ピュン、と小さくガンツソードを振るう。刀身から滑り落ちた血液が足元の赤い水溜りに波紋を作り、静かに水音を響かせた。
斬り伏せられ道端へと横たわる星人を見下しながら、とどめとばかりに心臓へ向かって剣を突き立てる。一瞬黒いスーツを着ているように見えて何も考えず攻撃してしまったが、もしこれが星人ではなかったらと考え口の端が引きつった。黒スーツ着て襲ってくる奴を見ると最近冷静ではいられなくなってきていて不安になる。それもこれもあいつのせいだ。
…私はあいつに勝たねばならない。あいつに勝つことが出来なければ、私たちに未来は無いに等しい。ガンツのミッションで戦闘を行うときに相手をする星人たちとはどこか違った、明確な私たちの敵。私たちガンツの人間を殲滅しようとして襲い来る生物。人の血液を食糧とし生きる『吸血鬼』と呼ばれる、本来なら空想上のものでしかないソレについてこちらが分かっているのは、あいつらは一生私たちと相容れることのない存在ということだけ。そんな…人でも星人でもないような何か。
武器の扱いに慣れた一部のガンツの人間ならば奴らを倒すことは造作もないことだろう。だが、相手があいつになるとーーー例の金髪のホストのような出で立ちの吸血鬼となると話は変わってしまう。和泉くんのような手練れでさえも奴には手こずるのだから、そんじょそこらの奴では敵いっこない。西くんなんかではもってのほかだ、あの子はひ弱すぎる。私たちの殲滅を目的とする奴らからすれば、害を為そうが為さなかろうが皆等しく害虫にすぎないのだから…奴らが西くんに牙を剥かないなんてことはあり得ない。吸血鬼にかち合うとほぼ反射的に、あいつが襲ってきたのでは、西くんを失うのではと考えてしまっていけない。常に冷静に状況を把握して戦わなければ。私は西くんが居なくなることに、きっと耐え切れないのだから。

「西くん…私は、君を護るよ」

私が護らなければいけないのだ。私には、西くんしかいない。この世界が滅びたってカタストロフィを迎えたって構わない。でも、西くんが居なくなることだけは駄目だ。そんなの、私は生きていけっこない。
先ほどの一体を皮切りに次々と星人が溢れ出してくる。さすがにこの数相手にXガンじゃ対応できないよなと改めてガンツソードを構え、星人を叩き伏せるように斬って行くが、斬れども斬れども数はあまり変化を見せない。ぐるりと周囲を見渡すと倒したはずの星人の姿が見えなかったため、再生しているのだろうか、とも思ったがそうではなさそうだ。それにしては攻撃力が低すぎるし、明らかに私とはコミュニケーションが取れそうにない感じがする。
基本的に星人の力はすべてイコールだ。日本語で充分なコミュニケーションが取れる知能を持つ相手のほうが強く、特殊な能力も持つようになる。強くなければ特殊な能力や知能は持たない。こいつが再生能力があるような奴ならば、さっき何度か不意打ちで食らってしまった数撃でガンツスーツを破壊もしくはその寸前まで持っていくことことだってできただろう。
だけど、今私が対峙している星人はどう考えても弱い。というか弱すぎる。動きも単調すぎるし、何がしたいのかよくわからない感じ。不自然に思いコントローラーで星人の位置を確認すると、私の周りの星人たちから数メートル離れた場所にもう一つ反応があるのが分かった。複数が固まって潜んでるのか強いやつがいるのかはわからないけれどそっちを叩いたほうがよさそうだ。
うーん何だかこの変な世界に飛ばされるようになってから面倒くさい星人と当たることが多くなってないか。星人の群れを突き抜けて、反応があった場所の地面へと思い切りガンツソードを突き立てる。

「核か大ボスかそこに居るな!?出てこいよ!」
「…お望み通り」
「へぇ?中々素直じゃん」
「こっちもテメーみたいなのは予想外なんだ。ヒーローじゃねぇだろお前?なのになんでそんなに強いんだよ」
「まーたヒーロー?ンなの知らないッての」
「ハァ……お前らはもういいよ」

