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「音楽がかかってないここって、はじめてかもしれないわね」
「そうだねー…いっつもレコード交換する時くらいしか切らさないようにしてるから」
「たまにはいいかもしれないわ」

からん、からから。
氷と氷がぶつかる音が静かに響いた。今日は蓄音機の調子が思わしくなくて急だがお休みにしようとしていたら、「そんなのどうでもいいわよ。閉めてもいいけど私は居させて貰うから」と言われちょっと不思議な、店主と客では普通ないようなティータイムを二人で過ごしている。今日のお客さんはタツマキちゃん、緑の巻き髪が特徴的な少女である。

「何か食べる物もいる?」
「そうね、サンドイッチでも貰おうかしら」
「かしこまりました、お姫様」
「…は?」
「あはは…その蔑むような目はやめてほしいな…」

アイスコーヒーを優雅に飲むタツマキちゃんは外見年齢に反して凄くサマになっている、とつくづく思う。最近では30代にしか見えない50代だとか10代だとか、そういう色んな意味で化け物じみた人もいるくらいだしタツマキちゃんは実は少女じゃなくて女性なのかもしれないな。汗をかいているグラスをおしぼりでスッと拭うさりげない仕草だとかが大人の女性、という雰囲気を醸し出している。見た目は完全に童帝くんと同い年くらいなのに…うーん、不思議だ。

「(そういえばタツマキちゃんとの出会いもなかなかに不思議だったなあ)」

あんた、最近有名な喫茶店のマスターでしょ。あんたの店に案内しなさい。
私の目の前に立ちはだかり…タツマキちゃんの背は結構小さいから立ちはだかるというほど立ちはだかってなかったような気もするが、まあ、そんな感じで突然話しかけられたのがファーストコンタクトである。その後の会話は
「ゆ、ゆうめいなきっさてん……?人違いじゃ…?」
「あんたがナマエでしょ?」
「あっはいそうです」
「あんたの店に連れて行きなさい」
「はあ」
大体こんな感じだ。それからよくわからないうちにタツマキちゃんは常連さんになりなんだかんだで仲良くなっている。

「人生ってさ、何が起こるかわかんないもんだね」
「……そうね」
「はいサンドイッチ」
「ありがと」

何でタツマキちゃんは私の名前とか店とか知ってたの?と聞いたら、なんとなくよ、と言われたのはいつだったか。返答になってないじゃん、と笑ったような気もする。結構タツマキちゃんには店に来てもらってるんだなーと思うと嬉しくなって、によっと変な笑みが浮かんできた。にやりでもにこりでもない、によっ、だ。自分でも凄く変な顔しているんだろうなと思うけれどサイタマがよくによっという感じで薄ら笑いしているから移ったんだと思う。いい迷惑だ。

「なにバカみたいな顔してんのよ」
「ごめん、お詫びにこれサービスする」
「……何これ」
「メロンクリームソーダ」
「ガキ扱いしてんじゃないわよ!」
「してないよ!ただタツマキちゃんカラーだなあと思って」
「は!?あんたセンスないわね!」
「酷い!」

…ぶっちゃけると、ずっと付き合いのある友人というものが私にはサイタマしかいない。その原因は確実に生きていく上での立ち回りがさほど上手くなくちょくちょく暴力沙汰に巻き込まれ血まみれになっていたサイタマなわけだろうけど。あんな奴の世話を幼馴染という理由で一応見なければならなかった私に女子らしい青春が送れただろうか、いや送れなかった。
だからタツマキちゃんとお話したり、ちょっと騒いだり、こういう何気無いことがとても楽しく嬉しく感じてしまうのはしょうがないと思うのだ。

「へへ」
「その笑顔やめなさい」
「そんなに酷い?」
「かなり」
「…気をつける」
「ところでこの店、軽食以外の結構ちゃんとした食べ物も出してるってことはそういう許可証みたいな物出てるのよね」
「うん、出てるよ」
「じゃあ今度から酒でも置きなさいよ」
「そうなると深夜営業かな?うーん…考えとくね」
「楽しみにしてるわ」
「(やっぱりタツマキちゃん少女じゃなくて女性だったんだ…)」

2013.1.31(タツマキ)