大好きな兄さんは、こんな俺をどうして守ってくれるの
「耀泰、」
俺が髪を切ったあの日から兄さんとは全く口を利いていない。最近は話さないのが当たり前にまでなってきた俺達の冷たい関係。
なんでこんなことになったのか、俺はその事ばかりで悩むようになっていた。そんな俺に、兄さんが声をかける。
「……なに」
「…来週から、俺のバンドの全国ツアーがある。今まで連絡出来なくてすまない、急で混乱するだろ……」
「……………え」
兄さんのバンド"紅"は今日本でかなり人気のV系バンドだから、全国ツアーなんてやっても何ら問題はない。だが俺には大問題だ。
固まった俺を、辛そう顔で見つめる兄さんさえ格好良いと思ってしまう自分は重症だと思う。
ぼんやりとそんな事を考えて、俺は何も言えなかった。
「耀泰……」
「………」
「……許してくれ」
そう言い残して部屋を出ていってしまった兄さんを、俺は見つめることしか出来ずにいた。
「…兄さん……」
ぼつりと呟いた俺のその言葉は、兄さんが扉を閉めた音にかき消された。
次の日から兄さんは朝は早く、夜は遅く帰ってくるようになった。避けられている、それはもう分かりきっていた。
今日だって、
「……っ」
美味そうな目玉焼きやらに綺麗にラッピングされた朝食。
いつも目の前には兄さんが座っていたはずなのに、俺は自分の席についてどうしようもない虚無感に襲われた。
「っ…ふ………っ兄さ……」
俺は泣いていた。
こんな弱い俺を、学校の皆が見たらなんて言うだろう。泣き虫、そう言って笑ってくれるかな。
兄さんの席に手を伸ばせば、前のテーブルには料理を乗せていたであろう場所はまだ温かかった。それはさっきまで大好きな貴方が座っていたという名残で、俺はまた悲しくなる。
一頻り泣いた俺は、目が腫れていないかチェックして学校へ向かった。
「なーくんじゃないかぁ、なんか久しぶりだねぇ〜」
「時雨…お前出席日数大丈夫なの?」
「ギリギリセーフ、かなぁ?」
間延びした話し方をする彼は同じクラスの泉凪時雨。遅刻魔でサボリ魔なので朝は滅多にお目にかかれない奴だ。
そんな彼は俺を見て一言、恐ろしいことを呟いたのを俺は流さなかった。
「うっわぁ…なーくんこれから大変なんだねぇ〜…」
「……なに?」
「言いたい事あるんだったら言っちゃえば?溜め込むのは体に悪いしぃ…」
コロコロと笑う時雨にこれほどまでに恐怖を感じたことは無い。どうして俺が悩んでいる事を彼が分かったのか、俺には理解できないけれど。
でも凄く救われた気がした。
「……時雨、なんで…」
聞いても答えてくれないだろう、そんなの分かってる。やっぱり返ってきた答えは当たり障りのないふわふわした言葉。
「なぁんとなく〜まぁ悩みがあるんだったらさっさと消化しなよぉ、なーくん。お肌に悪いよー!」
「…さんきゅ」
「これ位どーってことないよぉ…じゃ、俺様一時限目サボるからよろぴく」
小さく礼を言った俺に嬉しそうに微笑む時雨は、サボる為に俺に背を向けて歩き去ってしまった。
言い訳くらい、考えといてやるか。俺は思わぬ仏の登場で救われていた。
「あーあ、なーくん大丈夫かなぁ」
屋上で一人ボヤく時雨。
それを聴いていたのは、一人の女。
「………」
「あれっ夜須臥ちゃんいたの?気が付かなかったぁー」
わざとらしく振る舞う彼に、夜須臥と呼ばれた女子生徒は何も言わずに横になっている体を起こした。
「ねね、夜須臥ちゃん西城の奴らに襲われたんでしょ?」
「……返り討ちにしてやった」
「だよねぇ!夜須臥ちゃん強いもんね〜負けるわけないかぁ…」
一言呟く彼女に嬉しそうに話しかける時雨だったが、次の一言から彼の言葉に刺が生まれていた。
「何故、そんな事を聞く?」
「…………最近さぁ、俺の周りにもいるんだよねぇ…西城のワンちゃんが」
「……」
「でも夜須臥ちゃんに負ける位の腰抜けだったら、手加減してあげないとなぁ…て思っただけだよ」
端から見れば彼が喧嘩文句を言って一触即発の雰囲気だが、時雨にそんな事は関係なかった。時雨は夜須臥に手を振り、屋上は先客いたし止めるね、と言って階段を降りてく。
飄々と振る舞う彼の姿を見て、夜須臥は口元を綻ばせた。
「…皆面倒事が好きだな…」
彼女の悟ったような言葉は、まだ暖かい風によって浚われた。
鬼さんこちら
(確実に離れていく俺と貴方の距離を、どうやって縮める事が出来ますか)
──────────