アスファルトを突き破って這い出てきた敵さんは限りなく人に近い形をしていた。意思疎通が出来てるし、油断はしないほうがいいっぽいな。どうやら先ほどまで私が戦っていた星人たちは目の前の星人が操っていたらしく、さっきの「もういい」という星人の言葉に霧散して跡形もなく消えてしまった。おいおい私のさっきまでの努力は無駄骨かよ!潜んでないでさっさと出てきとけよ!そんなどこにぶつければいいのかわからない苛々を晴らすため、全力で地面を踏みつけたら星人の眉間に深い深い皺が寄った。アスファルトをぶち上げたのがそんなに気に触ったのか。

「ああ…くそ、なんでこんなことに…何なんだよテメーはよ…強すぎんだよ何で簡単に脚の力でアスファルト割れんだよ…」
「そっちこそ道路割ッて出てきたろ!文句言うな!いやそういう話じゃないか!」
「おい、俺の質問に答えろ。ヒーローじゃなけりゃお前は何のために俺を攻撃する」
「……生きるため?ていうかなンで星人が私に質問してんの?私らの事情、アンタみたいな強そうなやつなら詳しいんじゃないの?コッチも質問していい?」
「構わねぇ」
「アンタ、私が何なのか知らないくせにヒーローのことは知ッてンの?ヒーローッて何」
「そんな事も知らねーのか?お前大丈夫か?」

…どうにも話が噛み合ってない気がする。星人はいかにも人間らしい仕草であたりをうろうろしながら何かをぶつぶつ呟いていて、凄く挙動不審だ。イライラしながら頭を掻き毟るその姿からは普段戦う星人らしさは伺えない。もうやだわ調子狂うわ帰りたい。シリアスな感じで西くんを護る!て決意を新たにした瞬間に何かもう嫌になってきた。
それにしてもこの星人、かつてないほどコミュニケーションが取れている。なんというか…言葉が通じる通じないとかいう問題ではなく、あちらさんがこっちにあまり敵意を抱いていない感じ。こんなのは初めてだ。私たちはガンツに命じられて星人を殺す、向こうは突然攻撃されて仲間を殺されたからこっちを殺そうとする、そういうふうに普段は戦闘が始まるからこんな状況は逆に何かあるんじゃと変に勘繰ってしまう。

「ヒーローっつーのは犯罪者やら俺らみたいなのを倒す人間だよ。俺はヒーローをぶっ倒して有名になりてーんだ…弱ぇC級B級を倒してな…お前みたいなS級レベルはお呼びじゃねえ」
「犯罪者も相手にすンの?ヒーローッて警察?」
「本当に何にも知らねぇんだな…俺はお前がヒーローじゃねえなら見逃して欲しいんだよ。下手にお前をさっきので襲い続けてマジのヒーローが来ちまうよりかはその前にお前と話つけようってな」
「ふーん…」

私も戦わなくていいなら戦わず去りたいんだけど、それはできない話である。ミッションを終わらせてあの黒い球体が置いてあるマンションの一室に帰るには、ミッションの制限時間切れ、もしくは星人の殲滅が必須条件だ。だけど、時間切れにさせるつもりは毛頭ない。いくら点を貯めていても一度時間切れにしてしまったらすべてパアになる。西くんを庇って片腕吹っ飛ばしながらもぎ取った20点も、吸血鬼どもの襲撃を受けつつもミッションを遂行した15点も、全部無かったことになるのだ。そんなのいいわけない。第一、私と違う場所でミッションをしている皆にまで時間切れのペナルティが課せられてしまったら半殺しじゃ済まないかもしれないし…特に和泉くんと西くんは半殺しどころか9割殺しくらいしなきゃ気が済まなそう。とりあえず、この世界のことについて星人から得られるだけ得ることにしよう、なんか親切そうだし。そう思って情報を引き出そうと口を開きかけた瞬間……
何故か目の前で星人が細切れになり血を噴出しながら地面に崩れ落ちた。

「……は!?ちょっ……はぁ!?」

何が起こったか全く理解できない。星人と戦う間だけという短い滞在時間で、普段なら手に入れられそうもない情報が沢山ゲットできるかもしれなかったのに。軽いショックで眩暈を感じ、全身の力が抜けて思わずおーあーるぜっとの体勢になった。うおああ、なんて呻き声を上げながら目の前に広がる肉塊と赤い水たまりに茫然としていると、突然声が掛けられた。

「怪我ァ無いか姉ちゃん」
「……あん?」

顔を上げれば私の目の前にはいつの間にか2人の人間が立っていた。心配すんな俺らはヒーローだ、とかなんとか言っているところからして、どうやらヒーローらしい。着物を着たちょんまげの人と、鎧を着た人。あの鎧の人は前に見たことがあるが、ヒーローだったのか。口ぶりからしてこの細切れはきっとこのオッサンがやったのだろうがとんだ有難迷惑である。何か文句でも言ってやろうと睨んでいたら、鎧の人から予想外の言葉が飛び出した。

