怪人がひとりでに次々と死んでいく。甲虫のような外見の怪人の肉片と共に、緑色の粘着質な液体が撒き散らされるその光景を俺はただ呆然と見つめることしかできずにいた。
道を歩いているとつんざくような悲鳴が聞こえてきたため急いで現場に駆けつけてみればこれだ、一体何が起こっているというのだろうか。自分の知識では理解することはできないという事だけは分かった。怪人が内部から弾け飛ぶその様子から、自分自身を爆弾として特攻をしかけているのかもしれないと思ったが、破裂する仲間を見て怪人どもが酷く狼狽えているところからしてそうではないらしい。

「とりあえず…俺の出る幕ではない、か」

体力を使うことは避けたかったこともあり踵を返したが、俺がその場から立ち去ることは叶わなかった。かなり大型…おそらく先ほどからばたばたと死んでいっている怪人たちの親玉であろう怪人が、俺の前に立ち塞がったのだ。グオオ、と低く唸るそいつが一筋の涙を流す。仲間の為に頬を濡らすなんて随分と情に厚いやつだと自嘲ぎみな笑みが漏れた。

「俺より人間らしい奴だ」

拳銃で何発か頭部を狙ってみるが、強固な殻で守られた頭部は鉛玉を一切肉に届かせることなく跳ね返してゆく。これじゃ斧も通りそうにない。虫の形をしているからには炎で焼けばどうにかなりそうな気もするが、生憎俺にはそんな武器の持ち合わせはないし…どうしたものか、と考えている間にも怪人はこちらへ向かってきている。迫り来る怪人の鋭い爪にとりあえず今日一度目の死を覚悟した。
これは本気でヤバイ。これは何回死んでも勝てるか分かんねえなと呟くと、そのつぶやきを吐き出すと同時に乾いた空気を弾き飛ばすような、プシッ、という軽い発射音が響き、同時に怪人にワイヤーのようなものが絡みつき、地面へと縫い付けられた。爪は俺の眼球まで残り1cm、というくらいの距離で止まっている。一体何なんだ、これは。今日はおかしいことばかりだ。少し離れた場所…何もないそこで、宙で見えない何かがバチバチと激しくスパークし始める。

「オニーサン、もしかして新人さん?」

そんな経験は初めてだったせいもあり、火花の中から声がかけられた、ということに気付くまでに少しだけ時間がかかった。火花が一つの形を作り上げ、段々と人の形を形成し、透明な人間を構成する。それは次第に不透明になっていき、スパークが収まるころには黒いレザースーツを纏った女が姿を現した。手には銃身が3つに枝分かれした、拳銃とは言い切れない金属製の武器が携えられている。おそらく先ほどの発射音はその武器から発せられたものなのだろう。

「ねー答えてよ。星人じゃないことはわかッてるから武器は向けない。安心して」
「…あぁ?あー…すまねえ?な?」
「あッは!なんで疑問形なの!まーいいや、君新人さん?」
「俺は新人じゃねーけど、お前見たことねえし…そっちこそ新人ヒーローじゃねえのか」
「ヒーロー……んん?ヒーロー?また?ふーん…私の仲間じゃないンだ。私はヒーローじゃないよ」
「つーか何だそのスーツ…光化学迷彩?」
「いやあ、光…ではないかな」
「ところでさっきから怪人が爆発してってるのお前がやったのか」
「おお、見てたの?ごめいとー!そうです私が殲滅しましたであります」

けらけらと笑いながら女は三又の銃らしき武器を怪人の頭部に、向けトリガーを引いた。すると怪人の頭部から糸のように光が伸び、天へ向かって怪人は次第に消失していく。転送完了、と女が言うと同時に、怪人は最初からいなかったかのように跡形も無く消えてしまった。

「わけわかんねえ、お前は一体何者だ」
「私?ただの人間だよ。また会うかもね、オニーサン」
「……ありがとな」
「え?」
「とりあえず、あの怪人は俺じゃ倒せなかったと思うからな。それだけは礼を言っとく」
「律儀な人だねー…んじゃ、バイバイ!星人に殺されないように避ける努力くらいはしたほうがいいと思うよ」

怪人と同じように…頭部から光は出ていなかったが、女も頭頂部からどんどん消えていく。先ほどのように姿を消しているわけではないらしい。手を振る女に一応手を振り返すと、満足気に笑って女は消えて行った。
怪人が爆発するのも、消えるのも、初めて見る。姿を消すのも、あのスーツも、女が持つ装備は全て見たことがないもので。一体何なんだ。わからない。ただ一つ、女が敵ではないということしか俺には分からなかった。
これは全く関係ない話だがーーどうやら全ての怪人を俺が倒したようだと民間人から協会に報告が行ったらしく、銀行口座の残高が増えていた。ありがとな、という言葉は、今は届くはずもない。