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ほわーっと立ち上る湯気と漂う出汁の香りに触発されお腹が犬の唸るようにぐるぐると鳴く。空きっ腹にこんな鍋のいい匂いは強烈な攻撃、つうこんのいちげきだ。つまみ食いしたい衝動を必死に抑え丁寧に灰汁を取っていると慌ただしくサイタマがコンビニから帰ってきた。

「おかえりー、相変わらず時間かかるね」
「しょうがねえだろ最近ここらへん人がいねーんだから…コンビニも結構歩かなきゃ無いんだよ」
「お疲れ」
「あー腹減った…」
「灰汁とったし食べれるよ」
「じゃあとっとと食おうぜ」
「取り皿持ってきて」
「おう」

コタツで酒を呑みながらの鍋、ああなんと素晴らしいことか。これぞまさに日本の冬の風物詩。サイタマがそんなことを言いながらへたくそな鼻歌を歌っていて、もうすでに酔ってるんじゃないかと少し心配になった。
最近サイタマの家では一日三食のメニューに、全てと言っても過言ではないほどの頻度で白菜が組み込まれている。まあ、安くて量もあって、美味い。いい食材じゃないか。いいんだけれど夕飯を食べにくるたび白菜オンリーの水炊きを食わされるこちらの身にもなれよ、と思う。今日も俺ん家で食うよな?水炊きだけど。そのサイタマの言葉にぶち切れてサイタマを全力で殴ったのち、私が自腹を切り今日の夕飯はちょっと豪華な寄せ鍋で酒盛りとなった。サイタマは私にもっと感謝すべきである。

「「いただきまーす」」
「こんなちゃんとした鍋ひっさしぶりだな!」
「サイタマは幼馴染を金づるにして恥ずかしく無いんですかー?」
「出世払いだよ出世払い」
「趣味でヒーローやってるやつに出世もくそもないでしょーが」
「あるかもしんねーだろ?」
「まあ0%じゃないけどねえ…どっかの名家のお嬢様を助けて逆玉の輿!とか?」
「それ出世か?」
「出世じゃないの?」

出世…?出世ってどうなったら出世なんだ…?とぶつぶつ呟きながら真剣に悩んでいるサイタマの取り皿から肉を拾い上げむしゃむしゃ咀嚼する。キンキンに冷えたビールをぐっと飲み下すと口から自然にくーっ!という声が出た。親父くせえ、というサイタマを無視して鍋をつついていく。

「そういえばさ、こないだお客さんに店に酒置けばーって言われたんだけどサイタマどう思う?」
「ん?どうって何がだよ」
「うちの店で酒扱うの。あったら嬉しい?」
「置くとしたらあれだろ、ウィスキーとか…カクテルとかだろ?俺ビールとか酎ハイくらいしか飲まねえからわかんねえ、けど…まあ無性に飲みたいときは嬉しいかな。どっちかって言うと茶が欲しい」
「そっかー…検討してみるかなあ」
「頑張れよ」
「うん」
「あれ」
「どしたの」
「肉が無い」
「私だ」
「ふっっざけんな返せ!!!」
「鍋にまだあるからいいじゃん!私のポケットマネーで買った肉ですが!?」
「…なんかすまん」
「謝りながらどんどん肉食べるサイタマ揺るぎねえ」

サイタマって、ヒモに片足突っ込んでるんじゃないだろうか…。そんな気持ちをこめつつサイタマをじっとりと睨んでいたら怒っていると勘違いしたのか「今度何か奢ってやるから機嫌直せよ」と言いながら具をよそってくれた。サイタマって根本的にはいいやつなんだけど、いかんせん甲斐性ないからなあ。ちゃんと安定した収入あったら絶対モテモテだろうに、なんて残念なんだ。

「ハゲだしなぁ」
「あ"?」
「サイタマ顔いいのにハゲだし」
「おいナマエ喧嘩売ってんのか」
「あーあー最近前髪伸びてきて邪魔だなー!でもサイタマはこんなめんどくさいことも縁がなくていいですなー!」
「完全にバカにしてるだろ」
「してる」

ぎゃあぎゃあ騒ぐサイタマに笑いながらさっきよそってくれた具を食べていたら、買った記憶のないものが出てきた。

「鱈だ」

何で?という疑問が浮かぶ。入れた記憶もなければ買った記憶もないというのに何故だろうか。とりあえず確認も含めて食べてみる。うん、紛うことなき鱈だ。美味い。

「いっつもお前に頼ってばっかだしな」
「えっ…これサイタマ入れたの?」
「おう、美味いだろ」

あの独特なによっとした笑みではなく、無駄に爽やかで朗らかな笑みを浮かべて鍋をつついているサイタマになんだか感動してしまう。さすがに気にしているハゲを馬鹿にしたのは駄目だよなと思い、ヒモとかハゲとか罵って悪かった、と心の中で謝る。口に出すのは少し恥ずかしかったため心の中に留めておいた。…うーん、やっぱりサイタマっていいやつなんだなあ。

「もっと食えよ」
「うん」
「ナマエにたまには礼しなきゃなーと思ってたんだよ、遠慮はいらねーからな」
「サイタマなら逆玉の輿も夢じゃないわ、さりげなさが神がかってる」
「そうか?今はこんくれーしかできねえけどゆくゆくはもっとすげー物入れてやっから」
「入れてやっから、って鍋限定なの?」

2013.2.2(サイタマ)