それは愛に餓えた獣のような、


「…和仁…」

「なんですか」

「大好きよ、愛してるわ」

「………、」


これだけは言っておこう。
彼女、秋雨真紘(あきさめまひろ)は私の恋人ではない。
まあしかし、二人が裸になって同じベッドに横になっている今の状況では、確かにそう見えなくもないが。


「…何か言ってよ」

「……真紘、これはお互いに慰めあっているだけでしょう?それ以上でも以下でもない筈です。そういう約束だと思っていたのですが…」


そう、ただ体を合わせるだけの関係。それ以上はお互いがお互いに干渉しない約束だった筈だ。
だから何故彼女が、本来真の恋人に吐くような甘ったるい台詞を言うのか、私には理解できなかった。
突き放したような返答を聞いた真紘は、大きな胸を私の腕に押し付けながら大きく溜息を吐く。


「………冷たい人ね。わかってるわよ、要は性欲処理ってヤツでしょ?全く、少しくらい浸らせてくれてもイイじゃない」

「浸る?何にですか」

「イイ男に抱かれてるっていう、優越感かしらね?」

「……女性というものは理解できませんね。とても難しい生き物です」

「そう?」


でも、私にとっては貴方が理解できないわ、和仁。
そう言った真紘はゆっくりと起き上がり、そして上半身は少し起きている私の上に被さった。つまりは彼女が私を押し倒している状態だ。
控え目な照明だからか、彼女の表情はどこか暗い。


「女なんかより、和仁の方が難しいもの」

「……そうでしょうか」

「そうよ。私を抱くときの貴方は、餓えた獣みたいな目をするの。なのに終わった後は何もかも諦めたような…虚ろな目をしてる。
……和仁は、満たされる為にセックスしてるんじゃないの?」

「……」


息が掛かるほど近くで真っ直ぐ私を見つめ、誘うような声で彼女は問い掛けた。私は何も言えずにただ息を飲む。自分でもそれはわからなかったからだ。
女性と寝るとき、行為の最中は確かに私は何かを求めている。(ただ何を求めているのかはわからない)
ただ終わった後はいつもいつも、何かを亡くした気分になる。(ただ何を亡くしたのかはわからない)
困惑していた私に、真紘は言った。


「…貴方は、悪い人よ」

「…?」

「私はこんなに貴方を愛してる。でも貴方は、私の愛だけじゃあ足りないって言うのよ」

「……」

「最初は割り切るつもりだったけど、もう無理よ。私、貴方を愛してしまっているもの」

「真紘……」


彼女は私の肩に顔を埋めた。彼女の顔は見えない。ただ、酷く声と肩が震えているのがわかる。……泣いている。
彼女からの愛の告白は、恐らく本物だ。ただ私にはそれを受け止めることは出来なかった。彼女が割り切れていなくても、私は割り切れていたから。
目の前で泣き崩れた真紘を、私が抱き締めることはなかった。


「和仁…本当に貴方、意地悪よ」

「…」

「こんな時ぐらい、どうして抱き締めてくれないのよ…!」

「…すみません」


私の胸をドンドンと叩く真紘の腕は細く、掴んだら折れてしまいそうだと錯覚するほど脆く見えた。
わあわあ、と泣き喚く彼女の髪を、私は何も言わずに撫で続ける。暫くして少し落ち着いたのか、彼女は私の上から起き上がってベッドの縁に腰掛けた。


「もう……死神と契約した気分だわ…」

「死神?」

「そうよ。あの時あなたの誘いに乗らなかったら、私の心はいつまでも私のものだったのに」

「真紘、」

「……もう終わりにしましょう、和仁」

「…え」


突然告げられた別れに、私の頭は理解できなくて、ただ驚いて目を見開いた。
彼女は私の顔を見なかった。だから私も彼女の顔は見えなかった。ただ、彼女の綺麗な焦げ茶色の髪や美しいラインの背中は、とても小さく見えた。


「こんな関係、ここで終わりにしましょ。今度から私は自分を大切にして、女磨きでもするから」

「……」

「私は諦めないわよ。和仁のセフレにはもうならないけど、次は恋人になってみせるわ」

「真紘……」

「……ふふ。だから今まで通り仲良くしてちょうだい。愛してるわ、和仁」


振り返った彼女の瞳からは大粒の涙が零れていた。それがとても見ていられなくて、私は彼女を引き寄せて慰めるようにキスをする。
彼女はとても驚いていたが、大人しく受け入れたようだった。

長い長いキスのあと、彼女は今まで私に見せなかった笑顔でこう言った。


「やっぱり、和仁は意地悪ね。突き放したり優しくしたりして惑わすのが上手。まあそんな貴方だから、私は愛してるんだけど」


最後だから、
彼女は最後にそう付け加えて、私を押し倒した。

ああ、恋をするってなんて憂鬱なんだろう。彼女は何故、こんな私を愛してくれているのだろう。どうしてこんな男を好きになる女がいるのだろう。
彼女に見合った誠実な男なんて、この世に五万といるだろうに。

そう思いながら、私は最後の彼女を堪能する。彼女は私に抱かれながら、最後まで愛の言葉を囁き続けた。
何故かそれが、心地よかったのを覚えている。


「愛してるわ」


でも同時に、言い知れない空虚感に苛まれた。




あいがほしかった

(同じものを求めながら、何故こうも食い違うのか)

─────

愛に餓えた死神→和仁
死神に愛されたい女→真紘





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