恋する尾形百之助

あの双子が常に行動を共にしているというのは師団の中ではもはや常識であって、どちらかが単独行動をしていることは滅多に見たことが無かった。上官の指示で別行動をすることは稀にあったが、上官は上官で双子を一組にしておいたほうが扱いやすいと一緒に行動させることもしばしばである。あいつらはまさか便所も一緒に行ってるんだろうかと薄ら寒いものを覚えたのは記憶に新しい。
そんな一心同体のようなあいつらが………どちらかは分からないが、最近一人になっている姿をよく見る。一度だけならまだしももう3、4回は見たろうか、一体どうしたんだと気になるのは双子のことを少しでも知っていれば当然のことだろう、双子に何が起きているのか気にならないこともなかった。
そして今日、非番の日くらい街でもぶらつくかと思い最近師団でも評判の良い茶屋に来てみれば、何の因果か件の二階堂がその茶屋で女と会話しているではないか。しかも一人でだ。
まさか二階堂の異変が女絡みだとは思っていなかったこともあり思わず笑ってしまいそうになる。これはいい暇つぶしになりそうだぞと上がってしまう頬をどうにか抑えながら茶屋へと足を踏み入れた。


「草餅と緑茶を頼む」
「はい、かしこまりました」

せかせかと忙しそうに動く女の顔を、不躾に見るのもどうかと思い横目で盗み見る。醜女ではないが特別可愛いということもない…一言で言うのであれば平凡な顔立ちな女だ。二階堂がこの女に入れ揚げているのかと思ったが、ただ単に世間話をしていただけということもあるかもしれん。二階堂が世間話をする、というのは中々想像しにくいが、この女に惚れた可能性と並べれば五分五分程度な気さえする。それくらいこの女には特筆すべき魅力は無いように思われた。強いて言えば働き者らしいところか。
そんなことを考えているうちに、横目で見ていたのがいつのまにかじっと見据える形になっていて、振り向いた女と視線ががっちりかち合ってしまった。内心失礼なことを考えていたこともあり、あからさまに視線を逸らすのもどうだろうかと思いそのまま女を見ていると、何を思ったか女はこちらへと微笑みかけてきた。
その笑顔を見た瞬間に胃の下あたりがぎゅうと締め付けられるような痛みが走り、思わず下腹をさする。胃痛、ではなさそうだ。一瞬で消えてしまった痛みと、今まで経験したことのない不可解な事象に首を傾げる。そんな俺の姿を見てか、先ほどより曖昧にではあるが、再度女が微笑んだ。
…また、痛みが走る。そして一拍置き、大きく心臓が脈打った。内側から強く胸を叩かれているような激しい鼓動と共に、じわりと身体が熱くなる。

「どうかされましたか?」
「いや、何でもない」
「えと…お待たせしてしまって申し訳ありません、ごゆっくりどうぞ」

一礼し奥へと引っ込もうとした女の手を反射的に掴む。びくりと肩を震わせ、どこか不安げな色の混じった表情でこちらを見る女に言いようのない愛しさのようなものがこみ上げてくる。先ほど散々胸中で平凡な顔立ちだと言ったが、その顔に一度表情が浮かべばどれもこれもが酷く可愛らしく感じられた。中でも特に笑顔だ、さっきの花が綻ぶような笑顔が頭にこびりついて離れない。
どうしてもこの女を自分のものにしたくて堪らないという気持ちでいっぱいになり、もっと色々な表情が見たいだとかそういった自分らしくない感情がふつふつと浮かんでくる。もっとずっと美しい女と夜を共にしたこともあるが、その女たちには全く感じなかったことばかりが頭に浮かぶ。
まさか…まさか俺は、

「…恋仲の男はいるか」
「は、はぁ!?」

この女に惚れてしまったのか。

この子に一目惚れした尾形上等兵