蒔かぬ種は生えぬ、と言うだろう。ここで行かずにいつ行くというのか。一歩踏み出せ、こんな程度のこと、生命戦維と戦うことよりずっと簡単なはずだろう。何を怖気付いているんだ猿投山渦!
目の前でふわりとなびくスカートを少しだけ忌々しげに睨む。綺麗な淡い色のそれはシフォン生地とやらで出来ていて(伊織に聞いた)、特有の薄い布は風に乗って柔らかく揺れていた。くそ、似合ってるじゃねーか。

「猿投山さん、どうかしましたか?」
「あ?イヤ何もねーけど…」
「なんかさっきからずっと唸ってるので体調悪いんじゃないかなーと思ったんですけど…今日は映画やめたほうが…」
「やめねぇ!絶対行く!!」
「…ふふ、そんなに映画楽しみだったんですか?」

にこにこ笑う姿が頭がおかしくなりそうなくらいに可愛くて、にやけちまいそうな顔を見られまいと目の前の小せえ頭をぐしゃぐしゃ撫で回す。せっかく髪の毛整えたんですから崩さないでくださいときゃんきゃん言っている姿は小型犬みたいでとても可愛くギュッと心臓が締め付けられた。こうやってつっかかってくる姿も、さっきの俺を心配する姿も、なにもかも全部がかわいい。

「…急に誘って悪かったな」
「いえ!私もこの映画観たかったんです」
「行くか」
「はい!」

今日こいつに映画に付き合ってくれと頼み、なんとか予定をこぎつけたのには理由がある。それは最近こいつの周りにちらちらと男の影が見えることがあるからだ。
その男本人を見たわけではないが、勘違いなどではなくこいつの周りに男の気配があることは確かだ。男が喜ぶプレゼント、とデカデカと書かれた雑誌を読みふける姿に衝撃を受けたのは記憶に新しい。もし俺に贈るつもりだったとしたらこいつは直接何が欲しいか聞いてきそうなものだし、贈り物をしたい相手は俺ではないのだろう。更には蛇崩と何やらコソコソ話をしているところを見る機会が増え、何の話をしているんだと話しかけてみれば「猿くんは山に帰ってな!」と蛇崩に追い払われる始末だ。あれは俗に言う恋バナ…とかいうヤツをしていたに違いない。女が内緒話をするときはそういう恋愛話をしているもんだとどっかで見た。
俺とこいつは俗に言う友達以上恋人未満、というやつで、一緒に出かけることもあるがそれは決して友人の域を出ることは無かった。俺としては今のままでも満足っちゃあ満足ではあったが、俺以外にこいつが懇意にしているやつがいるとなると話は別だ。仮に好きでもなんでもない奴であっても、思いを伝えられればついつい気になってしまうのが人間である。わりあい単純なところがあるこいつのことだ、もしも告白なんかされてしまったらコロッと付き合ってしまいかねない。そんなことになる前に上手いこと相手の男の名前を聞き出して闇討ち…じゃねえ、牽制しておこう、という算段だ。普段はさっき言った通り蛇崩と内緒話をすることが増えたせいでなかなか聞き出すことができないことと、こいつと出かけたいという気持ちもあって映画の約束を取り付けるに至ったのだ。

「えへへ…まさか猿投山さんからこうやって誘って貰えるなんて思ってなかったので凄く嬉しいです!ありがとうございます」
「……おう」
「なっ何ですか今の間は!」
「気にすんな」
「気になるに決まってるじゃないですか!」

お前が可愛いから思わず見惚れちまったんだぜ、なんて面と向かって言える訳が無いだろう。何でこいつはこんなに可愛いんだろうな…。訳がわからんくらい可愛い。
…それにしても、何故ここまでこいつに惚れちまったのか自分でもわからない。どうしてこんなにも愛しいと、可愛いと思ってしまうのか。恋、というものは得てしてそういうものなのかもしれないが、まさか自分がこうなるとは思ってもみなかった。これは相手がこいつだからなのか、他の人間だったとしてもこうなったのか…。今まで北関東の不良どもを叩きのめすことに邁進したのちに皐月様の悲願達成に向け研鑽を続けていた身で恋なんざしたことがあるわけもなく、実際のところはどちらなのか、ということは俺には図りかねた。
…まあ、こいつ以外に惚れる自分が想像できないからその実際を知る機会は一生来ないだろう。



名前変換欲しいなpart2。猿投山を書くとヘタレてしまう…おかしい…