「おいみょうじッ!おい!無視すんなよ!」

視界にちらちら映ってくるショッキングピンクにイラっとする。脳内までどぎつい色に染まってそうなその髪色だとか、からしみたいな色のツナギであるとか、そういう彼を構成するすべてが私を不愉快にさせるのだ。

「おい…みょうじってばよォ…」
「なんで涙目になってんのさゆうだくん」
「は?さゆうだ?」
「君の苗字。さゆうだでしょ」
「そ・う・だ・だッ!!!」
「へー」
「覚える気ねえだろ!?前もこの会話したぞ!忘れたのか!?」

…もう何年も前から君の名前は覚えてるよ。忘れたことなんてない。
吐き出しかけたその言葉をぐっと飲み込んだ。今の彼は私の知ってる“左右田くん”ではないのだから。
私が左右田くんのことを「さゆうだくん」と呼ぶのは、一つの期待だ。彼は私とこの修学旅行ではじめて出会ったと思ってるみたいだけれど、彼と私は小学生のときに出会っている。その時の左右田くんはとても優しかった。臆病で怖がりだったけれど、とても優しくて一緒にいるだけで楽しくていつも胸がどきどきしていた。
そんな生活は私の引っ越しによって終止符が打たれるのだけれど、別れ際に彼が叫んだ言葉を今でも鮮明に思い出せる。大人しい彼が声を張り上げた、その言葉。

『なまえ!お前が最初俺のことさゆうだって言ったのぜってえ忘れないからなーーッ!』

左右田くんにとっては子供のころの過ぎ去った記憶、取るに足らない記憶だったかもしれない。でも幼い私にとって左右田くんという存在は絶対的で、その言葉も絶対的で、どんなかたちであれ私のことを忘れないと言ってくれたことが嬉しかった。いつか再会できると信じて優しかった左右田くんの姿を想い続けていたのに、彼は私のことなんかこれっぽっちも覚えていなくて、ちゃっらい姿に変わり果てていた。「へー、みょうじっていうのか!よろしくな!」この台詞に私の心は一瞬でBREAKだ。
それでもいつか思い出してくれるんじゃないかって思って、始めて出会ったときに私が左右田という漢字を読めずに言った「さゆうだくん」を使い続けている。

「つーか何で俺を無視すんだよ」
「さゆうだくんが不愉快だから」
「う、うっせ…」
「私の視界に入らないでくれるかな」

左右田くんが私のことを綺麗さっぱり忘れてしまっているのならもういっそそれでいい。私が勝手に左右田くんに恋い焦がれているだけなんだから、左右田くんに責任なんて一切ない。すっぱりと嫌われてしまえばこの気持ちも切り捨てることが出来ると思うのだ。
左右田くんに背を向けて歩き出すと、目尻に涙が浮かんできて自己嫌悪に陥ってしまう。一人よがりな気持ちで悪気もないただ仲良くしようとしている相手を突き放す、それが苦しくてたまらない。それでも左右田くんに忘れられていることのほうが苦しいなんて馬鹿みたいだ。

「……言っとくが俺は忘れてねーからな、なまえ」

思わず振り返ると「さゆうだって言ったこと忘れねーっつったろ」と左右田くんが意地悪そうな笑顔を浮かべて言っていて、左右田くんが見た目は変わっても笑顔は変わってないことに今更気付く私は馬鹿だと思った。


「左右田くんのばか」

でも、流石になまえに嫌われるのはキツイわ、なんて呟いてる左右田くんも同じようなものだと思う。

おまけ