働かざるもの食うべからず、とはいうものの、働かないで食えるのが万々歳だとは思わないか。私はそう思う。好きな時に飯を食らいのんびり風呂にはいって眠る、その繰り返しだけで生きていけたら素晴らしいのになあ。だがしかし、働かなくては生きていけない。このお国では…いや、どこででもだろうが、何をするにも金が何かと入り用となる。が、働かないことにはいかんせん金が手に入らない。今モソモソと咀嚼している米だって、箸で摘み上げたたくあんだって、働くことをやめてしまえば食えなくなってしまうのだ。おまんまの食い上げになるのは流石にきつい。だがしかし、毎日毎日電車に乗り揉みくちゃにされ必死に業務をこなし上司に怒られ疲れ果て帰宅、泥のように眠りまた起きて前日と同じ道を辿る、なんていうのは私には耐えきれないだろう。だからこそ今この生活を保つための柱である私の能力には感謝しなくてはならないのだが…

「ぶっちゃけ、君がここまでしつこく追いかけ回してくる原因を作ったならいらないかもしれないなあ」
「余裕たっぷりみたいだな!だがそれも長くは続かないぞ!」
「食事時はやめろと何回言えばわかるんだい、それに私は眠いからさっさと飯を食って眠りたいんだ」

先ほどから執拗にクナイを振り回して私を攻撃してきている男は、音速のソニック。俗にいう幼馴染である。彼との出会いは十数年前に遡る。私も忍の里に生を受けくのいちとして生きていた。私がまだ小さかったころ、私の里とソニック君の里が友好を結ぶこととなり、私にソニック君が話しかけて来たのが最初だったろうか。今も対して変わりないが…あの頃のソニック君はもう本当にムカつくクソガキで、それはもう堪忍袋の緒が爆散するほど生意気であった。ちょうどその時私は泥だんごづくりにハマっており、そんなソニック君に心底イラついていた私は手元にあった作りたての泥だんごをソニックくんの顔面にこれでもかというほど集中砲火したのだ。作りたてゆえにそれらはあまり硬くはなかったのだけれど、一つだけ丹精込めてつるつるカッチカチにしていたものが混じっていて、ソニック君はそれが脳天直撃ノックアウト。大人たちは喧嘩するほど仲がいいだとか笑っていたけれど…ソニック君は子供ながらに酷く強烈な復讐心を抱いたようで、大人になった今でも追っかけ回されているのだ。

「しかしあんなに命中したってことはソニック君の投擲能力が素晴らしかったってことじゃあないか、君は私よりも強い、はいこれでおしまい」
「おしまいな訳が…あるかっ!」
「うあーったくあん落としちゃったじゃないか!ソニック君農家の人に謝りなよ」
「ふざけるな!」

両肩を強く掴まれ床に叩きつけられる。受け身を取ったからダメージを受けたりはしなかったけれど、衝撃で茶碗を落としてしまった。幸い中は少量しか入っていなかったから盛大にぶちまけるという事態は避けたものの、どっちにしろ放置はできないし後で掃除するのがめんどくさいなあとひとつため息をついた。

「はい私の負け」
「余裕で飯食ってただろ本気でこい」
「えー本気本気、ほんきと書いてマジと読むくらい本気だったさ」
「モロバレだぞどう考えても適当だろ」
「うーん…君は確か、あの最初に会ったとき…『絶対お前を負かせてやる!』って言ってたよね」
「それがどうかしたか?」
「今この状況は誰がどう見たって私の負けだと思うだろう?これで君の念願は叶ったんじゃないのかい」
「本気でやれって言っただろ!?手を抜いているくせに、俺の気が済んだとでも思ったか!」
「だから本気だってば」
「嘘つけ!あの時はもっと強烈な攻撃だったろうが!」
「あれは…泥だんごのお陰じゃないかな…」
「お前には…本気のお前に勝たなきゃならないんだ!」

私の肩を押さえつける手にだんだん力が篭ってきていてソニック君がイライラしてることが手に取るようにわかる。ぶっちゃけ今私は非常に眠くソニック君の攻撃を避けるので結構精一杯だから一応これが本気なんだよなあ…そう言ってもソニック君は信じないだろうしどうしたものか。

「さっきからなんなんだよもう…まさか好きな女よりは強くありたいとかそーいうアレかな?いい女はつらいぜ」

とりあえず適当に茶化してソニック君の琴線に触れてみれば怒って私を殴るなり斬りつけるなりなんらかの攻撃をしかけるだろうと踏んでいたのだけれど、ソニック君からは何のアクションも返ってこない。不審に思ってソニック君に何度かおーいと呼びかけてみると、ぼっ、と音を立てるかのようにソニック君の顔が真っ赤に染まった。おいちょっとまて、どういうことなんだ。

「おいおいどうした反論しろよソニック君!」
「んなっ、おっ俺がお前なんか好きなわけが…!!!」
「ちょっと凄い手震えてるぜ!?まさか君図星なのかい!?」
「うるさいっ!今日はこれくらいにしておいてやる!」
「ひ…否定しないんだね…」
「っ!く、くそおおおお!」

狼狽えつつ走り去っていくソニック君の背を呆然と見つめる。ソニック君のことだから窓をぶち破っていくんじゃないかと思っていたが律儀に玄関から出て行っていて逆にテンパっているんだろうなあと思った。なんか、もう意味がわからん。私は考えることを放棄した。とにかく眠い。眠くてしょうがない。床にこぼれた米を放置して、一眠りするとしよう。

「…まさかソニック君がなあ」

今まであれだけ私を恨んでいると思っていた人間が私を好きだなんて、そんなまさかな。ただの幻聴かもしれない。はっきりした頭で、改めて考えてみればいい。今日のこの出来事は私の睡魔に支配されかけた脳みそが見せた夢だったのかもしれないし。とりあえず今は、おやすみなさい。