ごつ、とジェノスくんのおでこに私のおでこをぶつけてみる。そのままジェノスくんの頬をぐにぐにと弄ぶと、一瞬何か言いたそうな表情をしたけれど何も言わずされるがままになった。サイタマくんとジェノスくんを見てると思うんだけれど、ジェノスくんは忠犬のようだなあ。サイタマくんの友人ってだけで私を「なまえさん」と呼び、ちょこちょこ世話を焼いてくれるのだ。これを忠犬と言わずして何と言う。
きゅわん、かりかり、きゅわん、かりかり。
パソコンがロムに書き込みをしている時のような、モーターがきゅるきゅる動いているような、そんな機械的な音が私の鼓膜を震わせる。ジェノスくんの頬は人工皮膚に覆われ人間らしい感触がするけれど、その皮膚は人肌よりは温度が低いし、少し触れる場所を下げてみればその柔らかさを微塵も感じさせない金属の硬さとひんやりとした冷たさが指先から伝わってきた。それが無性に心地良い。
ーーそれにしても、私は何故こんなことをしているのだろうか?いくらジェノスくんがちょっとしたお願いなら聞いてくれるからって、お互いの額を合わせるという恋人のような行為はするべきではない。第一私なんかがこんなに近付いたらジェノスくんが不愉快だろう。そう思うのに、身体が異様に怠くて手を動かすのがやっとで離れられない。あれ?さっき、私何でジェノスくんにおでこぶつけたんだっけ?とにかくこの状況を謝らなければ、と思って口を開く。けれど口内がやけにかさかさとしていて、ひゅうと喉から情けない音が漏れただけで終わってしまった。ぱく、ぱく、ゆっくりと、ごめんね、と口を動かす。

「なまえさん」
(なに、ジェノスくん)
「…すいません」
(なんでジェノスくんが謝るの?こっちが謝るべきなんだから)
「いえ、俺がなまえさんに……」
(私に?)
「……何でもないです」

ゆっくりだから一応会話が成り立つようでよかった。そんなことをぼーっと考えているとジェノスくんの瞳がちかちかと瞬いているのが目に入ってきた。ゲージのようなものや数字やら文字やらが表示されては消えて行く。その瞬きと共鳴するかのような小さな金属音と共に、瞳孔の部分が大きさを変化させる。これだけ近付いてはじめて、その瞳孔の収縮膨張がシャッターの動きなのだと、それらを包むものがガラスなのだと分かった。ちかっと光を跳ね返すその瞳…そのジェノスくんの瞳が、恐ろしいほどに美しいと思う。底のない穴を眺めているような、深海のような何も見えない空間を覗き込むような、足元に何も無くなるような感覚。思わずジェノスくん、と息を吐き出すと「何ですか」と言葉を返してくれる。その瞬間にふと思った。こんな近くで喋っているのに、ジェノスくんの息は私にかからないのか。ああやっぱり、ジェノスくんはヒトではないのか。と。ヒトではない、というのは間違いだとは思うけれど。身体を構成する物が違うだけで、生まれた時はそうであったし、肉体以外は心も記憶も何もかも人であるのだから。

「今は起こすべきではありませんでしたね…」
(え?)
「発汗も増えているようですし、先程なまえさんが眠った時よりも0.7℃体温が上昇しています。食欲はありますか?」
(食欲、は、ないかな)
「やはり……思慮に欠けた行動をしてすいません」
(えっと…なにがなんだか分からないんだけれど…)

不意にジェノスくんに身体をゆっくりと倒されて、今自分が布団の上にいることに気付いた。枕元には少しぬるくなってしまった氷嚢がある。…風邪でも、引いてしまったのかな。どうりでやけに身体が怠くて声が出ないと思った。

「っ……げほ、」
「! 無理なさらないでください」
「う、ん」
「何か食事を、と思ったのですが…やめておいたほうがいいですよね」
(ごめんね)

悲しげに伏せられ小さく揺れる金色の睫毛がジェノスくんの黒い瞳と相まって星空のようだと思った。もっと近くで見たい、と思い手を伸ばすけれど、力が入りきらずだらしなく布団に落ちてしまう。そんな私の様子を見て、またジェノスくんが悲しそうな顔をした。私情けないなあ、歳下に迷惑かけて…さっきは多分起き上がらせてくれたんだろうけど、そのままなんでかすごく近くでじろじろ見ちゃったし、また見ようとするなんて馬鹿じゃないの…ああ駄目だ、頭痛のせいで思考が乱れる。風邪だと頭が認識しただけで一気にドッと疲れが増えたような気がする。

「今はとにかく眠ってください」
(うん)
「お休みなさい」
(おやすみ)

病気になった時、人はセンチメンタルになるのかもしれない。先程感じたジェノスくんの音、感触、熱をぐるぐると脳内で反芻すると、それだけでなんだか悲しくなってしまった。その悲しさを誤魔化すように、サイタマくんの顔を思い浮かべてみる。ふふ、サイタマくんの笑顔を思い浮かべるだけで元気になれそう。冷たいものがふっと額に触れる。氷ほどは冷たくないし、ジェノスくんの手のひらだろうか?前髪をゆっくりとかきあげられ、その感触の心地よさに意識がじわじわと混濁していく。
サイタマくんの友人にまで献身的なジェノスくんは、立派な弟子だねえ。
眠りに落ちてしまう前に口から滑り落ちたその言葉に、なんとなくジェノスくんがまた悲しそうな顔をした気がする。なんとなく、そう思う。






「友人だからなどではなく、あなただからなのに」

沈んだ意識の中、私の言葉を飲み込むかのように、その言葉を私に飲み込ませるかのように、少し冷たい柔らかいものが唇に触れたような気がした。