フブキ組の人間が先に戦っていたがあっけなく敗北した。そう連絡を受け現場に来たのが数分前のことである。
そこには巨大な恐竜のような姿をした怪人がおり、急いで私が応戦したものの力の差は大きく、このままでは確実に敗北すると簡単に理解することができるほどだった。動きを抑えようとしても怪人の筋力に私の力では全く歯が立たない。どうしようもないこの状況に全てを諦めそうになったが、今私がなんともなくこの場に立てているのは…先ほどまで私を殺そうと繰り出されていた怪人の腕が、私がまばたきした瞬間に消え失せていたからだ。

「グオオオオッ!?」
「なっ…」

怪人の腕の断面から血液が勢いよ噴き出す。怪人が困惑したような表情で地面を睨んでいて、それぬ釣られて私も地面へ視線を向ける。するとそこには骨も筋繊維も無視したように全てが平たくなった元は怪人の腕だった肉の塊のようなものが、地面と共に丸い円状に押しつぶされたようになっていた。おそらくこれは、圧力か何かで潰されたのだろう…常人では出来ないであろうその攻撃に一瞬、姉が来たのかと思い身震いした。それほど強烈な攻撃。だけれど姉はあんな力任せな攻撃はしない。ならば一体誰だというのか?そんなことを考えていると、私の前に一人の女性が降り立った。

「下がッてて」
「誰?誰なのあなたは…」
「そんなのどうでもイイじゃん…巻き添え食らッても責任は取れないから、死にたくなかったら逃げな」

それはパーカーとジーパンという普通すぎる格好の女性で、先ほどの攻撃とその女性の姿が全く結びつかずあっけに取られてしまう。そんな私を気にも留めず、強く地面を蹴り上げたかと思った瞬間にその女性は私の視界から姿を消していて、地面に落ちた影を頼りに宙を見るとその女性は常人では考えられないほどに宙高くへ飛び上がっていた。どう見ても人間の脚力ではない。
怪人が慌てたようにその女性に攻撃を繰り出したけれど、どこからか発せられたギョーンという間の抜けた音と共に例の円状の圧力で怪人の四肢が切断され、私が全く敵わなかったその怪人はものの数秒で行動不能となってしまった。
この人、とてつもなく強い。さきほどの圧力やその跳躍力からして、エスパーなのだろうか?でも、ヒーロー協会に所属していて、尚且つこれほど力の強いエスパーなんて私と姉くらいしか知らない。今眼前で繰り広げられている戦闘をこなせるほどのエスパーが私よりランクが低いだなんて思えないし、怪人にあれだけ攻撃を加えている人間がヒーローでないとも思えなかった。
…まさか趣味や慈善活動で無所属ヒーローをやっているなんてこともないだろう。

「大丈夫?怪我してるなら運んだげるけど…あーもしかしたら駄目かもしんないなあ…あいつ最後のヤツかも…」
「最後…もしかして他にもあんな強い怪人を倒したの!?」
「今ので3匹目かな?攻撃は単調だし皮膚は硬くないし楽ショーだよ」
「…あなた、エスパー?」
「えすぱー!?そんなブッ飛ンだ人間なわけないじゃん!…いや知り合いに居るっちゃあいるけど!私は違う!」

エスパーでないなら一体何?と思ったけれど、多分、彼女の手にある双銃身の巨大な銃が関係しているのだろう。銃口がないところからレーザー銃か何かかと予想していたのだけど、それはハズレらしい。彼女がエスパーじゃない唯の人間なら、その武器しかあの圧力を発生させることができる理由は無い。どういう武器なのだろうか?仕組みが分かれば私の戦い方に生かせるかもしれない。…気になるわ。でも、あの跳躍力の説明はつかないまま…か。ヒーローの中には生身であれくらい跳ぶ人間もいるはいる。でも、にへ、と笑うその女性がそんなにも強いとはやはり思えなかった。

「黒いスーツの人いっぱい倒れてるけど大丈夫なの?お仲間?」
「ええ…」
「もしかしておねーさんもヒーローなカンジ?」
「そうよ。あなたはヒーローではないの?」
「んー違うよー!なーんか最近ヒーローとかいう人達に会うンだけど、ここッてどこ?日本?」

日本、という地名に聞き覚えは無かったし、ヒーローを知らないようだったからこの人はもしかしたら外国人なのかもしれない。ここはM市よ、と言うと女性は、鳩が豆鉄砲に撃たれた、という表現がぴったりな表情になった。しばらく考え込んだ後、彼女は達磨状態で動けない怪人の頭部に向かってさきほどのものとは違う小型の銃を撃った。黒い銃身と間抜けなギョーンという音だけは一緒だ。また圧力かと思ったのだけれど、全く押しつぶされる様子はない。見たこともない武器に少しだけ興味を惹かれ、女性に問いかけようとした瞬間に、怪人の頭部が盛大に内部から爆発した。四方八方へ飛び散る血液を全身に大量に浴びて、女性は真っ赤に染まっている。忌々しげな表情で怪人の肉を蹴り飛ばす姿が、酷く恐ろしく見えた。

「ヒッ!」
「レーダーにはもう…反応、ナシ、か」
「れ、レーダー…?」
「おねーさん、ここらへんにあの星人はもう居ないから安心して。周りのお仲間はさッさと病院連れったほうがいいかもね」

小さく舌打ちをし、女性は服のチャックを引き下げた。血濡れのパーカーを脱いだ女性は真っ黒のレザースーツを纏っており、黒のレザースーツという響きに少しだけ既視感のようなものを覚える。どこかで聞いたことがあるような気がする。一体、一体どこでーー…必死に記憶を探っていると、女性の頭頂部がジリジリと水色の光を発しながら切り取られたように消失し始めた。まるでさっきの怪人の腕のように、断面からは中の脳や眼球が見えている。しかし、血などは一切出ておらず、さらにその露出した臓器はいかにも内臓です、という色ではなくレントゲン写真のようなモノクロ調だった。その光景はまるでドラマや映画のように現実離れしていて、思わず言葉を失ってしまう。

「……ガンツの野郎…ッ」

『フブキ組の人間がやられた』という報告で私が現場に来た訳だし、救急車はすでに手配されていたようで遠くからサイレンの音が近付いてきた。それから数分後にはヒーローの姿を見にきたらしい群衆のざわざわとした喋り声や、サイレン、救急員の指示を飛ばす声なんかが辺りを支配していたけれど、いつのまにか完全にその場から姿を消した彼女が呟いた“ガンツ”という言葉と黒いレザースーツ纏ったその姿が、いつまでも私の目と耳に焼き付いていた。