知らず知らずの内に手を伸ばして、必死にしがみついていた
「ん………?」
目が覚めると俺はベッドに眠っていた。嗚呼、昨日確か兄さんの部屋で寝ちゃったんだ……
そう思いながら目を擦ると、腹部に違和感が。?マークを浮かべて腹に目をやると、背中から回されているであろう逞しい腕が。
「っ!?」
「…ん……」
後ろで吐息を漏らす兄さんは、今の状況を理解して硬直する俺を見たら笑うのだろうか。
上手く起動出来ていない頭で、俺はこの状況から抜け出す策を考えていた。昨日のことがあるから、恥ずかしくて兄さんの顔は見れないって言うのに。
すると腹部に回されていた腕に力が入り、俺はあろうことか兄さんに密着する形になってしまった。
顔を真っ赤にして慌てる俺の頭上から、堪えた様な笑い声が聞こえた。
「っ……兄さ…!起きてるなら言ってよォ意地悪!」
「すまない、お前の反応が可愛くてつい…な」
兄さんはこんな恥ずかしい台詞を素面で言うから怖い。ふてくされていると、急に俺の視界がガラリと変わった。目の前に見えるのは、悲しそうに微笑む兄さんと無機質な天井だけ。
兄さんのその表情を見て、俺の胸がチクリと痛んだ。困惑した顔で兄さんを見つめれば、"大丈夫だ"と言わんばかりの優しいキスが返ってきた。
「…に、さん…んっ」
「…っ耀泰……」
兄さんは焦るように俺の名前を、何度も何度も呼んだ。最初は優しかったキスも、昨日のあのキスの様な激しいものになっていった。
慌てて離そうとするが、やはり大人と高校生の力の差は大きい。兄さんのソレに翻弄されて、俺はされるがままだった。
「やっ……っ…に、さ…!」
「……っ…愛してる…愛してるっ…!」
全身に駆ける、甘美な痺れ。その快感に身を震わせながら、俺は霞んでいく視界の端に涙を流す兄さんを見てしまった。
その兄さんはずっと俺の名前を呼んで、愛してると言って俺を抱きしめて、静かに泣いた。
「兄…さん…?」
「…許してくれ…怖かっただろ」
「…え……」
俺に目を合わせず、俺を抱きしめたまま謝る兄さん。何て答えればいいのか分からない。
だって俺、兄さんとのキスは嫌いなんかじゃなかった。
でもそんな事言っていても、まだ俺はあの人の顔が脳裏に浮かんでいた。
キスだって初めてじゃなかったけど、多分兄さんとしたコレが一番良い…と思う。
でも臆病者な俺は、大好きな兄さんに待ってもらうしか出来ないんだ。
「ううん、怖くないよ。…兄さんだから、怖くなんてない」
「………そうか」
それだけ言って、兄さんはまた俺を抱きしめた。ずっと、ずっと。
今日は学校を休もう。心の中でそう思って、兄さんと過ごせるこの時間を大切にしようと思った。
同時刻、学園内3−B教室 SHR
「よっしゃテメェ等、今日も元気に登校してっかー」
「やだぁしのっちジジくさい〜」
「んだと!平岡、課題出されてェのか?」
「それだけは勘弁!」
そんな会話が繰り返され、教室は活気に溢れ、和やか空気が流れる。
そんな中面白くなさそうな顔をしているのは、多分クラス内で一人だけだろう。
「今日、那優休みなんだって」
「……そうですか」
「…元気無いわね和仁、何かあったの?もしかして那優と喧嘩でも…」
心配そうに彼を見つめる咲親の問いには答えず、和仁はただ微笑むだけだった。そして思い立ったように口にしたのは、今学園中の話題になっている"西城高校"の話だった。
「…私なりにね、那優を狙っている人物を西城の中で洗い出してみたんです」
「あら、随分手が早いじゃない。それで、どーだったの?」
「5人に絞ることが出来ました。……その中に一人顔見知りが居まして」
話に夢中になっていた彼らに、篠塚の鉄拳が下る。
ドッと鈍い音がしたと思うと二人は頭を抱えて机に突っ伏した。咲親の方が軽かった(当たり前だが)様だがそれにしても酷い。
日誌の縦で殴り付けるとは。涙目で睨む二人を笑顔でスルーする篠塚は、そう言えば…と教卓の前に立ち教室の扉に向かって言葉を発した。
「オイ、入ってこい」
「はいはいっと」
入ってきた大柄の男にクラス中の視線が注がれる。その中の数少ない女子、咲親は違うが、は正直言えば殆ど目がハートだ。
優しそうに下がった目尻に、凛々しく上がった眉。微笑みを蓄えた口元、細い鼻筋に少し眺めの灰色の髪。身長は190くらいだろうか、篠塚よりも少し低いくらいの長身の男だった。
「花房、自己紹介しろ」
「えーそんなん先生がやってくれるんとちゃいますの?俺挨拶しか考えとらん!」
流暢な大阪の訛りが彼の魅力を引き立たせていた。表情豊かな彼に、すでにクラスの警戒心は薄れていた。
「わーったよすりゃいんだろ。えーと、今日からこのクラスに転入してきた花房…………しん………何て読むんだコレ」
「深緋やこ・き・ひ!変わった名前やから覚えやすいと思うんやけど」
「悪ィな、よく履歴書見てなかった」
「生徒になる俺の名前は早よ覚えんとしのっち!」
「たま○っちみたいに言うな」
漫才コンビの様なテンポの良い会話を進めていく二人に笑ったりと反応を見せているのは殆どの人間。
和仁はその中でも面白くなさそうな顔で彼を見つめている。
篠塚がしきり直し、自己紹介が簡単に済まされた後何処に座るかで揉めていた時に突飛な選択をしたのは彼だった。
「……なぁ篠塚先生、俺あん頭良さそうな人達が座てる席の後ろがエェんやけど!」
関西弁の彼が指を指した先には、和仁と会長の菅平 真市の姿が。その席の後ろは丁度空席というのもあり、篠塚は快く承諾した。
「これから宜しゅうしてや藤波くんに菅平くん!」
「嗚呼、宜しくな」
「えぇ………」
にこにこと愛想良く笑う彼に、言いようのない不信感を抱いたのはその場にいる和仁だけだった。
何を考えているんだこの人は。そう思いつつも手を差し出した。
神様、まだ俺の我が儘を聞いていて。もう少しだけ、大好きな彼と一緒に。
そうやって自分優先に考えたりなんてしたから、知らない所で大切な友人が傷付くんだなんてことまだ分からなかった。
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役者が揃う
(命賭けの鬼ごっこでもしましょうか)
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