最後の方に軽く暴力表現があります。あとかっこいいゾンビマンはいませんご注意


ああ醤油が来れてるなあ、と思ってスーパーへ買い物に出かけたのが10分前。その10分という短時間で一体私の家に何が起こったというのだろうか。この酷い惨事を、誰かお願いだから私に説明してください。
私の家…というかまあマンションの一室なのだけれど、その私の部屋のベランダに怪人らしき物体が突っ込み、周りにはいたるところへ大量の血液が飛び散って真っ赤になっていた。

「何これ…」

ガラスも壁もバッキバキに大破していることが遠くからでも分かってもう呆然と立ち尽くすしかない。というか「またか」とほぼ呆れに近いため息が漏れてしまう。思わず落としてしまった買い物袋も気にならず、頭を抱えている私によく知った声がかけられた。

「またなまえか」
「…こんっ…のやろう…それはこっちのセリフだ!」
「あーあーうるせーなー」
「キイイイイイイ」

私の目の前で怠そうに頭を掻いている男はゾンビマン。最近やけにこの男とのエンカウント率が異常に高くて私は被害を被ってばかりなのだ。最初は買い物中。店の前に停めておいた私の自転車がこいつが突っ込んだらしくその衝撃のせいでぐしゃぐしゃに大破していた。二度目は喫茶店でトイレにいっていたら窓をぶち破ったこいつが勢いそのままコーヒーを吹っ飛ばしたらしくノートやら荷物やらをコーヒー浸しにしていて、三度目は愛車を廃車に、四度目は…とどんどんどんどんヒートアップしていっている。しかもこいつは悪びれる様子も無く、弁償なんかをする気も無い、というもう最低最悪の奴なのだ。

「今日こそは絶対に許さない…あれ私の部屋なんだけどどう考えてもぶっ壊れてるよね!?」
「俺の知った事じゃないな」
「お前のせいだろうがあああ!」
「俺は俺のすべきことをしたまでだ。むしろなまえの部屋程度の被害で抑えられてよかったくらいだろう」

しれっとゾンビマンが言うことに表情が引きつる。確かにこいつの言うことは正論だ。ゾンビマンが戦わなければ人が死んでいたかもしれないし、もっと無惨に街が破壊されていたかもしれない。いつだってそうなのだ、こいつがもしも来ていなかったとしたら被害はとんでもないことになっていたかもしれないのだから、私の物がぶっ壊れる程度で済んでいるのは喜ばしいことだ。

「だからこそムカつくんだよバカ野郎!」

怒りを発散するかのようにゾンビマンの頬に全力で拳を叩き込む。一瞬ぐらついたゾンビマンにざまあみろ、と吐き捨てたら少しだけすっきりした。でもまだ足りない。
ゾンビマンがいつもスカした顔でしれっと立ち去るのがそれはそれはムカつく。心が狭いと言われたっていいからとにかく謝れと思う。首を垂れて地面に額を擦り付けやがれ、どうしてもそう思ってしまうのだ。ゾンビマンはいつも命がけだろう。むしろ自分の不死の身体を武器に戦うわけだから強い敵と戦えば致命傷を受けることも有るだろうし結果死ぬほどの傷も回復して戦い命を消費し続ける。普通ならば助けて貰ったら感謝してもしきれない。けれど感謝しようという、そんな気持ちは1ミクロンたりとも起こらない。私が相手のときのこいつは確実に…
いつもピンポイントで私の物を狙って破壊しているのだから。

「あのさあ、なんでいつも私の物壊してから怪人倒す訳?馬鹿なの?嫌がらせ?」
「…何言ってんだ、そんな根拠が何処にある」
「分かるわ!お前みたいなヒーローが毎回毎回どの怪人にも吹っ飛ばされるわけないでしょうが!」
「偶然じゃないか?偶然、強い怪人と戦っている場所の近くになまえがいる」
「偶然っていうのは度々重なるもんじゃないっつうの…第一私が怪人の強さも分からないと思う?そんなに強くないやつの時もだよね?」
「……チッ」
「またお前か、なんていう台詞はほんっ…とうにこっちの台詞なんだよねーゾンビマン。もう分かってるからはっきり言うけどあんたわざわざ私の近くで戦闘起こしてるでしょ」

カバンの中に潜ませていたピストルをゾンビマンの額に押し付け、ゆっくりとリボルバーを回し安全装置を外す。撃ちたきゃ撃てよ、と口角を上げながら言っているゾンビマンにまた気分が苛ついてきた。こいつは何故こうも私の気分を悪くさせるのが上手いのだろうか、ああなんて憎らしい。

「いつもいつも私に迷惑をかけることに対しての弁解は」
「ねえよ」
「よし動くな、そのスカした顔ブチ抜いてあげるわ」
「S級ヒーローが大事なお仲間のこれまたS級ヒーローを殺そうとしたなんてとんだスキャンダルだよな?」
「…殺しても死なないくせに」
「じゃあ撃ってみたらどうだ」
「お言葉に甘えて」

即座にゾンビマンの脚を撃ち抜き口に銃口を突っ込んでやる。けれど、直ぐに足元から先程撃ち抜いた傷口が再生している音が聞こえてきてまた顔が引きつりそうになる。再生がはやすぎるだろ撃っても撃ってもキリがない、こんなのやるだけ無駄だ。銃口を弄ぶかのようにがりがり噛んでくるゾンビマンに呆れの溜息しかでない。

「とっとと噛むのやめて離してよ汚い…ていうかあんたが居るなら私そろそろヒーロー辞めたいんだけど」
「じゃあ辞めろよ」
「辞めてもどうせまた戦闘に巻き込むんでしょ」
「さあな」

私達が睨み合っているのを聞き付けてか怪人の処理の為か分からないけれどいつの間にかやって来ていたタツマキが、『好きな女子にちょっかい出す小学生男子みたいね』と呟いていたのを聞こえていないふりをする。これがちょっかいならたちが悪すぎるしこんなやつに好かれたって嬉しくない。不利益にもほどがある。
せっかく買ってきた醤油が無駄になっちゃったな、と思いながらすっかり壊れてしまった部屋をみつめた。

もうヒーローなんてくそくらえだ。


※なまえさんは重火器で戦うS級ヒーロー