俺が師匠の剣に魅せられたのはいつだったか。容赦無く怪人の肉を切り伏せ、細切れにするその剣は初めて見た時から俺の目標であり憧れだ。きっとそれは一生揺らがないだろうという確信が俺の中にはあったが、眼前で繰り広げられている素早い斬撃に、今、俺はあの時のように魅せられている。
師匠の力強い剣技に似ているようで正反対のような、そんな剣がとてつもなく美しいと思った。師匠に抱く畏敬の念とは違った…美術品の類の触れてはならないものを前にしたかのような、そんな上手く表現できない感情がじわじわと胸を侵食してゆく。
怪人の身体が両断され、その隙間から今まで怪人の身体で遮られていた、先程から怪人を倒している人間の姿をはっきりと視認することが出来た。電灯の光を反射し、鈍く光る黒い刀身に言葉を失いひたすらに目を奪われてしまう。柄と鍔が一体となり所々が淡く水色に発光する、一見すると機械のようにも見える刀を携えた女性が、こちらを一瞥し静かに口を開いた。

「そこ、ジャマ。離れてて」
「……!す、すまない!」
「別にいーよ」

女性が刀を振るって刀身に付着した血液を払い除けると、女性が着ている柔らかい薄手の生地で出来ているワンピースも一緒に揺れる。すっと怪人の方へ視線を合わせ刀を構え直したかと思えば、次の瞬間にはとんでもないスピードで怪人のほうへと駆け出していた。
体躯や装いからもその女性は至って普通の、何処にでもいるような一般人にしか見えない。腕や脚は黒いレザー状の物で覆われているが、刀を振り回せるほどの筋肉が付いているわけではないことは容易に想像できた。ヒーローの中には細身でも常人離れした戦闘力を誇る人間は居るには居るが、彼女もそういった人達と同じような人間なのだろうか…。
すぐそこでコウモリのような怪人が大量に発生し街を破壊している、と聞きつけ現場に来たのだが、彼女が怪人をほとんど倒してしまったのかここにはその怪人は2、3匹しか居なかった。大量、というくらいには数10匹くらいは居たのだろうし、今の状況からしてそいつらは彼女が倒したに違いない。本当に彼女がそういう常人離れした人間だったとしたら、簡単にS級に上り詰めてしまえるくらいのとてつもない強さの持ち主なのだろう。
そうこうしているうちに甲高い鳴き声と共に最後の怪人が切り倒され、地面に落下した肉塊からべしゃっというトマトが潰れるような音が響いた。

「すごい…!」
「ん?あー、ありがとう?ていうかずッと見てたの?」
「不愉快だっただろうか…申し訳ない…」
「気にしてないけど…おにーさん、逃げたほうがいいよ。多分ゴッッツイヤツが来る」
「ゴツイやつ…?さっきの以外にも怪人が来るのか!?」
「多分ね。見ててもいいけどそこの電柱より近付いたら私が間違ッて斬っちゃうかもしンないよ!命が惜しかッたら逃げたほうがいいよ」

俺よりもはるかに強いであろう彼女がそう言ったからには従うのが賢明な判断だと思い、言われた電柱のあたりまで後退する。女性は腕から伸びたリモコンのような物を操作し空中を見上げ、来る、と呟いた。怪人の位置を確認できるような物を持ってるのだろうか?
そして数秒後、地面に撒き散らされた肉や血液を巻き上げるような風が起こり、真っ黒い巨大なコウモリが現れた。その怪人を前に、女性はにっこりと微笑むと切っ先を地面へ向け、地面へと片膝をついた。構えは一切取っておらず、座ってただ刀を持っているような状態。危険すぎる、一体何をしているのだろうかと思っていると、突然その状態から一閃、彼女は瞬発的に移動しそれと同時に怪人の羽に大きく傷を付けた。……完璧な居合抜きだ。それを皮切りに怪人と女性の強烈な戦闘が始まった。羽が傷付いたことによって飛べなくなった怪人の動きは精彩を欠いており、狙うべき場所を完全に理解した上での洗練されたその動きに思わず鳥肌が立つ。
師匠と似ているが似ていない、と思ったのは、彼女の太刀筋が剛と柔のどちらの顔も見せるような剣だっただからだろうか。師匠は、とにかく理屈や御託は抜きにして敵を斬って斬って斬り続ける、といういかにもな剛の剣をしている。が、彼女はそれとは反対の、そんな構えで敵が斬れるのだろうか、という状態からとんでもない瞬発力と相手の弱点を見抜く洞察力で敵を両断する柔の剣のように感じた。だが、そういう居合抜きのような技術の一切感じられない、ただ力でねじ伏せるような剣も時折姿を見せる。敵に斬撃を浴びせる姿はまるで踊っているようにも感じられた。
凄い。あんな剣士がこの世に居たなんて!怪人の首が切り落とされた瞬間に彼女の頭部が一部切り取られたようになり、淡い光を発し始める。一瞬敵の攻撃を食らったのかと思い狼狽えたが平然と立っているところからして傷を負ったわけではないようだ。

「っ、だ、大丈夫か!?」
「へ?あー…まあ。そッちこそ怪我とかしてない?」
「こっちはなんともないが…」
「ならいいや。それじゃバイなら」
「ちょっと待ってくれ!あなたの名前を…!」
「えっ無理待てない」

断面が足まで下がり、女性は完全に跡形もなく消えてしまった。一体彼女は何者だったのだろうか。名前を聞くことすらできなかったが、あれほどの腕ならば師匠なら何か知っているかもしれない。そう思い次の日すぐに師匠の元へ行ったのだが、そのとんでもなく強い女剣士に興味を持った師匠に逆に質問責めにされてしまっただけだった。