「あのね、渦くんにだけは言うね」

頬をほんのり赤く染めながら恥ずかしそうにそう言った幼いあいつの顔が今でも鮮明に瞼の裏側に焼き付いている。忘れようと努力した時もあったし、そうせずとも忙しさや周りの環境の変化の中でいつかは記憶の隅に追いやられるだろうと達観していたこともあった。だが結局のところ、俺はいつまで経ってもあの顔とあの言葉を忘れられずにいる。

「私ね、好きな人ができたの」

俺以外に向けられた、あの感情を。




「…渦?」
「あ?んだよ」
「渦が何か考え込んでる顔してるの珍しいなと思って」

寝転がってる俺を覗き込む丸い目に思わずため息が漏れる。こいつは俺の悩みの種が自分だとは思っていないんだろうな…。ましてや、俺が今すぐこいつをベッドに引きずり倒して押し倒してやろうか、なんてことを考えているとは露程も思っていないのだろう。そもそも俺をそういう対象として見ていないからこそ、この女はこう平然とベッドに寝転がる俺の側に無防備に近寄ってくるんだ。本当にバカだ。お前みたいな可愛い女がこんなに近くにいて邪な感情を抱かない男がいるものか。
物心ついたときからずっとその姿を見てきて、寝小便をして泣いているところやそれ以上に情けないところも全て見ている。それでもなお俺はこいつに劣情のようなものを抱いてしまうし、そういう邪なことを考えなくともこいつを誰にも渡したくない、という気持ちをもう何年も抱いてきた。…そして情けないことに、その気持ちを伝えられずに何年もの年月が過ぎてしまった。

「お兄さんから荷物来てたよ」
「兄貴から?」
「うん、いつもの仕送りのこんにゃく。おばさんが忙しくてお兄さんに任せたんだって」

手紙入ってたよ、と紙切れをこちらへと向ける姿にひとつ舌打ちを溢した。俺とは違い優等生だった兄貴に対する反抗心だと思ったのだろう、手紙と俺を見比べてあいつは苦笑いを浮かべている。だが今の舌打ちは兄貴に対するものではなかった。兄からの手紙をーー自分に宛てられたものでもないのにーー嬉しそうに見ているあいつと、その表情に苛ついてしまっている自分への舌打ちだった。



名前変換欲しいなこれ…と思ったのでいずれ短編に仕上げる。しばらく予定が詰まってるので一旦小ネタにあげたの巻き
しかしここに投げた話は結局短編まで仕上げない比率が高いのである………