どこでも見かけるチェーン店のファミレス。そんな至って普通の、ガヤガヤと騒がしいファミレスが一瞬水を打ったようにしんとなり、次の瞬間、ひそひそ話す声や小さく控えめな黄色い声が聞こえ始めた。扉の前に立ち白いマントを翻すそいつは、しばらく周囲を見回したのち、私に気付いたらしくまっすぐにこちらへと歩んできた。

「久しぶりだな」
「やあフラッシュ君、久しぶり。急に呼び出してすまないね」
「いや、別にかまわない」
「ここは私のおごりだから遠慮せず頼んでくれ」
「俺は何もいらない」
「このリブロースステーキとかどうだい?旨そうだぜ」
「お前も大概話を聞かないな」
「聞いてるさ。でもわざわざ呼び出しておいて何も無しっていうのは申し訳ないだろう」
「じゃあコーヒーか何か頼む」
「ドリンクバーにするかい?」
「…そんなにいらん、1杯でいい」
「君は遠慮しいだなあ…あ、そこのおねーさん、注文いいかな?」

注文しつつ横目でちらりと見てみると、ぐっと眉間に皺が寄っているのが見えて苦笑いが漏れた。彼の名前はフラッシュ、ヒーロー協会とやらに所属するS級ランカーである。年々件数が増えていく怪人による被害に対応するため出来た組織らしいが、フラッシュ君はそこの顔ともいえるような立場に立っているとかなんとか…。一応メールだの電話だのでやり取りはしていたものの、実際こうして会うのは数年ぶりだなあ。昔から整った顔してるなーとは思っていたが、やけに男前になったものだ。先ほどから女性客がきゃあきゃあ言っているのも頷ける。

「おや?おねーさんがやけにこちらを気にしているようだぜ?ちらちら様子を伺ってるみたいだ」
「それがどうかしたか」
「君のファンじゃないのかい」
「知らん」
「またまたご謙遜なすって!君が入ってきてから変に騒がしいしこれは確定ここはフラッシュ君のファンまみれー」
「……酔ってるのか」
「んなわけないだろう」
「じゃあ眠いのか」
「昨日たっぷり寝たから全く」
「なら一体どうしたんだ」
「なんか君への視線もすごいが私への…なんというか何だお前みたいな視線がキツすぎて茶化さないとやってらんないんだよ」
「ああなるほど」
「お待たせしました、コーヒーと苺パフェです」
「あっパフェこっちに下さいな」

注文したものを置くとそそくさと急ぎ足に走って行ったお姉さんにちょっと睨まれた気がする。フラッシュ君の前に置かれたコーヒーのソーサーの上には小さく折りたたまれた紙片が置いてあって、連絡先か何かなのだろうということが伺えた。女というものは怖い、というし私今日帰り道にもしかしたらフラッシュ君のファンに刺されるんじゃなかろうか。

「最近どうなんだ、仕事のほうは」
「大きいのがこないだ終わったよ」
「そうか…で?何で俺を呼び出したんだ?お前いつもなら電話で済ませるだろう」
「ちょっと理解の範疇を超える出来事が起きちゃったんだよ…直に話したかった」
「まあ大体想像はつくがな」

あれから寝室に行くのも面倒臭くて床で爆睡した私はふっと目を覚ました時、カッチカチになった米を見てあれは夢じゃなかったんだなあと思い、フラッシュ君に話があるからここに来いと連絡した。正直まだ混乱していたのだと思う。自分でもびっくりするくらい行動が迅速だった。

「どうせソニックの事だろう」
「…うん、ソニック君のことなんだ。よく分かったね」
「大方あいつから好きだとか言われたんだろ?容易に想像できる」
「ごふっ」
「やっぱりか…ソニックもやっと言ったんだな、何年かかってるんだ」
「な、ななな何で知ってるんだいフラッシュ君っ!」
「里に居た時あいつの相談をずっと聞かされ続けてたのは俺だぞ」
「は?」
「お前がソニックを負かせてから1ヶ月後くらいかそれくらいだったと思うが…その時からあいつはずっとお前のこと好きだぞ気付いてなかったのか?」
「は?あ?え?意味が分からん」

フラッシュ君が呆れ顔でため息を吐いているが、ため息を吐きたいのはこちらである。本当に意味が分からない。ソニック君が私のことを好きだったということだけでも驚いたのに、そんな昔から私のことを好きだっただなんて、嘘だとしか思えない。笑い話にもならない。ドン引きだ。

「泥だんごで負かされた相手を1ヶ月後に好きになるとかソニック君って頭おかしいんじゃないのかい…1ヶ月の間に何があったんだ…」
「俺に言うな」
「今日は君にソニック君に好意を寄せられているっぽいんだがどうしよう、と相談しようとしてたんだが、なんかそれ以上にどでかい爆弾落とされて私はもうどうしたらいいのか」
「第一俺に相談してどうして欲しかったんだ。好きだとか嫌いだとかそういうことは自分の意思で決めることだろう」
「だって私…恋なんてしたことないんだ…わからないよ…」
「恋愛小説とかも書いてただろう、全く分からないなんてことはないんじゃないのか」
「仕事上避けられない道だったっていうかアレは私の能力のお陰なんだ」
「模倣、か」
「うん」

