「ご、五瓶さま、本当にこんなところでサボタアジュしてしまっても良いのですかっ!?」
「ん〜…キミが言わなかったら誰にもバレないしいいんじゃない?」
「そういう物なんですか…」
「そーいう物なんだよ」

鼻歌でも歌い出しそうなほどご機嫌な五瓶さまを尻目に私はため息を吐き出したい気持ちでいっぱいで、でも直属の上司を目の前にそんなことを出来るはずもなく、乾いた喉を無理やり潤すように口に溜まった唾をため息ごと飲み込んだ。
お天道様が地面を照り付ける乾いた荒野、私たち以外には誰もいない仙人掌だらけの砂地で見廻りなんてする必要があるはずもなく、例の八州廻り全体が追っている凶状持ちの女子がいるわけでもない以上、五瓶さまは本当にサボるためだけにここに来たのだろう。傘の影の下でチェアーに座って優雅にお酒を飲むその姿はどこからどう見ても道楽人にしか見えなくて、本当にこれがあの泣く子も黙る八州廻りの一角なのか、と素直に疑問に思った。今までずっと六串さまの下で仕事をしていた私にとって、五瓶さまの放漫さには振り回されることばかりでほとほと困ってしまう。私よりも古くから六串さまとご一緒にお仕事をされてきて…というか、そもそも八州廻りに籍を置いている以上は五瓶さまも充分にお強い仕事の出来るお方なのだろうということは分かるけれど、いかんせん真面目で仁義のある六串さんの背中をずっと見てきたものだから、普段の五瓶さまののらくらとしたお姿に拍子抜けしてしまうのはしょうがないことだと思うのだ。
じりじりと肌を焼く太陽の暑さに溢れた汗を袖口でそっと拭う。私とは対照的に涼しげな顔をして頬を撫でる風を楽しんでいる五瓶さまにはもう仕事をする気は一切ないらしく、私の腕の中の書類からわざとらしく視線を逸らしている。そんな子供みたいな事しないで下さい、と言おうと思ったけれど、大の大人がそんなことをしているギャップが少しかわいいな、なんて思ってしまって言葉にはできなかった。汗が付いてしまってもいけないし…と観念して書類を鞄にしまうと、五瓶さまは満足そうにニコニコと笑って私を手招きをした。

「おいで」
「えと、何故でしょうか」
「そこ暑いでしょ?傘の下は涼しいよ」
「ですが…その、あまり近いのは…」
「なんで?」
「だ…だって五瓶さま…」
「別に虐めたりしないよ、俺の通り名は知ってるでしょ」
「ほ、仏と呼ばれているのは存じ上げておりますが…!そういうことではなくですねっ…その、は、肌が…」
「肌が?」
「あ、あ、あらわになりすぎていませんかっ!?」

ぽかんとした顔で呆けている五瓶さまを直視していられなくて、脱ぎ捨てられて足元でくしゃくしゃになってしまっている着物と白いワイシャツを睨むように見つめた。普段はそのよれよれのシャツのせいで目立たない筋肉のはっきりと浮き出た身体を、今の五瓶さまは惜しげもなく晒しに晒してしまっている。
…それだけならまだよかったのに、なぜか洋袴の中に履いている袴すら脱いでしまっていて、洋袴の股間の布地がない部分からは完全に褌が見えてしまっていた。男性経験が皆無に等しい私にはその肉体は目に毒すぎて、かあ、と頬に熱が集まった。暑いならばわざわざ荒野になんて来なければ良いのに。というかどうやって袴だけを脱いだんだろう?褌以外を全部脱いだあとに洋袴だけ履いたのかな…。
私はこのままここに立っておりますので、と真っ赤に火照ってしまっているであろう頬を隠しつつしどろもどろに伝えると、五瓶さまは心底おかしいという風にお腹を抱えて笑い始めた。うう、は、はずかしい…。この女は恐れ多くも俺を邪な目で見やがったぞと思われてしまったかもしれない。仮に四ツ辻さまがそうしていても──絶対するわけがないのだけれど──私は同じように茹で蛸のようになってしまっていただろうし、別に五瓶さま相手だから照れているわけではないのだと言い訳をしようとしたけれど、その発言は五瓶さまに対して大変失礼だし、なんだか逆に彼を意識しているように見えてしまう気がしてぐっと口を噤んだ。

「これでいいんだよ、誰かさんはこうでもしないと意識してくんないしねえ」
「へっ?あ、意中のお相手が!?それは良いことです!豊後守さまがニコ左のやつは所帯でも持てばしゃっきりするんじゃないかといつも仰って──」
「は〜あ……そーいうとこなんだよなァ」

いつのまにか距離を詰めていた五瓶さまに手首を掴まれて傘の下へと有無を言わせず連れて来られ、目を白黒させているうちに何故か私がチェアーへと座らされ、五瓶さまに見下ろされる。普段の愛嬌のある笑みを浮かべた顔は何処へやら、珍しくとても真面目な顔をしている五瓶さまは普段は伏せている目を細く開き、私の瞳をじっと見つめてきた。


着地点を見失った
恋情デスペラードはいいぞ いいぞ……(連載おつかれさまでした)……