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からんころん、ちーっす。
間の抜けた声にふっと力が抜けて交換しようとしていたレコードを叩き割ってしまうところだった。危ない。顔を上げて扉へ目を向ければそこに立っていたのはやっぱり幼馴染のあいつで、今日はもう仕事にならないな、とため息を吐くとOPENと書かれた札をひっくり返して蓄音機を止める。私がそうしている間にいつのまにかあいつはいつもの席に座っていてまた一つため息が漏れてしまった。

「いらっしゃい」
「いつものやつくれ」
「はいはい」

こいつはサイタマ。私の所詮幼馴染というやつで、この世に生まれ落ちた日からそれはもうしつこいほど絡み合った腐れ縁で今日まで共に過ごしてきた。こいつが来ると良くも悪くも私が作り上げた空間はぶっ壊れる。「落ち着いた雰囲気が素敵ですね」と言ってもらえたこの空間だってサイタマが居れば馬鹿騒ぎの宴会場の空気に大変身だ。匠も真っ青な劇的ビフォアアフターである。
そんなヤツだけれど、無意識のうちにサイタマが居なければつまらないなあと思ってしまうのだから困ったものだ。幼い頃からずっと居るものだからそれに慣れてしまっていて、なんだかそれが悔しい気もする。

「今日は晩飯うちで食うよな?」
「ん?あー、そうしようかな」
「じゃあ白菜買っとく」
「…白菜好きだね」
「安いだろ?」
「相変わらず生活費はカツカツなんだ」
「うっせ」

正直なところ、常にサイタマの生活はギリギリである。趣味でヒーローなんて己の利益にはならないことだし。就活中だが俺はヒーローになるって決意した、と言ってきた日のことは今でもはっきりと思い出せる。まあそんなサイタマだからこそ私は今でもこうして一緒にいるんだけれど。結局ノリでサイタマの修行になんだかんだいいつつも着いて行って、私も今では人並み外れたパワーの持ち主だ。サイタマとは時々殴り合いの喧嘩をしても大丈夫なくらいには丈夫だ。怪人だって何人かぶっ飛ばしたことはある。

「お前はヒーローやんねえのか」
「私にはこの喫茶店がありますからねー」
「折角お前も修行したのに」
「この街にはもうサイタマっていうヒーローがいるから私の出る幕はありません」
「お、おお」

突然外からガラスが砕け散る音と悲鳴が聞こえてきた。サイタマが「怪人が出たか!」と叫んだのでいってらっしゃいと言ったのだが、「馬鹿!お前も行くんだよ!」と腕を引っ張られてしまった。え、私も行くの?…まあいいか。
喫茶店をやって色んな人との出会いであったりを楽しむことは本当に楽しい。自分の店を持つことは夢だったし、常連さんも居て中々盛況なのだ。こんなに嬉しいことはない。
それでも、サイタマといることも物凄く楽しくて、たまにだけれどサイタマと修行して手に入れた力でヒーローのようなことをしてみるのも楽しくてたまらないのだ。

「行くぞナマエ!」
「了解、相棒!」

2012.12.21(サイタマ)