真っ先に開けたのは隣のクラスの及川だった。

「うわーん名前ちゃ〜ん、岩ちゃんが構ってくれないよ!」

ふざけたような泣き真似をしながら教室にずかずか入ってくる及川に、クラスの一部女子から黄色い声があがる。

「はいはいホモ乙」

「だからホモじゃないってば!」

そう毎回会う度に同じようなやり取りをしながら私は鞄からお弁当とお茶のペットボトルを取り出す。すると及川はあたかもそこが自分の席かのような勢いで私の隣の席の椅子に座り込んだ。

「は、何そこ座ってんの。私友達と一緒に食べるつもりなんですけど」

「だって岩ちゃん委員会のランチミーティングでいないんだもん」

「じゃー花巻やら松川のところにでも行ってください」

「いいじゃん名前と一緒がいいの〜!ね、いいでしょ?」

男の癖に上目遣いで私の顔を覗きこむ及川から私は目をそむける。
何が彼女でもない私に「名前と一緒がいい」だ。 私と及川との関係なんて同じ3学年というところと同じバレー部に所属している主将とマネージャーということだけであった。
きっと及川は適当なことを言っているのだろう、けれどそんな言葉ひとつひとつにドキドキしてしまう自分がいてなんだか悔しい。及川と話しているといつもこうなってしまう。

「…くそ川のくせに」

「ちょ!くせにってどういうことさ!」

「なんだか岩ちゃんに匹敵するほどの辛辣さだな〜」とぼやく及川の手元をみれば彼の好物だという牛乳パンとその他大量の菓子パンが置いてあった。

「及川のお昼ってそれなの?」

「そーだよ、牛乳パンとアンパンとクリームパンと…」

それからすらすらと出される大量のパンの名前に聞いているだけでこちらがお腹がいっぱいになるほどだった。

「…よくそんな食べられるね」

「んー?これでも朝練の後にいくつか食べたんだけどね、なんなら岩ちゃんのがもっと食べるよ」

男子高校生の胃袋おそるべし。それに岩泉はこれ以上をたいらげるということにも驚きだ。

「じゃあ今度朝練終わりみんなにおにぎりの差し入れしよっか」

「え!それって名前ちゃんの手作り!?」

「うん、そのつもりだったけど及川って人の手作りとかだめなタイプだった?」

そうだ、そういうものがだめな人もいる。心配になり問いかければ及川は首を大きく横に振った。

「そうじゃなくて!すっげー嬉しい!!」

きっと、それは適当なんかじゃなくて本心で言ってくれたものなんだろう。及川の表情があまりにも輝いていて、直視していられないくらい。

「そっか、喜んでくれるなら、良かった…」

一旦顔を下げれば及川との会話に夢中でお弁当を全然食べていないことに気づき、急いで箸でからあげをつまみ頬張った。

「あ、ねえ。そのお弁当も名前ちゃんの手作りだったりするの?」

「うん、毎日作ってるけど」

時計を見れは昼休みも残りわずか。そんなに及川と話し込んでいただろうか。いそいで残りのおかずをたいらげなくては。

「へー、じゃあさ、俺のも作ってよ」

残りのおかずを一気に口へとかきこみ、咀嚼をしてからゴクリと飲み込む。
顔をあげれば、いつの間にか食べ終わっていたパンの袋が散乱している机の上に頬ずえをついた及川と目が合う。

「え、」

「いいでしょ?」

その時、校舎に予鈴が響きわたる。
クラスメイトたちそれぞれが次の授業の準備をしようと席に座り始めるなか、及川は机の上のパンの袋を丸めて手持ちのコンビニの袋へと放り込み立ち上がった。

「早速明日からよろしくね名前ちゃん」

そう言ってチャイムの鳴り終わった我が教室の戸を最後に締めたのは、隣のクラスの及川だった。



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