「師匠…この人です、この人が先日俺が言っていた強い女剣士の方です!」
「何っ!?そりゃ本当かイアイ!」
「はい…間違いありません!」
「はぁ?」

私が剣士?んなアホな。鎧の人の腰に携えられた刀からして本職の剣士だろうに、この前の私の動きを見て私もそうだと勘違いするなんてお前の目は節穴かと叫びたい。剣の振り方や構えで素人かそうじゃないかくらい分かりそうなのに。ガンツスーツで腕や足を強化してたから敵をばっさばっさ薙ぎ倒せてたけど、斬るというよりもはや刀身を叩きつけるだとか肉を叩き潰す、という表現がぴったりの動きだったと思う。

「姉ちゃんなんの流派のヤツだ?それに不思議な刀使ってんだな!」
「流派とか知らないし…ていうか誰あんた」
「おぉ我流か!」
「話聞いてないな?」

興奮した着物の人が私の肩を思い切り掴んで嬉々としてマシンガントークを始めたから、余計なことしやがってというイライラもあり思わず反射的に全力でガンツソードを脇腹から横薙ぎに振るった。腕を振る勢いで体勢が崩れ、着物の人から視線が外れてしまったからうまく攻撃できたかは分からないけれど、一瞬で人と同じサイズの星人を細切れにするくらいだしどうせ全く食らってないんだろう。最初っから大人しくぶった切られてくれるだなんて思ってはいないけれど、あんたにはせいぜいいい鬱憤ばらしになっていただこう。目を瞑って大きく数度深呼吸し、そして腹の底から大声で叫んだ。

「何嬉しそうに話してンだオッサン!こっちはせッかくの機会オシャカにされてブチ切れてんだよ!」
「あッ…ご、ごめんね…!はは、調子乗りすぎちゃったかな…」

人当たりの良さそうな、優しげな声色。さっきの着物のオッサンではないそんな聞き覚えのある声に、頬を嫌な汗が伝った。そういえば星人はオッサンに倒されてしまっていたし、転送が始まっていてもおかしくない…。おそるおそる瞼をこじ開けると、目の前には予想通り、いつも通りのガンツ部屋にひどく落ち込んだ様子の鈴木さんと焦った様子のその他大勢、そしてやけに邪悪な笑みを浮かべた西くんという私以外のガンツメンバーが立っていた。どう見ても私のさっきのセリフは鈴木さんにぶつけたようにしか見えない状況じゃあないですか。

「おいブス!お前も中々言うようになッたじゃねーかよ!はははッ!」
「うわッ…西く…うわあああなんかすみません鈴木さん!!」
「イヤいいんだよ…珍しく自分がトドメをさしたからッて調子乗ッてたのは間違い無いし…はは…」
「おっちゃーーーん!おっちゃんが膝から崩れ落ちたーーッ!」
「ごめんなさいいいいい!」

私、こんな調子で本当に西くんを守れるんだろうか…?当の西くんは爆笑しているし、吸血鬼とかその他もろもろ心配でしかない。私だけ変な場所に転送されるし、この先一体、どうなるんだろう。






「し…師匠!大丈夫ですか!」
「ああ、鼻の先ちょっと切ったくらいだ。つーかあの姉ちゃんはどこ行った?」
「彼女、怪人が居なくなるとすぐ消えてしまうようなんです。それにしても…凄い一撃でしたね」
「この俺に刀で傷を付けるとは大したもんだ!イアイ、お前が目をつけただけあって良い腕だった」
「……ヒーローじゃないなら一体何者なんでしょうか」
「全くわからんがいつか一回手合わせしてみたいな。良い腕ではあったがまだまだ磨けば伸びるぞあの姉ちゃん」
「我流であの腕とは…そうだ、ヒーロー協会に報告したほうがいいんでしょうか?」
「…まあいいだろ、報告せんでも。ヒーローにならない理由があるのかもしれん」
「そう、ですね」
「んん?残念そうだなイアイ」
「彼女がヒーローになれば剣の道を志す人も増えるだろうにと思いまして」
「そりゃーいいな!安心しろイアイ、ヒーロー協会に報告はせんがどこのどいつだか調べんとは言ってない」
「…!」