「センセー、原稿どんなカンジ?」
「今日はもう上がってるが持ってかないでも大丈夫だぞ」
「え?何で?」
「オレの担当が来るからな」

どこから、なんて聞く必要性もない回答に大きなため息しか出なかった。このヒトはなんというか良くも悪くも自由人でこんな普通なら不可能なことでさえ、どうせ平気でやってのけてしまうのだろう。センセーの行動を止める気さえ起きない。鬼将会の一員としてはVIPといえども行動を咎める必要があるのだろうけどこのヒトはどうせ注意しても右から左だろうし。

「…はあ…担当が来るってことはやっぱ外から?ここに入るのにイレギュラーな方法じゃ下手したら死んじゃうよ?」
「アイツは運は強いから大丈夫だろ」
「うっわ無責任」

自分が呼んだにも関わらずかなり適当っぽいセンセーだけど、センセーの表情を見る限りでは一応考えがあるみたいだしその担当がたどり着くまでに死ぬなんてことは起こらなさそうだ。
いつも原稿の受け渡しの時にくるヒトかな、なんてどうでもいいことを考えながら、することもなさそうなのでボーッとしていた。最近はゲームを通してだけど強いヤツと対局したり、地下にセンセーが来たりと普段とは違うことが結構あったせいか毒が抜けたようななんとも言えない感覚になることが多い。ここ鬼将会にいると普通じゃないことしかないけれど、これからしばらくは今まで体験したことがない非日常が自分を襲ってくいる。漠然とだがそんな予感があった。

「また一波乱ありそうだな…」
「ん?何か言ったか?」
「いや、」

なんでもない、という言葉を遮るかのように大きな音が外から部屋に伝わってきた。何かをなぎ倒すような音であったり、駆け回り色んなモノを踏みつけ回っているような音であったり、種類は様々だ。けれどこの騒音の原因はセンセーの言ってた“担当”なんだろう、何故かそう確信した。

「やっと来たみたいだな」
「あれ、やっぱり担当さん?」
「相変わらず騒がしいなァ」
「あのいつもの受け渡しの人?」
「イヤあの人は臨時だ。俺の担当は別の企画で一旦離れててな」
「ふうん」

どんな人だろうかと想像してみるもセンセーの担当なんだからひどい変人なんじゃないかとかいったことしか思い浮かばない。っていうかわざわざセンセーの要求に応えるぐらいなんだからよっぽどの世話焼きなのかも。じゃあ人の良さそうなオッサンとか?
でも開かれた扉の向こうに立っていた人物は、そんなオレの想像を全部叩き潰してしまった。

「せっ…先生っ…何なんですかここ…」
「楽しいだろ?」
「ぜんっぜん楽しくないですよ!!先生の部屋に着くまでに何時死にかけたことか…!っていうか何で私呼ばれたんですか!?」
「……女のコじゃん」

思わず口から零れた言葉に「へ?」と向こうも声を漏らす。まさか、まさか女のコだとは思っていなかった。しかも可愛い。こんな子がセンセーと一緒に漫画を作ってるだなんて衝撃だ。

「えと、先生こちらは…」
「原稿の受け渡しをやって貰ってる氷村だ」
「ええっちょ…いつも文字山先生がお世話になってます担当のみょうじです!」
「氷村です、よろしく」

オレたちが挨拶してる間にセンセーがどこからか将棋盤を引っ張ってきてみょうじさんを盤前に無理やり座らせる。将棋をやらせるために呼んだのか?でも打ち合わせって言ったし。そう思ってるとなんだか言い争いが始まっててとにかく騒がしい。

「打ち合わせじゃなかったんですか先生!!!」
「将棋マンガなんだから将棋するのは立派な打ち合わせだろ!」
「私将棋は駒の動かし方しか知らないって言ったじゃないですか!」
「つべこべ言わずにやるぞ!」
「えええええええええだから私むりなんですってばあああ」
「俺の担当だろうが!」
「担当でも無理なものは無理なんです…!」

もうほぼ泣き叫ぶような状態のみょうじさんとニヤニヤしてるセンセーを見るとなんだかいじめっ子といじめられっ子みたいに見えてくる。けれど、センセーはなんだかすごく楽しそうで嬉しそうで、出会って数分も経ってない俺とみょうじさんだけど二人の関係性がちょっと分かった気がした。

「(まるで好きな子いじめる男子じゃん、文字山センセー)」


ここにみょうじさんを呼んだ理由も打ち合わせなんてただの口実で、彼女に会いたかっただけだったりして。