きらきらという擬音がぴったりな、平凡な女の子が男前な男と運命の恋に落ちる、そんな王道ラブストーリー。そんなのを1度や2度なら書いたことがあるが、それを書くために読んだ小説たちは正直私は共感できそうになかったし、こんな事は現実にはありえないだろうというものであったから参考になんかなりゃしない。第一今の私が陥っている状況は時代小説かと思ったらSF青春コメディーだったレベルである。どこに参考になるものがあろうか。あるなら言い値で買うから誰か教えてくれ。

「恋愛小説の女の子は大体運命の恋というものを信じてそれに落ちていたが私はソニック君に運命なんざ感じたことはないぜ」
「運命なんてないからな」
「おや、フラッシュ君は意外とそういう信心的なことは本当は定かではないにしろ一応信じていると思っていたよ」
「そんなものを信じるほど暇でもないんだ」
「S級ヒーローさんはお忙しいんだねえ」
「まあほとんど収集かけられたりなんてことはないし行かなくてもいいんだがな」
「へー毎日毎日市民のために働いてるのかと思ってたよ。苺食べるかい?」
「いらん」
「おいしいのに」

人は何故恋をするのだろうか。ヒトの生殖本能から来る一時的な病気のようなものなのだろうに。風邪とさほど変わらない、熱に浮かされ苦しくつらく、そしてわりとすぐに治ってしまう。そんなもので一生恋人だ結婚だなんだと言っているのは、なんだかなあ、と思ってしまうのだ。まあそれらとは違う、まさに身を焦がすような恋をしている人もいるのだろうが、残念ながら私は未だに出会ったことがない。流石に何らかの返事をしなけりゃならんだろうと思いフラッシュ君に相談したのだが、ご覧の有様である。余計に混乱してるぞどうしてくれるんだ。

「あーもーどうしたらいいんだこれ…」
「お前がソニックのことを好きか嫌いか、それでいいんじゃないか?嫌ならバッサリ切り捨てればいいし、嫌じゃないならそれなりの対応をすればいい」
「それなりの対応って?」
「断るとか付き合うだとかあるだろ」
「あ、ソニック君が私のことが好きだと分かっただけで別に告白とかはされてないぜ」
「……」
「なんだいその呆れ顔は」
「二人ともどうしようもないな」
「どうして私も入ってるんだよ!」
「好意を持たれてるって分かっただけでそこまで狼狽えてるお前がなんだか滑稽に見えてきた」
「告白されたも…同然じゃあないか…」
「全然違うと思うがな」
「あーあー色男は違うねえ簡単にそうやって違うとか言っちゃう!どうせフラッシュ君はモテるんだろ!私にとっちゃ一大事だってのに…くっそ…やけ食いしてやる」

黙々とパフェを食べ進めていると何故かフラッシュ君にじっと見られた。フラッシュ君しか頼れない!と思って電話したのに解決どころか逆に引っ掻き回されて君の株はがた落ちだぜ…そんなに見つめられたら目潰ししてしまうぞ。

「さっきちょっと思ったんだが、お前がそういう…がっつり甘い物を自分から進んで食べるなんて珍しいな」
「ん?ああ、大きめの仕事が終わった時はいつもここでこれを食べるんだよ。ここは家に近いし、なんとなく懐かしい味がする気がしてね…里にはこんな大層な物無かったと思うんだけど。何でかなあ」
「……意外とお前も…」
「ん?何か言ったかい?」
「いや、何でもない。コーヒーも飲んだし俺はそろそろ行く」
「君全く役に立たなかったなあ」
「ソニックは告白してないわお前は変に混乱してるわで俺は力になれそうもない、じゃあな」

去って行くフラッシュ君の姿を横目にさっさと残りを平らげる。それにしても、何故ソニック君は私に惚れたのだろうか。ソニック君の性格からして自分に勝った嫌なやつ、という印象のはずだろうと思うのだけれど。1ヶ月期間が空いているのも謎だし…フラッシュ君が駄目となるともうソニック君に聞くしかないのか。ソニック君のことだから私に好意がばれたからといって来なくなるなんてことはないだろうし、変に意識してるほうが恥ずかしいし…うーん、どうしたものか。そういえばさっきフラッシュ君は何を言いかけたんだろう。それも気になるところだけれどどうせ教えてくれないだろうから諦めるしかない。ご馳走様、と手を合わし、お冷をぐっと飲み干し席から立ち上がる。伝票を取った時に気が付いたが、フラッシュ君、ソーサーに乗せられた連絡先置いて行ってやがる。最低だ、見損なったぜ。レジに向かっていると料理を運んできたとき私を睨んだおねーさんに、がんばって!なんて声をかけられてしまった。会話聞いてたのかい笑顔が子を見守る親の顔なんだが。さっきからやけに背中に視線を受けている気がしてたが気のせいじゃなかったんだなあ…やはり女の子というのは恋の話が好きらしい。フラッシュ君のファンに刺されるということは回避出来たようだが店内の生暖かい空気に耐えきれず、私は逃げるようにそこをあとにした。

「…これからは店変えよう」